商品開発研究室
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現代社会研究所  RESEARCH INSTITUTE FOR CONTEMPORARY SOCIETY  
この研究室では、ヒット商品の分析や新商品の研究をしています。
その成果の一部として、新聞、雑誌等に寄稿した論文の一部を再掲します。



人口減少時代の製粉市場戦略 (製粉振興=財団法人・製粉振興会,2009年2月号)
現代社会研究所所長・青森大学社会学部教授 古田隆彦

人口減少が進んでいる。人口が減れば、国内の需要が減り、消費市場は縮小する。とりわけ食品需要は人口の規模に比例するから、適切な対応がされない限り、市場規模は急速に縮小し、関連企業の業績も悪化する。こうした事態に、製粉業界はどのような方策を立てるべきなのか、マーケティング戦略を中心に、今後の対応を考えてみよう。

1.本格的な人口減少が始まる
2004年末に1億2783万人でピークを超えた総人口(国内に住む日本人と外国人)は、その後4年の間、1億2770万人台を保ってきた。だが、09年にはおそらくこのラインが割れる。毎年5~7万人ほど減った日本人を、日系人や留学生などの長期滞在者や国籍取得者が補ってきたが、09年には円高や不況の影響でその数が減り、いよいよ本格的な人口減少時代が始まる。

このまま減少が続けば、2050年前後に1億人を割り、21世紀末には5000万人程度に落ちる。国立社会保障・人口問題研究所が2006年末に発表した予測によると、図表1に示したように、最も基準となる中位推計では、2046年に1億人を割り、2100年には4771万人にまで減る。好条件が重なった高位推計では、2053年に1億人を割り、2100年には6407万人まで落ちる。最も条件の悪い低位推計では、2042年に1億人を割り、2100年には3770万人まで減少する。

過去の実績では、低位推計が1番当たってきた。今後の予測でも低位推計の当たる可能性が高く、2040年代に1億人を割る、と見ておくべきだろう。但し、実際に人口が急減しはじめると、出生数の増加や移民の受け入れなど、人口回復策が相次いで実施されるから、多少は増加できる。とはいえ、全てがうまくいったとしても、2050年までに1割程度回復できれば、“御の字”というところだ。

そうなると、21世紀前半の日本は、間違いなく人口減少社会となる。19~20世紀のような右肩上がりの社会とはまったく対照的な、右肩下がりの社会へ移る。このインパクトは、社会・経済のあらゆる分野にさまざまな形で波及していく。

例えば年齢区分でも、従来の常識が崩れていく。出産数は容易には回復せず、今後も少産化(出産が少ないこと)傾向が続くが、平均寿命は大きく伸びるから、従来の年少人口(0~14歳)、生産年齢人口(15~64歳)、老年人口(65歳以上)という区分も次第に通用しなくなる。20歳ほど伸びた平均寿命を考慮して、図表2のように、年少人口は0~24歳、生産年齢は25~74歳、老年は75歳以上に上げる方向へ徐々に変わっていく。そうなれば、少年時代、青年時代、中年時代がそれぞれ繰り上がり、子ども層と中年層が増える「増子・中年化」現象が広がる。また老年となる年代も上昇して、75~89歳は「初老年」、90歳以上は「超老年」とよばれるようになる。

こうした社会の激変に、政府の社会保障制度はもとより、企業のマーケティング戦略も積極的に対応していかなければならない。

2.消費市場はどう変わるか
人口減少で消費市場にはどのような影響が出るのか。人口が減れば、食べる人、着る人、住む人も減っていくから、間違いなく“顧客減少”となる。顧客が減れば、需要も減る。1人の人間が生きていくために絶対に必要な生活必需品の需要は、いかに時代が変わろうとさほど増減するわけではない。顧客数が減ればそれに比例して減っていくから、衣食住などの生活必需品では、市場縮小が急速に進む。

市場縮小が進めば、消費の形も大きく変わる。国内の生産規模は、労働力が減っても、IT(情報通信技術)やロボットなどを活用して労働生産性を上げれば、容易に維持できる。そのうえ、急速に工業化しているアジアや中南米などの発展途上国から、工業製品が大量かつ廉価に輸入されてくるから、供給量はなおも拡大する。とすれば、人口減少社会は必然的に、供給力が需要力を凌駕する供給過剰社会になる。

供給過剰が進む社会とは、売り手よりも買い手の立場が有利になる社会である。供給側の力より需要側の力が当然強まる。そうなると、生産者側が主導した、これまでの「産業社会」に代わって、消費者が主導する、本格的な「消費社会」の様相が濃くなる。消費社会化が進むと、次の3つの傾向が強まることになろう。

第1は、売り手の言い訳が次第に通りにくくなる。原料高とか製造コスト上昇などを理由に製品価格を上げようとすれば、たちまち消費者にそっぽを向かれる。製粉市場においても、製粉企業-小麦粉卸-2次加工メーカー-小売店という業界構造を理由に、外国産小麦の政府売渡価格の改定頻度を据え置いておけば、食糧・資源の国際価格変動に敏感になった消費者の批判はますます厳しくなる。

第2は、必需品よりも選択品の需要が伸びる。人口減少に比例して生活必需品の需要は減っていくから、価格も低下する。食糧や資源の逼迫で一時的に物価が上がることはあっても、それ以上に需要減少の圧力が強まるから、生活必需品の価格を押し下げる。昨今の消費市場でも、すでに廉価なプライベートブランドがナショナルブランドの価格に圧力をかけている。そして、価格が安くなれば当然、家計には余裕が生まれる。さらに生産性が上がれば、1人当たりの所得は増えていくから、ますますゆとりが出てくる。

このゆとりを多くの消費者は新たな消費へ向ける。つまり必需品から選択品へと広げる。選択品とは、人間が生物として生きていくために不可欠なモノを超えて、人間独自の生き方やそのセンスが求める、いわば余剰としてのモノのことだ。余剰と書くと“不要”と誤解されそうだが、そうではない。理知的あるいは情緒的に、より人間らしい暮らしを実現していくため、ぜひとも必要なモノのことである。

人口減少が進むにつれて、こうした選択品はますます求められる。江戸中期の日本でも、個人所得の上昇で自給自足を脱した農民層が干魚、綿布、櫛(くし)、簪(かんざし)、印籠、根付など新たな選択財を求めるようになったため、消費市場では「米価安の諸色(生活雑貨)高」が進んだ。中世末期のヨーロッパでも、大麦・小麦の価格が下がる一方、衣料品や手工業製品などの価格が上昇する「穀物安の羊毛高」という現象が起っている。とすれば、今後の日本でも消費と文化の成熟化に刺激されて、「必需品安の選択品高」という傾向が強まっていく。

そこで第3に、モノよりもコトの比重が強まる。選択品需要が高まると、商品のネウチでも、モノよりもコトが重視されるようになる。これに対応して、商品開発でも「モノづくり」より「コトづくり」の方が重要な戦略になる。

一言断っておくが、売れる商品を作るには、よい「モノ」を作るだけでは不十分だ。よいモノは商品の基本ではあるが、いくらよいからといって、それだけでは売れるわけではない。そのうえに、よい「コト」を乗せることが必要である。

コトとは何か。最も簡単にいえば、カラー、デザイン、ネーミング、ブランド、ストーリーだ。あるいは「曰く、因縁、由緒、来歴」である。より高尚にいえば、そのモノをいかにして生活者の暮らしの中に位置づけていくか、という「哲学」あるいは「意味」づけである。

それゆえ、この種の需要の拡大に応えて、新しいコトを次々に提供できれば、内需は確実に伸びる。例えばファッション、インテリア、生活雑貨からレッスン、トレーニング、エンターテインメント、ヒーリング(治癒)まで、ココロの枯渇を満たすような商品やサービスは大きく伸びる。コミック、アニメ、ゲーム、フィギュア(キャラクター系人形)など、いわゆる“オタク”商品も、江戸時代の浮世絵や印籠、根付のように、成熟した消費社会では必然的に拡大していく。

新たなコトを創りだしていくには、労働生産性の向上だけでは不十分だ。新しいコトや新奇なネウチを次々に創りだせる「創造生産性」の強化が必要だ。それさえできれば、消費市場の維持、拡大も決して不可能ではない。

3.製粉業界の3つの方向
以上のような社会・経済環境の変化に、製粉業界はどのように対応すればいいのか。2050年の人口は8997万人(低位推計)となるから、単純に計算すると、麦類の消費規模は最高時の約7割、現在の640万トンから450万トンに落ち、小麦の輸入量も現在の530万トンが370万トンでよいことになる。

21世紀の国際環境を考えれば、これは好ましいことかもしれない。世界人口は急増していくが、食糧・資源などの供給限界は80~90億人と推定されるから、2020年代以降、需給バランスは次第に厳しくなる。食糧の約4割を輸入に頼っている日本では、穀物価格の高騰や供給国の輸出規制などで、輸入量の確保が難しくなる。その時、日本の人口が減っておれば、その分、輸入量を減らすことができる。日本の人口減少は、地球単位の限界に対する、一種の適応行動ともいえよう。

とはいえ、製粉市場の量的な市場規模は、今後40年間で現在の約7割に縮小する。麦類のような生活必需品では、人口に比例して市場縮小が進んでいく可能性が高いから、関連業界でも当然、淘汰が始まる。こうした事態に遭遇して、製粉業界の採るべき対応策を考えてみると、次の3つの方向が考えられる。

① 需要規模の低下やそれに伴う市場規模の縮小に比例して、業界の規模も縮小させる。
② 1人当たりの消費量を上げて量的減少を食い止め、量的な市場規模を維持する。
③ 量的規模は減少しても、最終商品の高付加価値化で売り上げを増加させ、金額的な市場規模を維持する。

3つの方向のうち、どれが可能なのか。①は業界縮小、②は量的維持、③は売り上げ維持ということだが、現状のまま進めば、①となる可能性が高い。だが、今のうちから②あるいは③に取り組むことができれば、縮小幅をできるだけ少なくすることができる。

とすれば、②をとるか③をとるかだが、現実的には②と③を組み合わせて、「1人当たりの消費量をあげるとともに、製品の高付加価値化で売り上げ規模も維持する」という戦略が有効だろう。先に述べたように、需要が減れば供給過剰で価格が下落し、個人所得はなお上がる可能性がある。そうなれば当然、家計に余裕が生まれ、顧客の多くは選択品を求めるようになる。必需品の需要が減っても、選択品の需要が増える。こうした変化に製粉業が的確に対応していくことができれば、量的な減少を選択品で補うことができる。

それにはどんな手があるのか。これまで行なわれてきた、さまざまなマーケティング戦略を筆者なりに整理してみると、図表3のようなる。ここでは戦略を量的戦略と質的戦略に大別したうえで、それぞれの手法を掲げている。

量的戦略は「1人当たりの消費量をあげる」ことをめざすもので、①多額化、②多数化、③多層化、④多面化、⑤多接化などがある。また質的戦略は「高付加価値化で売り上げをあげること」をめざすもので、①差別化、②差異化、③差延化、④差元化、⑤差真化、⑥差戯化などがある。それぞれの詳細については紙面の関係で省略するので、関心のある方は巻末にあげた拙著を参照されたい。

こうしたマーケティング戦略を実際に製粉市場へ適用する手法を、以下では小麦市場を事例にして考えてみたい。小麦を取り上げるのは、いうまでもなく、麦類の最終消費量の約75%(2007年食糧需給表)を占めているからだ。

また小麦の大半は小麦粉の形で流通しており、用途別生産量の推移は図表4に示したとおりだ。2005年でみると、パン用41%、めん用33%、菓子用12%、家庭用3%、工業用2%、その他1%で、パン、めん、菓子、家庭向けでほぼ9割を占めている。そこで、パン市場、めん市場、菓子市場、プレミックス市場を対象に、それぞれの量的、質的なマーケティング動向を眺めてみよう。

4.差別化・差異化から多層化・差延化へ…パン市場
パン類(食パン、菓子パンなど)の国内生産量(小麦粉使用量)は、近年120万トン内外で推移しているが、07年には121万トンと2000年に比べて約5%減った。食パンは04年以降減少しており、07年は58万千トンと前年より3.4%減少したが、菓子パンは品質改善や新商品の開発などで38万トンと前年より4.6%増加している(農林水産省・米麦加工食品生産動態統計2007年)。

08年も、ほぼ前年なみの生産量が維持されたようだ。07年末から08年半ばには原料高騰を背景に、パン市場で7割のシェアを占める大手企業が次々に商品の値上げをしたため、さらに需要が低下するおそれがあった。しかし、スーパーやコンビニエンスストアなど大手流通企業が、割安なプライベートブランド商品を投入したため、量的な減少はカバーされたからだ。

こうした需給環境の中で、すでに大手企業各社も、付加価値の高い新商品の開発に向かっている。最も需要の多い食パン分野では、「おいしさ」や「安全性」需要の高まりに対応して、「イーストフード・乳化剤無添加でおいしさを高めた商品」(神戸屋)、「食品添加物を極力減らし、おいしさを引き出した商品」(敷島製パン)、「国産素材で小麦本来の味を引き出した商品」(フジパン)、「カラダの声に耳を傾けた健康志向の商品」(木村屋總本店)、「塩と酵母に着目した商品」(第一屋製パン)などを、それぞれ発売している。また年齢構成や家族構成の変化、消費の多様化、個食化の進行などに対応して、ハーフサイズの食パンを増やしたり、ロールパンや食パンのパック数量を減らすなど、販売単位の少量化も進めている。以上の戦略はいずれも、新しい機能、性能、品質によって売り上げを伸ばそうとするものだから、基本的には「差別化」戦略ということができる。

一方、商品に付帯する「記号」によって、売り上げを伸ばそうとする「差異化」戦略も幾つかの企業で行なわれている。例えば山崎製パンでは、 “携帯性”という新たなネウチ(多数化、多面化)を付加した新商品「ランチパック」を発売し、テレビCMによって広く訴求させる(差異化)ことで、ヒット商品化に成功した。またTBSのテレビドラマ「華麗なる一族」とコラボレートした「華麗パン」を売り出したり、さらにバンダイと提携して、コミック・キャラクターを包装にあしらった「ゴーオンレッドのメロンパン」や、「キュアドリームのロールケーキ」など10種類も売り出している(ともに差異化)。

キャラクター商品化は他社にも広がり、第一屋製パンでは「ポケモンパン」、フジパンでは「アンパンマン」、敷島製パンではバンダイブランドで「たまごっち」や「SDウルトラシリーズ」を、それぞれ発売している。いずれもマスメディアの応用やキャラクター化による、典型的な「差異化」戦略である。

だが、今後の市場縮小を考えると、差別化、差異化に加え、さらに新たな戦略を展開することが必要になる。例えば、高齢家族向け柔らか食パンや少家族向け食パン(多層化)、さまざまな加工レシピを添付した食パンや菓子パン(差延化)、舌触りや食感に特化した食パンや菓子パン(差元化)、食パン化させた菓子パンや菓子パン化させた食パン(差真化、差戯化)、健康志向の強い菓子パン(差真化)といった、新しいコンセプトによって、量的、質的に市場を維持、拡大していくことが望まれる。

5.新たな差元化戦略へ…めん市場
めん類全体の国内生産量(小麦粉使用量)は、1996年の146万トンをピークに、以後は微減している。07年には、即席めん類とマカロニ類が増加したものの、生めん・乾めん類が減少したため、全体では132万トンと前年より0.3%減少した。生めん・乾めん類は80万トン前後で減少傾向が続いているが、即席めん類は35~36万トン前後で前年より微増している。マカロニ類は需要量がわずかに減少したものの、輸入量が減少したため、17万トンで前年より微増した(農林水産省・上記調査)。

08年には、値上げと不況の影響で、生産量はさらに減少したようだ。即席めん市場でみると、カップめんの国内生産量は、2005年の33億1000万食をピークに減りはじめ、07年は32億3000万食にまで落ちている。08年も年初に各社が値上げしたため、前年実績を下回る見通しで、袋めんを含む即席めん全体もほぼ同じ傾向にある(日本即席食品工業協会調査)。また、めん市場においてもパン市場と同様、大手流通企業が売り出した、格安なプライベートブランド商品が拡大しており、ナショナルブランドのシェアを圧迫しはじめている。

こうした需給環境の中で、即席めんメーカー各社は生産量を確保しようと、PBを受注する一方、自社商品のリニューアル化にも取り組んでいる。例えば日清食品は、07年秋、定番のカップヌードルに粉乳を入れた「カップヌードル・ミルクシーフードヌードル」を発売し、年間30億円を超える大ヒット商品に育てあげ、08年5月にはカレー・ミルク版も発売している。08年には即席めん誕生50年を記念して、主力の「チキンラーメン」に生卵を崩さずに入れる「Wポケット」を採用し、和風の「どん兵衛」はめんが縮れない独自製法に切り替えた(いずれも差別化)。またカップヌードルのエコカップ化や専用容器+詰め替え用の「カップヌードル リフィル」など、環境対応型の商品も発売している。さらに次世代型のレンジ調理商品「Chin」シリーズとして、07年春から「焼そば」「五目焼そば」「スパゲッティ"ボロネーゼ"」なども発売している(いずれも差別化)。

明星食品は08年6月に「ぶぶか油そば」をリニューアルし、秋以降は「もちっ!とワンタン麺」「チャルメラ」など既存ブランドのリニューアルやアイテム追加、さらにCMによるバックアップで売り上げ拡大を狙っている(差別化+差異化)。エースコックも日清の「ミルクヌードル」に続いて、08年12月に担々めんのミルク入りバージョン「ミルク担担麺」を発売し、東洋水産も同月に、青森県で人気があった「味噌カレーミルクラーメン」を売り出している(いずれも差別化)。

以上の戦略は主として差別化、差異化を狙ったものだが、早くから「差延化」戦略を実践しているのがサンヨー食品だ。同社は内食志向の高まりに対応し、7~8年前から素材である野菜との組み合わせによって、調理用途の広さをアピールする商品を発売してきたが、その延長線上でバリエーションを拡大させ、「ピリ辛みそラーメン チゲ風」や「ごま味」を発売している。ユーザー層の参加や自作願望に応える点で、まさしく差延化だ。

エースコックもまた、年齢別の商品投入で売り上げ維持を狙って、「多数化」戦略や「差延化」戦略を展開している。例えば、主力の大盛りカップめんの拡販戦略として、スポーツチームの運営や小学校での食育授業に参加したり、野菜を加えた栄養バランスの取れたカップめんの食べ方を、小中学生の健康指導の中で提案する活動にも乗り出している。

こうした先発各社に続き、08年にめん類の製造販売会社を子会社化して、即席めん市場に参入した永谷園では、既存商品とは異なる新商品として、乾麺やラーメンパスタを発売している。乾麺の「超極太そば 噛む」では、超極太麺3.8mmにかん水を入れて、コシが強く噛み応えのあるめんを新開発した。のどごしや噛みごたえといった、感覚次元への訴求を狙う点で、「差元化」戦略の典型である。他方、「ラーメンパスタ」はイタリアンとラーメンを融合したもので、うどん、そば、ラーメン、パスタなど多種多様なめん類を食べる日本人の嗜好性に着目し、フライパンひとつで独自の味を手軽に作れるという「差延化」戦略を打ち出している。

以上のように、ほぼ飽和した即席めん市場をさらに維持・拡大していくには、より斬新な視点からの商品開発が求められる。それを実現するには、従来からの差別化、差異化に加えて、差延化、差元化はもとより、差真化、差戯化といった新戦略を、さらに積極的に採用していくことが必要だろう。

一方、業務用めん市場では、うどんやラーメンのチェーン店の拡大が需要拡大に大きく貢献している。うどん店では、2001年、香川県高松市に設立された「はなまるうどん」が、讃岐うどんを手軽に味わえる店舗として、全国初のチェーン化をなしとげた。成功の決め手は、お客にまずダシをかけたうどんを渡し、それにコロッケ、海老天、野菜かきあげ天などを自らトッピングさせる「セルフうどんシステム」であった。売り手のネウチを押しつけず、顧客の参加を誘うという点で、まことに巧みな「差延化」戦略であった。同社の成功により、讃岐うどんブームが発生し、同様のシステムを採用したうどん屋チェーンが全国各地に広がっている。

今後の戦略として注目すべきは、香川県内の麺業界団体「さぬきうどん振興協議会」が提案する「年明けうどん」の普及だ。年末の「年越しそば」に対抗して、「年明けにはうどんを食べよう!」というもので、「黒くて細く切れやすいそばと対照的に、白くて太く、長いうどんは縁起がいい」を売り物にしている。季節儀礼に結びつける戦略は、恵方巻きやバレンタインデー同様、重要な「差元化」戦略の一つである。表層的な生活意識を超えて、日本人の心の深層に潜んでいる、伝統的な欲動に応えようとするものであるからだ。

他方、ラーメン店では、200~350円の低価格ラーメン店チェーンが、需要維持に貢献している。幸楽苑、ハイデイ日高、ラーメン一番本部などの先発チェーンに続いて、ホッコク、丸スガキコシステムズ、千代山岡家、ハチバンなどの新興企業もチェーン化を進めている。いずれも低価格化で消費量を増そうという多数化戦略である。

だが、低価格化だけでは、当面の量的維持はできるとしても、将来の質的転換を不可能だ。より本格的な市場革新をめざすとすれば、ここでもさらに差異化、差元化、差戯化などの新戦略が必要になるだろう。

6.新商品の参入で活気づく…小麦菓子市場
菓子の国内市場は2007年に3兆2112億円(小売金額)に達し、前年比0.6%増となった。小麦粉を原料とする分野は、洋生菓子が4670億円(14.5%)、スナック菓子が3752億円(11.7%)、ビスケットが3154億円(0.98%)であるが、洋生菓子にはチョコレートやアイスクリームなども入っているから、使用量ではスナック菓子、洋生菓子、ビスケットの順となる。このうち、スナック菓子は、1990年代初頭のピーク以降は減少傾向にあり、ケーキはその後も消費規模を維持しているものの、カステラは徐々に減少し、ビスケットも2004年以降減少している(全日本菓子協会調査)。

この背景には、人口減少と年齢構成の変化があるから、さらに需要を喚起していくには、斬新な商品開発力と営業提案力が必要である。これに対応して、小麦粉を最も使うスナック菓子市場では、すでにさまざまな取り組みが進んでいる。

江崎グリコでは06年秋、スナック菓子「クラッツ」を、同社初の酒のつまみ商品として発売したところ、自宅で酒を楽しむ“うち飲み族”の需要を掘り起こし、ヒットに結びつけた。子ども向けの菓子需要が伸び悩む一方、酒類販売の自由化でつまみ市場が伸びると読んだ同社では、先行各社と競合しても勝ち目はないと、子ども菓子で蓄積した加工ノウハウを活用して、スナック菓子に挑戦した(多層化)。枝豆のような一口サイズの形状(差異化)で、チーズ、ベーコン、マスタードの三種類の味を揃え、スーパーやコンビニのつまみ売り場や、新幹線の車内販売、カラオケ店や映画館など、菓子とは異なる新販路の開拓(多接化)にも挑戦した。

続いて08年2月に発売した、スナック菓子「チーザ」は、あまりの人気ゆえに一時は販売を休止するほどだったが、4月以降、販売を再開したところ、年末まで順調に伸びて、各社の「ヒット商品番付」に登場する大ヒットとなった。独自製法でチーズを50%以上練り込んで濃厚なコクを実現し(差別化)、カリカリに焼き上げて食感を堅くした(差元化)。本物のチーズをイメージさせる扇形を採用し、パッケージにもこだわりを見せた(差異化)。ビールや焼酎などとの併買が多く、スナック菓子というよりおつまみとして売り出す戦略を採っている(多層化、多接化)。以上のような成功は、さまざまなマーケティング戦略を組み重ねた複合化戦略の賜物である。

グリコの成功に刺激されて、先発メーカー各社も次々に新商品を投入している。おやつカンパニーは07年3月にフランスパンを薄くスライスし、ノンフライで仕上げた、新スナック菓子「フランスパン工房」を、P&Gは08年9月、「プリングルズ グルメ」を、ヤマザキナビスコは08年10月、体に脂肪がつきにくい健康オイルを使ったクラッカー「スナッククラッカー」を、それぞれ20~30代の大人向けに発売している。

菓子類はもともと必需財というより選択財であり、日常的商品というより余暇的・遊戯的商品である。それゆえ、多数化、多層化、多面化、多接化などの量的拡大戦略に加えて、差異化、差延化、差元化、差戯化などの質的充実戦略が通用しやすい。今後は、中年層や老年層に向けての多層化や、手作りや参加志向に答える差元化、新たな刺激で五感に訴える差元化、さらには日常食や健康食への転換を図る差真化などの戦略に踏み込んでいくことが求められる。

7.調理玩具が生み出す新需要…プレミックス市場
プレミックスとは、小麦粉を主原料に油脂、砂糖、食塩などを混合したもので、パンやケーキの原料、あるいは天ぷら粉やお好み焼き粉の材料として使用されており、業務用と家庭用に分かれる。その生産量は、2007年に36万トンで、業務用が28万トン(77.9%)、家庭用が8万トン(22.1%)であった(農林水産省・上記調査)。

だが、08年には不況による消費の冷え込みと11月に実施した値上げの影響で、全体に需要が伸び悩んでいる。業務用では、減少傾向にあった無糖ミックスが、中国産の食品・食材離れから国内生産が回復したものの、加糖ミックスは小麦粉をはじめ油脂、糖類、コーンなどの諸原料が軒並み値上がりしたため、伸び率がやや鈍化した。他方、家庭用では、家庭用加糖ミックスが、不況を反映した内食回帰でやや回復したものの、家庭用無糖については、お好み焼き粉やから揚げ粉は前年なみながら、天ぷら粉の需要が伸び悩んだため、全体ではほぼ横ばいとなっている。

今後の需給環境は、人口減少や家族単位の縮小などによる需要減少に加え、円高傾向を反映して小麦粉調製品の輸入量が増加したり、国策による米粉利用の拡大も予想されており、ますます厳しくなる。これに対抗していくには、関連企業がプレミックスの特性である高付加価値性と汎用性を、さらに高めていくことが必要である。

そこで、日清製粉では07年夏に、現在の市場動向から、①「無理なく健康になりたい」という生活者の志向、②パンに対する「味わい」の重視、③スポンジケーキ類の品質アップ、④国産原料の使用機会の拡大と品質向上ニーズの高まり、という4つのテーマを設定し、これらに見合った新商品として、パン用、菓子用、中華麺用の分野で明確な機能性を持った業務用小麦粉5種を発売している(差別化)。また鳥越製粉は07年から、得意分野の欧風パンや健康志向に対応した糖質オフのダイエットパン「パンdeスマート」など、創造的な新商品を開発(差別化+差異化)しているし、奥本製粉も07年、SBS(売買同時契約)方式制度を活用したフランス産小麦粉などの新商品を提案(差異化)している。

こうした製粉メーカーの動きに加えて、最終需要として特記すべきは調理玩具の大ヒットだろう。07年7月、バンダイが女児をターゲットに売り出した「のりまきまっきー」は、「のり巻き」を簡単に作れることが受けて、発売1年で15万個を売り上げる大ヒット商品となった。その影響で小麦粉関連商品の動きにも注目が集まっている。

玩具メーカーのメガハウスが、08年4月に発売した「ハッピーキッチン」シリーズの「こねパン」は、家のオーブンを使って簡単にパンが作れるキット。ボウル、のし板、のし棒、軽量カップなど、パンを作るための11種の道具がすべてセットになっている。さらに同社が9月に発売した「プチケーキビュッフェ」は、市販のホットケーキミックスを混ぜた生地をカップに入れて、2分ほどレンジでチンすれば、簡単にプチケーキを作れるという、子ども向けの新商品だが、すでにOL層や主婦層にまで広がっている。

同じく玩具メーカーのタカラトミーが、08年12月に発売した、大人向けの調理玩具「パスタパスタ」は、1台で長いパスタ1種類、短いパスタ7種類を手作りすることができる。家庭のキッチンでも、レストラン並みの様々な形のパスタを簡単に作れる。ホームパーティーを開く若いOL層や、「食の安全」への関心が高い主婦層に人気が高い。またバンダイが12月に発売した「パンde(デ)スティックル」では、食パンとチョコレートを材料にして、カリっとした食感のスティックお菓子を自作できる。

玩具メーカー230社が加盟する日本玩具協会が08年6月にまとめた「玩具市場規模調査」によると、07年は調理玩具の売り上げ増が効いて、女児向け玩具全体の売り上げは443億円を超え、前年比113%の伸びを記録したという。この勢いが08~09年にも持ち越され、なお拡大する傾向にある。

調理玩具のヒットは、①玩具を子どもから大人へ広げる(多層化)、②ユーザーの自作志向をとらえる(差延化)、③玩具と日用品の境界を崩す(差戯化、差真化)などの点で、人口減少時代のマーケティングの進むべき方向を見事に示唆している。製粉業界にとっても、プレミックスの需要が増えるということ以上に、付加価値の新しいつけ方を見習うべきだろう。

8.「コト」としての小麦とは何か
これまで小麦粉の主要な用途であるパン、めん、菓子、プレミックスの市場戦略を眺めてきたが、これらに共通する対応策の核心は何であろうか。

一言でいえば、「小麦を主要穀物と考えてはいけない」ということだ。そう考えている限り、間違いなく需要は減っていく。小麦が穀物という必需財である以上、人口減少に比例してその需要は必ず減る。だが、小麦を選択財と考えれば、多様に選択される食材の1つとして、その需要は限りなく増えていく。

いいかえれば、小麦についても、モノとしての需要は低下するが、コトとしての需要は低下しない、ということだ。新たなコトを作り出せれば、それに応じて、需要はますます伸びる。新たな「コムギ」需要を創るには、まったく新たなネウチを持った「コト」や、新たな「デキゴト」が登場した、と顧客層に強く印象づけなければならない。

では、「コト」を創るにはどうすればいいのか。「コトづくり」とは何なのか。字引を引けば、「コト」は「事」であり「言」である。モノが「具象的・空間的」であるのに対し、コトは「抽象的に考えられる」対象だ、という(広辞苑)。そうなると、「コトづくり」の基本的な方法は、次の3つに大別できる。

1つは「コトアゲ」で、モノをコトに変えるため、ネーミング、ブランド、ストーリー、ミソロジー(神話)など、適切な言葉を付加することだ。モノに対して「曰く、因縁、由緒、来歴」をつけ加えることだ、といってもいい。人口減少と情報化がともに進む社会では、商品はモノだけでは売れない。フランスの社会学者J.ボードリヤールが喝破したように、「消費されるためには、モノは記号にならなければならない」のだ。それゆえ、差異化、差元化、差戯化といった戦略を適切に使うことが求められる。

2つめは「コトワリ」で、一つのモノを暮らしの中に位置づける意味、つまり「道理・理由」を新たに創りだすことだ。具体的にいえば、年齢構造(少産・長寿化、増子・中年化など)、家族構造(単身化、DINKS化=子どものいない共働き世帯、非血縁家族化など)地域構造(都心集中、郊外衰退など)の変化といった、人口減少社会に特有の社会構造へ向けて、新たなネウチを創造していくことである。それには、多層化、多面化、多接化といった戦略を巧みに使いこなしていくことが必要になる。

3つめは「コトワケ」で、モノの持つ意味を分けて、日常から遊びへ、遊びから真面目へと大きく‟転換“させ、新たな「デキゴト」を創りだすことだ。人口減少社会では「ナライゴト」「アソビゴト」「カケゴト」など、新たなデキゴトへの需要がますます広がっていく。これらを巧みにキャッチするには、差真化、差戯化、差元化といった戦略の採用が有効であろう。

とすれば、製粉業界でも、コトワリ、コトアゲ、コトワケなどのコトづくりに挑戦していかなければならない。新たなモノづくりに加えて、新たなコトを創りだしていくことができれば、製粉市場の未来は限りなく明るい。



異価値創造が繁栄を招く(東海総研マネジメント,1999,7月号)
現代社会研究所所長・青森大学教授・古田隆彦
【市場縮小時代が始まる】
「不況は底を打った」という声が政府や財界から聞こえてくる。なるほど、強力な景気てこ入れ策で、今年の個人消費は回復のきざしを見せている。が、このまま拡大基調が続くかといえば、見通しはかなり暗い。
なぜなら、わが国の消費市場はすでに“縮小”過程に入っているからだ。八〇年代まで毎年八〇~一〇〇万人も増えていた人口は、今や三〇万人を切っている。このまま進めば、総人口は二〇〇四年の一億二七〇〇万人をピークに、二〇〇五年から減っていく。
人口が減れば、消費者の数が減り、衣食住の需要も減るから、内需は確実に減少する。つまり、個人消費は一旦は回復しても、再び低下していく。それどころか、二一世紀の初頭からは、慢性的な市場縮小が始まるのだ。
こうした時代が間近に迫っている以上、景気の回復を過度に期待するのは危険だろう。それよりも、時代の変化に合わせて、いち早く経営の方向を転換すべきだ。例え消費者の数が減ったとしても、付加価値の高い商品で単価を引き上げたり、TPOに合わせて使い分けるような商品を複数売ることができれば、売り上げを維持できるばかりか、増加させることも不可能ではない。
つまり、従来の価値を超える「異価値」が創造できれば、企業はなお繁栄を続けることができるのだ。
【異価値とは何か】
それでは、「異価値」のある商品とは一体どんなものをいうのだろうか。主な条件をまとめてみると、次の三つが浮かんでくる。
第一は何といっても、既存の商品を超える、新しい機能、記号、私的効用などを持っていること。
新しい機能とは、その商品の登場で、私たちの生活の利便、効率、快適性などが一変してしまうような特性だ。例えば、六〇年代のマイカー、カラーテレビ、クーラー、七〇年代のレトルト食品、VTR、電子レンジ、八〇年代のウォークマン、温水洗浄便座、パソコン、九〇年代の携帯電話、携帯パソコン、ハイブリッド乗用車などがその例である。
新しい記号とは、カラー、デザイン、ネーミング、ストーリーなど、商品の上にまったく新しい“意味”を付加することだ。六〇年代のカラーシャツ、ホンコンシャツ、ミニスカート、七〇年代のピンクの冷蔵庫、パンタロン、キャラクターウォッチ、八〇年代の禁煙パイポ、通勤快足、ビックリマンチョコ、九〇年代のiMAC、ハイテクスニーカー、ルーズソックスなどが、これにあたる。
新しい私的効用とは、手作りや参加など自作を促す効用や、分身や分心など愛着を深める効用で、個々のユーザーに意外な値打ちを発見させるものだ。前者では、手作りファッション、手作りパソコン、手作りカーなど、また後者では、一生ものの商品、修理保証商品、古物再生商品などが先例になる。
第二は、これらの新しい特性が、消費者の潜在的な「欲動」を巧みにとらえて、明確な「欲求」や「欲望」に転化できること。
新しい消費願望は、ユーザー自身が潜在的には抱きつつも、明確に自覚していない場合が多い。異価値を創造するには、それに形を与えて、生理的な「欲求」や、文化的な「欲望」として自覚させることが必要なのである。
第三は、ある程度お金を出しても、どうしても買いたくなるような、斬新な魅力を持っていること。
この条件は、第一、第二の条件がクリアできておれば、比較的簡単に達成できる。消費者の多くは、本当に必要なものや欲しいものには、決してお金を惜しまないからだ。その結果、最初に異価値を創造した企業は、先発者利益を大きく伸ばすことができる。
【異機能で成功した商品】
三つの条件をクリアした、ヒット商品にはどなんものがあるだろうか。中堅・中小企業の成功事例を以下にまとめてみた。
新機能商品では、フリーズドライタイプの離乳食が代表例だろう。八〇年代前半に東京の和光堂が開発したもので、高度な利便性が母親たちに受けて、先発メーカーを一気に追い抜いた。驚いた先発各社もレトルト商品で対抗したから、一食当たりの単価は、七〇年代の七〇~八〇円から八〇年代後半には二三〇~二五〇円に上昇した。さらに九〇年代に入ると、和食風、中華風、フランス料理風など、バラエティーや質の競争で、三〇〇~三五〇円に跳ね上がった。その結果、出生数の減少で顧客数が六割弱に落ち込んだにもかかわらず、業界全体の売り上げは四~九%の安定した成長を続けている。
ハーブ入り醤油も新機能商品だ。大分市のファインド・ニューズが開発したもので、消臭効果と風味が増すため、事業用でヒットした。同社ではさらにドレッシング、オイル、ソーセージなどの、ハーブ入り食品を次々に製品化して、短期間に国内屈指のハーブ入り食品メーカーに成長した。
土壌改良コンサルタントのクレアテラ(東京)が開発した「ガーデンマット」も、新機能でヒットしている。ヤシの殻を特殊圧縮で成型した人工土壌で、一枚当たり約一kgと軽く、直接種子をまいたり苗を植えられるし、散水もできる。マンションの屋上やベランダでも手軽に庭園を作れるから、九七年の春にホームセンターやガーデニング専門店などで売り出したところ大評判となり、月間四万枚を売るヒット商品になった。
このほか、高齢化社会を先取りした新機能商品として、家屋に負担の少ない空圧式のエレベーターやシャワー式の介護用入浴機器なども好事例である。
【異記号でもヒットする】
異記号商品でも、中小企業が健闘している。群馬県の小野木製袋は、折り畳むと六角形だが広げると丸みを帯びる紙袋や、一枚の合成紙を折り畳んで張り合わせただけの書類ケースなど、ユニークなデザインのショッピングバッグを次々に開発して、商業用高級紙袋の、最大手の一つに成長している。
広島市の風船工房・匠も、水に溶けるビニールフィルムと特殊紙と張り合わせた、気密性の高い風船を開発し、環境を汚さないイベント用として注目を集めている。さらに同社では、人間が中に入って動かす七福神バルーン、災害時用の空気寝具セットや空気座布団など、新素材を駆使した、新しいデザインの商品を次々に発売している。
北九州市の散水栓メーカー、タカギはペットボトルを玩具に変えてしまった。九六年一月に発売した「ペットボトルロケット製作キット」は、使用済みのペットボトルを水と圧縮空気を使って発射するもの。九七年のDIYショーの新商品コンクールで、ベストヒット賞に輝き、二〇万個を売り上げている。
このほか、東京のロフテーが開発した「ボディーピロー」は、抱きついたり足をかけやすいように、細長くデザインした抱き枕。二〇代から三〇代の女性に受けて、九六年春の発売以来、約七万個を売った。また川越市の協同商事が開発したサツマイモラガーは、ビールをベースにサツマイモを加えた発泡酒。九六年に同社のレストラン「小江戸ブルワリー」で限定販売したところ、素材の意外性と大胆なネーミングが受けたため、川越市内の酒屋でも発売し、現在では一日一klを製造するまでになった。
【異効用を創り出した商品】
異効用商品では、さまざまな私的効用が創り出されている。手作り型では、富山市の光岡自動車のキットカーが代表例だ。ユーザー自身が組み立てられるミニカーで、写真入りの説明書やビデオがついている。「組み立てからナンバー取得までを体験し、家族で物作りの楽しさを実感してもらうこと」が狙いだという。九八年の夏に発売して以来、組み立て車の受注台数が完成車を抜いており、ユーザーの関心の高さを示している。
参加型では、八王子市のジャックル浦島屋が展開する、お酒の“量り売り”チェーン。九五年から清酒や洋酒を量り売りしているが、カウンターでカクテルの材料やブレンド方法を教えてくれるから、消費者は原酒を小分けで買って、自前でブレンドし、世界に一つだけのスコッチを作ることができる。
編集型では、山形市の鳥太郎が開発したバイキング方式の弁当屋チェーン。五〇種類以上のお惣菜の中から、欲しいものを欲しいだけ取って、値段はどれでも一〇〇g一五〇円。既製弁当のマンネリに飽きたユーザーは、好みや体調にあった献立を自ら作れるし、店員もまたパック詰めの手間が省け、計量も一回で済む。平成元年の創業以来、南東北三県で二五の直営店と、フランチャイズの三店を持つまでに成長している。
愛着型では、川口市の吉田オリジナルのハンドバッグが典型だ。同社のブランド「IBIZA」の品質には定評があるが、それ以上に好評なのは徹底した顧客対応と長期的な修繕サービス。本社のコンピューターには八四万人のユーザーの購買状況が登録されているし、年に四〇回、四〇〇〇人ものユーザーを工場見学会に招いたり、クリスマスパーティーに招待している。自社製品の修理やリフレッシュは、実費で引き受けており、年間扱い件数は約一万七〇〇〇件に達している。
修繕を独立したサービス産業に格上げしたのが、福井市のミスター・コンセント。ユーザーが持ち込んだ家電なら、どの会社の製品でも修理する。特殊なものを除いて八〇%は店内で修理し、その三〇%を翌日までに完了する。予定より遅れると、一日につき二〇〇円を割り引く。九四年六月に開業して以来、年間約一万件もの依頼を受け、現在では直営三店とフランチャイズの三店を展開している。
【異価値の創り方】
以上のような成功事例を見ると、異価値の創造には、幾つかの共通手法があるようだ。異機能を創り出すには、既存商品の外側に広がる潜在需要を発見したうえで、さまざまな素材や技術を組み合わせて、その穴を埋める商品を創りだすことが求められる。それには、エレクトロニクス、バイオテクノロジー、新素材などのハイテクを応用するだけでなく、既存技術の転用や異業種商品からの転換なども、積極的に試みることが必要である。フリーズドライの離乳食、ハーブ入り醤油、空圧式の家庭用エレベーターなどは、そうした手段によって成功したものだ。
異記号を創り出すには、ファッション、トレンド、風俗、文化などの動向を注視しつつ、時代の感性に見合った、新しい記号を考え出すことが求められる。それには、技術動向や品質管理といった知識だけでなく、流行や遊びなどを把握する文化的教養を高めることが必要である。小野木製袋の小野木社長も「当社独自の技術と、新しい感性を適切に組み合わせることで、初めてヒット商品が生まれるのです」と述べている。
異効用を創り出すには、価値と効用の違いを理解することがまず必要だ。価値とは一定の集団が共通して認める値打ちだが、私的効用とは、自分だけに大切な値打ちである。これまでの消費社会では、ほとんどの商品が価値として提供されており、ユーザーもまたそれを受け入れてきた。しかし、消費社会の成熟化に伴って、マイブームやマイトレンドなど、個々のユーザーが自分だけの効用を求めるようになってきた。こうした新しい生活願望に応えるには、機能による「差別化」、記号による「差異化」に加えて、売った後の面倒見のよさで他社との差を延長させる「差延化」戦略が有効なのである。
吉田オリジナルの吉田社長も「商品を売るだけじゃなく、売った後に顧客との触れ合いを濃くしていけば、ニーズや欠点がわかり、力強い信頼関係が生まれてくる」と述べている。またジャックル浦島屋の藤江社長も「セルフサービスのように、低価格をめざすだけでなく、人間の温かさを介在させるウォームサービスが必要なのです」と語っている。
結局、異価値を創造するには、生活願望の変化をとらえる柔軟な観察力と、目標を実現するためのさまざまな応用力の、両面からのアプローチが必要なのである。

 


1999年ヒット食品大予測(食品工業、1999年3月号)
現代社会研究所所長・青森大学教授  古田隆彦
【99年とはどんな年か】
「不況は底を打った」という声が政府や財界の首脳から聞こえてくる。
だが、本当にそうなのだろうか。なるほど相つぐ景気てこ入れ策の効果で、99年の個人消費は幾分回復のきざしを見せ始めている。この分だと、今年から来年にかけてはマイナス成長を脱し、僅かながらもプラス成長を取り戻す可能性も出てきた。
しかし、それ以降も拡大基調が続くかといえば、その見通しはかなり甘い。なぜなら、わが国の消費市場はすでに“停滞”過程に入っているからだ。最大の原因は人口の停滞で、80年代半ばまでは毎年80~100万人も増えていたのに、90年代に入るや急減し始め、今や30万人を切っている。
その結果、総人口は2004年の約1億2700万人をピークに、以後は急減していく(国立社会保障・人口問題研究所,1997年推計,低位値)。人口が減れば当然、ユーザーの数が減り、衣食住の需要も減るから、内需は確実に減少していく。つまり、あと数年で市場縮小時代が始まるのだ。
とすれば、99年という年は、平成大不況の一休みから市場縮小へと向かう時代の、束の間の安定期ということになろう。
【過去3カ年の消費トレンド】
こうした時代に、消費市場はどのように動いているのだろうか。
過去3カ年のヒット商品の流れから全体の動向を抽出してみると、96年は5M(ミニミニバブル、マルチメディア、メタモダーン、ミッドティーンズ、ミーイズム)、97年は5M(モバイル、マルチメカ、メタモダーン、ミソロジー、ミーイズム)、98年は5K(価格志向、更新志向、携帯志向、個我志向、虚像志向)といったトレンドがそれぞれ浮かんでくる。このうち、98年の5Kについて、もう少し詳しく眺めてみよう。
第1の“価格”志向とは、先行き不安と閉塞感がますます増す中で、財布の紐を引き締めた消費者たちが「安さ」や「値ごろ感」へ向かっていることをいう。ヒット事例でいえば、アップルコンピューターの「iMAC」、日本マグドナルドの「65円バーガー」、「東京電話」、「スカイマークエアラインズ」などが該当する。
第2の“更新”志向とは、消費財のほとんどが飽和化している中で、さらに消費者の財布の紐を緩ませるには、従来の商品の機能を全面的に更新することで買い換えを促そうというものだ。マイクロソフトの「ウィンドウズ98」、ソニーの「バイオノート505」、家電各社の平面ブラウン管テレビ、富士写真フィルムのデジタルカメラ「ファインピックス700」、トヨタ自動車のハイブリッドカー「プリウス」、日産自動車の「キューブ」、そして新規格の軽自動車などがこの事例である。
第3の“携帯”志向とは、マルチメディア化の進む社会の中で、自己拡張意識を高めた消費者たちが、さらなる利便性や娯楽性を求めて、常にメディアに接触していたいと願う傾向である。このニーズに真っ先に対応したのが携帯型商品であり、NTT移動通信の「ポケットボード」、家電各社のポータブルMD、任天堂の「ポケットピカチュウ」などが該当する。
第4の“個我”志向は、成熟社会の中でますます個人志向を高めた消費者たちが、自分の思いのままに健康や容姿を高めようと、ファッション、食品、薬品などを求めることをいう。これに対応した商品としては、ファッションではキャミソールや厚底ブーツ、薬品ではインポテンツ治療薬「バイアグラ」などがあげられる。
第5の“虚像”志向は、閉塞感や先行き不透明感が強まる中で、不安を感じた消費者たちが、偶像や動物など身近なモノに精神安定剤を求め始めていることをいう。これに対応して伸びたのが、アニマルプリントやキャラクター商品、とりわけ魔除けの「天童よしみ人形」などだろう。
【中期トレンドの構造を探る】
98年の5Kは、昨今の社会動向を微妙に象徴している。
例えば価格志向には金融不安、雇用不安、先行き不安などで生活防衛意識を高めた消費者と、それに対応しようとする供給側の努力が現れている。また更新志向には、市場飽和化による消費停滞をなんとか突破しようとするメーカーや流通業の開発努力が潜んでいる。つまり、価格志向と更新志向の二つには、経済危機のいっそうの深刻化が示されている。
一方、携帯、個我、虚像志向の3つには、大きな転換期に当面した消費者の意識が反映している。社会環境の拡大はもはや無理となったものの、なお自意識を肥やし続けている消費者の多くは、より身近な自己実現に向かって走り始めているということだ。
こうした傾向は、過去3カ年の推移にいっそうはっきりと現れている。例えば、96、97年にはなかった価格志向が、98年には不意に現れているのは、長引く不況のなかでも、98年がとりわけ悪い年だったことを示している。また更新志向は96年のマルチメディア、97年のマルチメカなどのトレンドを引き継ぎつつ、98年にはその傾向がいっそう進んでいる。
他方、携帯志向は97年のモバイルを継承しつつ、電子機器などの身体一体化志向がますます高まってきたことを示している。虚像志向も、直接的には97年のミソロジー(神話)を継承しているが、間接的には96年以来のメタモダーン(脱近代)も引き継いでおり、現代人の心の中にもアニミズムやフェティシズムが根強く残っていることを示している。そして、個我志向は96年以来のミーイズムを引き継ぐものとして、飽和・成熟化した転換期に生きる人間の危機意識を象徴しており、90年代を通底する、最も強力なトレンドとなっている。
【食品分野の消費トレンド】
以上のトレンドは、食品関連分野についてもほぼ当てはまる。
次にヒット食品・飲料・外食などの過去3カ年の推移をみると、96年の5M、97年の5M、98年の5Kには、それぞれ関連した食品類が浮かんでいる。最近時の98年については、より詳しく紹介しておこう。
第1の“価格”志向では、さきにあげた日本マグドナルドの「65円バーガー・キャンペーン」が、10~15日間の限定期間中に97年の約10倍を売っている。また「回転ずし」チェーンも、低価格と鮮度のよいネタを売り物に全国各地で一斉に増加した。
アルコール市場でも、キリンビールが2月に発売した「麒麟淡麗<生>」が、ビールに変わる低価格発砲酒として大ヒットし、サントリーが5月に発売した「膳」も1000円ウィスキーという低価格とKONISHIKI のCMでヒットした。いずれも消費者の低価格志向をとらえたものだ。
第2の“更新”志向では、アサヒビールが4月に発売した「アサヒスーパードライ スタイニー」が、34年前の小瓶をリニューアルし、350ml缶に比べて29円も安くしたことで、年間400万ケースを売り上げた。定番商品であっても、巧みなアレンジがあれば、全く新しい需要の創造が可能なことを実証したのだ。
第3の“携帯”志向は、食品では携帯食やテークアウト化に該当する。この分野では、日本たばこが97年春に発売した「桃の天然水」が、1~9月の累計販売量は1150万ケースに達した。ニアーウォーターと呼ばれる低糖分飲料の一つだが、ダイエットをめざすティーンズ層に受けて、アウトドア用飲料の定番となったためだ。
また家事の外部化の流れに乗って、大手デパートの本格的な高級料理から下町商店街の簡易なお惣菜まで、HMR(ホームミール・リプレースメント)も一斉に伸びた。これに加えて、「お茶づけ海苔」に代表される、永谷園のインスタント食品も、ダイナミックだが下品なCMがヤング層に受けて、売れ行きを伸ばした。ここではアウトドア、テークアウト、インスタントなどの高利便性がヒット要因となっている。
第4の“個我”志向は、知力、体力、健康、容姿を高めようとする個人的な願望の高まりをいうが、食品ではとりわけ安全性の高い食品に関心が集まった。スーパーや生協では、安全性の高い有機野菜を扱う店が急増しており、マイカルは年間80品目、ジャスコや西友も60品目に達している。また外食チェーンでも、オーガニック食材を目玉にする店が増加している。
第5の“虚像”志向では、本当の効くかどうかは別として、一種の精神安定効果をうみだす食品が対象になる。例えば、天然抗生物質のプロポリスは、抗ガン性、抗菌・殺菌効果、鎮痛作用、免疫力強化、抗腫瘍活性作用などの効能が信じられて、食品はもとより化粧品分野まで、次々にヒット商品を生みだしている。また動脈硬化防止に効果のあるといわれるポリフェノールも、赤ワインからチョコレートや化粧品にまで広がった。
以上のように整理してみると、食品関連分野もまた、消費市場全体のトレンドと連動していることがわかる。
つまり、過去3カ年の消費トレンドが示しているのは、経済停滞や人口停滞に伴う閉塞状況の中で、自己防衛志向を強めたり、モノからコト(お守りや精神安定剤)へと願望を移行させつつある消費者の姿なのである。
【99年のヒット商品・食品を展望する】
以上のような過去3カ年のトレンドを前提にすると、今後強まってくると思われるのは、表1、表2に掲げた5つの分野であろう。つまり、セルフディフェンス(生活防衛)、ニューメカニズム(新機能)、ナチュラリズム(自然主義)、ナルシシズム(自己愛)、アニミズム(万物崇拝)の5つだ。
このうち、セルフディフェンスは、昨今の節約志向や堅実志向を引き継ぐもの、またニューメカニズムは更新志向や携帯志向を継承するものだ。一方、ナチュラリズムはメタモダーン志向の、ナルシシズムはミーイズムや個我志向の、アニミズムはミソロジーや虚像志向の、それぞれを引き継いでいる。
以上の5つのトレンドは、おそらく99年の消費性向にも大きな影響を及ぼすと思われる。さきに述べたように、99年の景気は微かに回復するものの、過大な期待はまず無理で、雇用不安や所得停滞はなお続いていく。また少子・高齢化の進行で先行き不安はますます強まっていく。他方、自意識を膨らませた消費者の多くは、より身近な自己実現へと没頭していく。とすれば、5つの分野から次のようなヒット商品や食品が生まれてくる可能性が強まってくる。
(1)生活防衛分野では、100円ショップの業種拡大やニュータイプの古着店や古本屋、あるいは中古車やリサイクル・インテリアなどが伸びてくる。
食品関連でいえば、回転ずし方式が安さと高品質を武器にして、飲茶、和食、洋食などへも拡大していくだろう。この流れは、単に低価格を売り物にするだけでなく、やがて始まる人口減少時代の、市場縮小と労働力不足への対応を先取りしたものでもある。
また値ごろ感と利便性を兼ね備えたサラダバーやスープバーも、簡便でおいしい中食を求めるサラリーマンやOLに受けて、急速に伸びてくる。他方、100円ショップの延長線上で、100円野菜、100円食材から100円カフェなどがヒットすることはまず間違いない。
(2)ニューメカニズム分野では、超高機能デジタルカメラ、ニュータイプ軽自動車、新機能洗濯機などが伸びてくる。
食品関連では、ビタミン、カルシウム、食物繊維、鉄分などを強化した特定保健食品や機能性食品が、さらに伸びるだろう。一方、果物や野菜を数種類に、ヨーグルト、豆乳、ネクターなどを加えて氷とともにミキサーで混ぜたスムージーも、新しい食感とヘルシーイメージが浸透するにつれ、昨年以上に伸びてくる。
さらにエッグタルトに代表される異国風菓子やデザートも、新しい製造法や新奇な味覚や食感などを売り物にして、新たに登場してくる可能性が強い。
(3)ナチュラリズム分野では、自然派化粧品、簡易ガーデニング用品、トレッキング用品などが伸びてくる。
食品関連でいえば、公的規格団体等の厳しい認定をパスした高規格オーガニック食品が有力になるだろう。またハーブ関連商品も、お茶や香味料はもとより、芳香料やインテリア素材としてもヒットしよう。
(4)ナルシシズム分野では、自意識と自己愛を高度に高めた消費者向けに、「簡単に、賢くなる、きれいになる、クリーンになる、健康になる、幸運になる」という「簡単にカキクケコ」商品が伸びる。
食品でも同様で、頭のよくなる食品、美容によい食品、体臭や悪臭を消す食品、身体によい食品、そして運のよくなる食品といった5つの分野であれば、本当の効果はともかくも、プラシーボ(偽薬)効果によって、まちがいなくヒットする。またアサヒビール薬品の「チョコリト」のようなストレス解消菓子も、精神安定効果を求めるOL層などに受けて伸びてくる。
(5)アニミズム分野では、新型ゲーム機、新型キャラクター商品、擬似宗教用品などが伸びてくる。
食品関連でいえば、相変わらずキャラクター付き食品が強いだろう。もっとも、これまではコミックやアニメ系のキャラクター使用が多かったが、これからはゲームソフトやパソコンソフト系のキャラクターが、急速に伸びてくる。また昆布、ワカメ、もずくなどに海藻に含まれるフコイダン(食物繊維)を応用した海藻成分健康食品なども、実効性と神秘性によってヒットする可能性が強い。
【食品産業のマーケティング戦略】
以上のような消費トレンドに対し、食品産業のマーケティングはいかにあるべきか。
一方ではマルチメディアやバイオテクノロジーなどハイテク化の進行、他方では不況や人口停滞に伴う市場縮小という、両面的な市場環境の中では、単なる低価格化や高品質化だけでは不十分であり、さまざまな価値や効用の複合化が必要になる。
つまり、生活防衛、ニューメカニズム、ナチュラリズムといった分野には、(1)ハイテクを応用した高付加機能化が有効だが、ナルシシズムやアニミズムの分野には、(2)カラー、デザイン、ストーリーなど斬新な記号による付加記号化、(3)パーソナル性や愛着性の強化によるユーザーの参加化、4)日常、非日常を超えたミソロジーによる神話化、といった、多様な戦略を重ねることが求められる。
こうした方向を私たちの生活願望の中に位置づけてみると、(1)は欲求次元、(2)は欲望次元、(3)と(4)は欲動次元に対応する戦略である。欲求とは生理的な願望の充足、欲望とは流行や口コミなど文化的な願望の満足、そして欲動は普段は意識しないものの、意識下から私たちの行動を支配している願望の充足だ。
食品というとなんとなく、欲求次元の商品のように思いがちだが、決してそうではない。市場飽和時代には、食品業界もまたあらゆる次元の願望に対応する、多角的なマーケティング戦略が必要になる。具体的にその方向を例示してみよう。
  • 欲求次元の対応……日常生活上の現実的な欲求に対応するには、メカニックな戦略とナチュラルな戦略の両面が求められる。前者では健康・美容・頭脳などにプラスになる産品(サプリメント、機能性食品、ビタミン強化食品、キシリトールガムなど)、後者では有害物質の排除を保障する産品(オーガニック食品、無農薬栽培野菜、合成保存量無添加食品など)を作り出すことが有効だ。
  • 欲望次元への対応……情報や文化への憧れが作り出す欲望に対しては、カラー(カラー野菜、カラー飲料など)、デザイン(高デザイン菓子、斬新パッケージなど)、ネーミング(斬新なネーミングやチャッチフレーズなど)、ブランド(稀少性、高級性など)、ストーリー(曰く因縁由緒来歴をつけた食品など)、キュリオシティ(新奇な菓子や食品など)、プレミアム(限定生産食品・飲料・酒など)といった諸戦略が必要であろう。
  • 欲動次元への対応……潜在的でパーソナルな欲動に対しては、手作りを促す参加・愛着戦略と超常的な神話戦略が考えられる。前者ではユーザーが自分の手を加えて満足を増す産品(手作り性を加味した食材、参加性の高い食品など)、また後者では、健康・美容・頭脳などにプラス効果があると信じ込ませる神話的産品(かっての紅茶きのこ、野菜ジュースなど)、幸運とか厄除けなどの開運神話を持った産品(合格リンゴ、開運酒など)が必要である。
結局、市場が飽和化し停滞する時代には、食品のマーケティングにおいても、便利、美味、安全などの“モノ”的価値に加えて、情報、文化、シンボルなど“コト”的な価値への対応が必要になってくるのだ。

 


人口動態で読む年齢別市場のゆくえ(THE21,1999年3月号)
現代社会研究所所長・青森大学教授 古田隆彦
【三つの“代”から変化を読め】
これからの一〇年間、消費市場の動向を最も左右するのは人口の動きである。二〇〇五年前後から総人口が減り始めると、消費需要全体が停滞するうえ、中高年市場は拡大するものの、若年市場では量的縮小と質的転換が平行的に進んでいくからだ。
こうした年齢別の消費動向を的確に展望するには、まず時代、世代、年代(年齢)という、三つの“代”からアプローチしたうえで、それぞれの変化を重ね合わせて判断することが必要だろう。
第一は「時代」の変化。現在の個人消費は、平成不況に伴う閉塞観や人口伸び率の急落による消費停滞などで著しく低迷している。しかし、今後二、三年間は政府の強力な梃入れ策の効果もあって、景気は幾分持ち直し、僅かながらもプラス成長を取り戻すだろう。
とはいえ、そのあたりが限界で、もはや高度成長期やバブル時代のような、高水準の成長はありえない。とりわけ、二〇〇五年前後から人口が減り始めると、それに伴って消費市場も再び停滞し始める。結局、一〇年後の二〇一〇年ころには、慢性的な消費停滞と供給過剰によって、消費市場の量的縮小が進み、ゼロ成長経済が常態化することになろう。
だが、決して悲観することはない。例えGDPが一定であっても、人口が減っていく以上、一人当たりGDPは増えていくから、ゼロ成長さえ維持できれば、消費市場の質的な縮小は起こらない。むしろ、人口減少とゼロ成長を前提とした、新たな消費性向を需給両面から作り出すことができれば、消費市場はいっそう高度化していくことが期待できる。例えば、「多少高くとも質がよくて永く使える」とか「TPOに対応してさまざまに使い分ける」ような、新しい付加価値を持った商品を開発すれば、従来の成長・拡大型とは一味違う飽和・凝縮型の消費市場を創造することも可能だろう。
その意味で、おそらく今後一〇年間は、新しい市場構造への一大転換期となるだろう。
【少数世代がリードする】
第二は「世代」の変化。世代とはいうまでもなく、同時期に生まれた人口集団のことだ。最も狭義には同年生まれの集団をさすが、より広義には一〇~一五年の間に生まれた集団をさす場合もある。
ここでは後者の定義に従って、わが国の世代構成を分けてみると、表に示したように、明治・大正生まれを一括りとして、昭和一ケタ、昭和二ケタ、団塊一世、新人類、団塊二世、少子化一次、団塊三世、少子化二次の八集団が考えられる。これら八つの世代はそれぞれ独特の性格を持っているが、それを決めたのは主として次の二要因であった。
一つは同時期に生まれた人口(コウホート)の大きさ。一般的にいうと、沢山生まれた世代(多数世代)は競争が激しいから、しっかり者が多くなるが、余裕がないから新しい文化や消費行動を創り出す能力に乏しい。他方、少なく生まれた世代(少数世代)は競争が少ないから、ぼんやり者が多くなるが、ゆとりがあるから斬新な文化や消費行動を創り出す能力がある。
このため、新しい流行や生活様式などは少数世代が生み出し、これを継承し拡大させるのが多数世代という役割になる。具体的にいえば、団塊、団塊二世、団塊三世などが前者であり、昭和二ケタ、新人類、少子化一次、少子化二次などが後者に近い。その結果、昭和一ケタが創り出した流行や生活様式を、団塊世代が継承して拡大したり、新人類が創り出した流行を、団塊二世が継承・発展させていくというケースが多くなっている。
もう一つは世代の履歴効果。各世代は幼児期、少年期、青年期、成人期と育っていく過程で、さまざまな社会・経済的情勢や事件、時代のムードなどの影響を受けて、一定の価値観や行動様式を形成している。
例えば、団塊の世代は幼児期に戦後の混乱期を抜け出し、一〇代で高度経済成長と第一次、第二次安保騒動を経験し、二〇代で列島改造と石油ショックの洗礼を受け、三〇~四〇代で円高とバブル経済を体験してきた結果、前時代の後始末と新時代の模索という役割を担わされている。
他方、新人類世代は幼児期に高度経済成長と第一次、第二次安保騒動の中で育ち、一〇代で列島改造と石油ショックの洗礼を受け、二〇代で円高とバブル経済を体験してきたものの、三〇代に大不況を体験した結果、前世代までの生活様式をほとんど破棄して、まったく新しい生活様式を創り出す役割を担わされている。
今後一〇年、平成不況から人口減少社会へと転換する社会の中で、各世代はそれぞれ履歴効果に応じた反応を見せるだろう。
【上に伸びる年齢別生活】
第三は「年代」の変化。人生の各過程には、時代や世代にはほとんど影響されない、年齢別の生活様式がある。一〇代なら小学校、中学校、高等学校などの生徒・学生としての生活様式、二〇代なら新社会人や新家庭人としての生活様式、六〇代なら引退や老後への移行という生活様式と、時代や世代がどのように変わろうとも、同じ年頃になればほぼ同じような生活を体験する。これが年代である。
しかし、この年代も今後一〇年間でかなり変化する。平均寿命の伸び方は多少鈍化するものの、人生の長さはなお少しずつ伸びていくから、生活様式もまた上方に向かって引き延ばされるからだ。具体的にいえば、結婚適齢期は三〇代が当たり前になるし、七〇代前後の高齢者が現役で働くケースも増えてくるだろう。
以上で述べたように、時代、世代、年代という三つの変化は、今後の年齢別生活に大きな影響を与えていく。そこで、三つを重ねてみると、今後一〇年間の年齢別の消費の動きが自ずから浮かんでくる。
つまり、現在、それぞれの年代を占めている各世代は、今後一〇年間に年齢を重ねて、二〇一〇年ころには一つ上の年代に移行していく。以下では現在と比較しながら、年代別市場毎のヒット商品を展望してみよう。
【少子化世代がリードする若年市場】
〇歳代市場……現在は新人類や団塊二世の子どもである団塊三世で形成されており、ポケットピカチュー、電脳教育ソフト、高級離乳食などがヒットしている。今後の一〇年間にこの市場にはさらに数の少ない少子化二次世代が入ってくる。彼らの親の多くは、もともと新奇な流行を創りだしたコギャル世代であるから、これまで以上に「少子豪華化」志向が強めて、ブランド産院に殺到したり、高サービス幼稚園や早期英才教育商品などに飛びつくことになろう。
一〇代市場……現在、ポスト団塊二世である少子化一次世代が占めており、電子ゲーム機、コギャル・ファッション、形態電話などをヒットさせている。今後一〇年間、この市場には次第に団塊三世が入ってくる。彼らは前世代の消費傾向を引き継いで、教科書やノート機能を持つモバイル学習機器、幾分落ちついたマゴギャル・ファッション、そしてエリート教育からレジャーランド学園まで、目的のはっきりした大学・高校・専門学校などをヒットさせることになろう。
二〇代市場……現在は団塊二世が占めており、モバイルパソコン、ポケットボード、美白化粧品などを伸ばしている。これからの一〇年の間に、この市場へ少子化一次世代が入ってくると、新人類と同様にライフスタイルの変革世代である彼らは、新しい仕事の形を求めて、脱サラや起業家向けの教育・指導サービスをヒットさせたり、コギャル・ファッションの延長線上で、さらに過激なセミヌード・ファッションを流行させる。また前世代のモバイルパソコンを進化させて、身体と一体化したウエアラブル・コンピューターをヒットさせるだろう。
【新人類が変える成人市場】
三〇~四四歳市場……今のところ、新人類世代と団塊二世が入っており、ガーデニング、アロマテラピー、コマダム・ファッションなどを流行させている。今後一〇年の間にこの市場は団塊二世で占められるようになるが、この世代は前世代の始めた、新しい家族生活の形を継承・拡大させるから、その結果として、SOHO(スモールオフィス・ホームオフィス)支援サービス、DINKS(ダブルインカム・ノーキッズ=子供のいない共働き夫婦)支援商品・サービス、シングルマザー支援サービスなどをヒットさせる。
四五~五四歳市場……現在は団塊一世が担っており、運転ゲーム、『失楽園』関連商品、ヒーリング関連商品などをヒットさせている。今後、この市場が新人類世代にとって代わられると、離婚・再婚を繰り返す家族のためのステップファミリー用品、コマダム・ファッションを発展させたオオマダム・ファッション、郊外地価の低下に伴う新しいタイプの別荘などを、次々にヒットさせることになろう。
五五~六四歳市場……現在は昭和二ケタ世代が占めており、世界一周クルーズ、トレッキング用品、社交ダンス用品などをヒットさせている。これから一〇年間にこの市場へ団塊一世が入ってくると、前世代の始めた新中年生活をさらに拡大していくから、ナイスミドル・ファッション、還暦・定年記念旅行、中高年向けのディスコやクラブなどを伸ばすことになろう。
【OPALが開く新高年市場】
六五~七四歳市場……現在のところ、昭和一ケタ世代によって形成され、電動アシスト自転車、ポリフェノール入り食品、バイアグラなどをヒットさせている。この市場が今後の一〇年間に、昭和二ケタ世代へ移行していくにつれて、OPAL(オールドエイジ・ピープル・ウイズ・アクティブ・ライフスタイル=活動的な高齢者)度の高い人たちが増えてくるから、塩分や脂肪の少ない高年向けHMR(ホーム・ミール・リプレイスメント=家庭料理代替食品)、健常者グループホーム(コレクティブハウス)、高年者向け海外旅行といった商品やサービスをヒットさせることになろう。
七五歳以上の市場……昨今では明治・大正生まれの世代によって形成され、バリアフリー住宅、グループホーム、永代供養契約のような商品やサービスを伸ばしつつある。このうち七五~八四歳の市場には、今後一〇年間に昭和一ケタ世代が入ってくるから、高齢者向けの生活支援商品やサービス、介護用住宅、生前葬や自然葬といった新方式葬儀などをヒットさせることになろう。
八五歳以上の市場……今後一〇年間ですべて明治・大正世代になるから、現在の高齢者向け商品やサービスをさらに伸ばすとともに、新たに介護ロボット、介護サービス付き住宅、音読式読書機などをヒットさせることになろう。
以上、二〇一〇年に向けての年齢別消費を展望してきたが、全ての市場に共通して伸びると思われるのは、人口増加社会から人口減少社会への移行に対して、より積極的に対応していこうとする商品やサービスであろう。

 

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