地域政策研究室
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現代社会研究所  RESEARCH INSTITUTE FOR CONTEMPORARY SOCIETY  
この研究室では、地域振興や地域産業開発などを研究しています。
その成果として、地域政策関連雑誌などへ寄稿した論文を再掲します。


地方行政にもマーケティングマインドを!(「宣伝会議」(2001年11月号)

古 田 隆 彦 (現代社会研究所所長・青森大学社会学部教授。前・青森県政策マーケティング委員会委員長)

【行政とマーケティングが接近】

最近、地方行政にマーケティング手法を導入する動きが広がっている。

青森県の「政策マーケティング方式」を初め、岐阜県や福岡市などでも検討が進んでいる。

この背景には、行政とマーケティングが接近してきたという事情がある。地方行政では県民や市民の生活意識が高まるにつれて、各種の政策や行政サービスにも、顧客志向(customer oriented )や顧客満足度(customer satisfaction −CS)といった視点を求める声が高まっている。

他方、企業の経営活動の一つであるマーケティングでも、市場社会の拡大・浸透に伴って、商品やサービスの販売拡大だけでなく、社会や公衆との好ましい関係をめざすソーシャル(social)マーケティングやソシエタル (societal)マーケティング(P・コトラーの提唱) が求められている。

こうした動きに対し、「公共の福祉の拡大をめざす行政に、利潤追求が目的のマーケティング手法はなじまない」とか、「企業経営的な手法で公共政策を動かすのは無理」といった批判がないわけではない。

だが、近年、急速に発展しているマーケティングの理論や手法は、すでに一企業の利潤追求という次元を超えて、現代社会のさまざまな課題に積極的に取り組む姿勢を示している。例えば、生活構造分析や消費者行動分析といった生活者志向の研究は、価値観やライフスタイルの変化を的確に把握しているし、社会活動や社会貢献をめざすソーシャルマーケティングや、環境問題を重視したエコロジカルマーケティングなどは、公共的な課題に果敢に対応している。

とすれば、生活者の重視や環境問題への対応が急がれている地方行政に、これらの成果を積極的に取り入れることは、ごく当然の成り行きだろう。

【既存の手法から最新の手法へ】

もっとも、地方行政がマーケティング手法を応用するのは初めてではない。これまでにも、すでにさまざまな形で活用されている。主な応用例を振り返ってみると、表の左欄に示したように、県や市などの外側に向けた対外的な行政と、県民や市民などの内側にむけた対内的な行政に大別できる。

対外的なものでは、県や市などが外側からどのように見られているかという地域イメージ調査を初め、産業誘致のための他地域との競合状況の調査、特産品や観光資源を売るための全国的な市場調査などで、マーケティングの市場調査手法が度々活用されてきた。

また地域イメージのPR、U&Iターン者向けの誘致PR、特産品や観光資源などの全国的なPRなどでは、一般の商品やサービスと同様に、広告・宣伝手法が多用されてきた。

他方、対内的なものでは、県民や市民などの一般的意識調査、特定住民に対する意識調査、特定事業や特定産業に関する意見調査などで、市場調査、とりわけ消費者調査の手法が応用されてきたし、県や市の広報紙やテレビの広報番組などの行政広報、特定政策や特定事業の告知や広報、特定地域向け広報などでも、広告・宣伝手法が頻繁に使われてきた。

しかし、これらの大半は市場調査や広告・宣伝といった、いわば伝統的な手法に限られており、マーケティングの最新の成果を取り入れるまでには至っていない。今、本当に必要なのは、アンケート調査やPR技法といった応用的次元を超えて、より本質的にマーケティングマインドを行政へ取り入れるため、生活者の意識や行動と深く密着化した理論や手法を導入することなのである。

それゆえ、今後の方向としては、まずは従来からの市場や消費者の調査・分析方法、あるいは広告・宣伝の手法をより深めていくことが必要だが、さらには表の右欄に示したような手法を、新たに導入していくことが望まれる。

例えば、対外的な行政には、県や市などの魅力を“商品”として売り出す商品化手法、その商品をどのような流通ルートや販売網で売るかという流通計画手法、県や市のブランド的価値を高めるブランドマーケティング手法などが必要であるし、また対外的な広報活動には、地域イメージ自体を売り込むブランドパブリシティー手法や、売り込みを総合的にプロモートする販売促進手法の導入が有効だろう。

さらに対内的な行政には、域内の各地区へきめ細かに対応するエリア(area)マーケティング手法、行政活動全体にマーケティングマインドを浸透させるマネジリアル(managerial)マーケティング手法、そしてコミュニティー活動や非営利団体(NPO)などにも適合するソーシャルマーケティング手法の導入が求められる。

とりわけ、マネジリアルマーケティングやソーシャルマーケティングの導入を進めていくと、地方自治体の政策そのもののマーケティング化をめざす「政策マーケティング」という方式に発展していく。

【マーケティングの新分野が広がる】

政策マーケティングとは、地方行政の実施する、さまざまな政策の形成や評価に、マーケティングの考え方を積極的に取り入れて、県民、市民、地域団体、NPO、企業などが、国の省庁、県庁、市役所、役場などとともに、それぞれの役割を分担し、よりよい地域社会を実現していく“しくみ”をいう。

このしくみを開発していくためには、さまざまな政策もまた、新商品や新サービスの一つとして考えて、その企画・立案や評価などにマーケティング手法を導入することが必要だが、具体的には図に示したような、幾つかの応用が考えられる。

@市場調査や消費者行動調査の理論や調査・分析方法を応用して、生活者の意識構造や生活構造という、より深い次元から、真の政策需要を探り出し、それに見合った政策を立案・形成する。

Aマーケティングの前提である消費市場にならって、「政策市場」を形成する。右の調査から得られた政策需要に的確に対応していくには、地方自治体の政策に加えて、国、地域団体、NPO、企業、県民・市民などの参加や競争が必須であるし、民間委託やPFI(private finance initiative−−民間主導による公共サービス)などの対応も、幅広く検討すべきである。このため、調査結果を詳細に公開するとともに、自治体以外にもさまざまな主体が参入できるような政策市場の形成を、積極的に進める。

B地方自治体が担当すべき政策の内容、実施プロセス、予算などについては、機能、デザイン、ネーミング、ブランド、価格など野最適化をめざす商品ミックス手法を導入して、政策市場で優位性を保てるように形成する。

C政策の実施段階では、最新の広告・宣伝技法や多彩な販売促進手法を駆使して、予定の効果を最大に上げられるように推進する。

Dマーケティングの効果は、商品やサービスの売上げ額や販売シェアーの増減として、消費市場から常に評価を受けている。この視点を行政にも導入して、実施された政策の成果を、政策市場における他の主体の諸活動の成果といつでも比較できるような“しくみ”を作りだし、受益者が客観的に評価できるようにする。

こうしてみると、政策マーケティングとは、従来の議員立法や行政府による政策形成を補って、生活者により密着した間接民主主義をめざすものだ。と同時に、マーケティング業や広告・宣伝業にとっては、これまでの調査・分析・研究・戦略提案・広報などの蓄積を積極的に活用する、全く新たな市場の拡大を意味している。

表  地方行政へマーケティング手法を応用する!

対 象   従来の主な応用手法(例)      今後導入すべき手法(例)  
地域外向け 域外行政 ●市場調査手法の応用
 ・地域イメージ調査
 ・産業誘致競合調査
 ・特産品市場調査
 ・観光需要調査 など
●市場調査・分析手法の深化
●商品化手法の導入
●流通・販売手法の導入
●ブランド・マーケティング 手法の導入 
域外広報 ●広告・宣伝手法の応用
 ・地域イメージPR
 ・U&Iターン者向けPR
 ・特産品PR
 ・観光資源PR など
●広告・宣伝手法の深化
●ブランド・パブリシティー 手法の導入
●販売促進手法の導入
地域内向け 域内行政 ●消費者調査手法の応用
 ・住民意識調査
 ・特定住民に対する意識調査
 ・特定事業に関する意見調査
 ・特定産業に関する意見調査 など
●消費者調査・分析手法の深化
●エリア・マーケティング 手法の導入
●マネジリアル・マーケティング 手法の導入
●ソーシャル・マーケティング 手法の導入
●政策マーケティング手法の形成
域内広報 ●広告・宣伝手法の応用
 ・行政広報
 ・特定政策広報
 ・特定事業告知・広報
 ・特定地域向け広報  など
●広告・宣伝手法の深化
●販売促進手法の導入






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