消費社会研究室
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現代社会研究所  RESEARCH INSTITUTE FOR CONTEMPORARY SOCIETY  
この研究室では、マーケティングや消費者行動の研究をしています。
その成果の一つとして、消費社会のトレンドを分析した論文を転載します。


消費社会とは
・・・

日本の人口波動は、
紀元前三万年に始まる「石器前波」(旧石器文明による約三万人の容量)、
前一万年に始まる「石器後波」(新石器文明による約二六万人の容量)、
前五〇〇年に始まる「農業前波」(粗放農業文明による約六五〇万人の容量)、
西暦一三〇〇年に始まる「農業後波」(集約農業文明による約三二五〇万人の容量)、
一八〇〇年から始まる「工業現波」(加工貿易文明による約一億二八〇〇万人の容量)、の五つだ。

(中略)

因みに、五大波動のそれぞれの前半には、生産力の拡大が社会をリードする「生産社会」が出現した。
新しく開発・導入された文明が社会の生産力を押し広げるにつれ、人口が増え消費量も増加したからだ。縄文前〜中期、弥生〜奈良時代、室町〜江戸時代前期などがその例だ。

だが、後半になると、加速的に拡大する生産力が消費量を追い越したり、自然資源の制約で総人口が停滞・減少し始め、供給過剰に陥るケースが現れる。この時には、消費が生産をリードする「消費社会」の様相が濃くなる。縄文後〜晩期、平安〜鎌倉時代、江戸時代中期などがそうした時代だった。

以上のように考えると、人口減少のインパクトは社会・経済はもとより生活や消費にまで、さまざまな形で波及していく。

古田隆彦「人口減少社会の消費とマーケティング」(日本デザイン機構編『消費社会のリ・デザイン』2009)


繊研新聞(1月25日)に「2002年の消費10大トレンド」を寄稿
現代社会研究所所長・青森大学社会学部教授・古田隆彦

10大トレンド・・・@第2次メリハリ化、Aインタラクティブ化、Bエドピアン化、Cヤングレス化、D新々人類化、Eコダルト化、Fニューミドル化、G超ファミリー化、H都心回帰化、Iニューカマー化

 経済不況、雇用不安、消費停滞などマイナス要因がなおも続くなかで、二〇〇二年の生活や消費はどのように変わっていくのだろうか。低価格志向、ブロードバンド志向、癒し志向などを予想する向きも多いが、人口の動きから見ると、最も確実な変化として一〇のトレンドが浮かんでくる。

【人口停滞が消費を変える】
 一番大きな変化は、近年の人口停滞に影響されて、メリハリ化、インタラクティブ化、エドピアン化の三つが強まることだ。
 @第2次メリハリ化……消費の停滞は短期的には景気低迷や雇用不安によるが、長期的には人口停滞が極まって、内需が減少過程に入っているためだ。二〇〇二年にはこの動きが加速して供給過剰がますます進むから、価格の下落は必然的となる。
 そこで、消費者の多くは必需品は徹底的に安く買うが、こだわりの一品には惜しみなくお金を払う。衣料品でも日常生活のための必需品と、生活を楽しむための選択品に二極化し、前者は“メリ”消費の、後者は“ハリ”消費の、それぞれ対象になっていく。
 Aインタラクティブ化……アジア発の廉価な輸入品に対抗するには、高度な頭脳力で付加価値をつけた商品が必要だが、その先例として注目されているのがユーザー参加型の商品開発。典型的な事例は、インターネットでユーザーが自らデザインできる腕時計(シチズン時計)や電子レンジ(東芝)で、昨年は自動車、シューズ、水着、紳士スーツなどにも拡大した。今後はネット以外にも広がって、イッセイ・ミヤケのA・POCのように、カラーやデザインを自由に選べるオーダー、セミオーダー型の商品が増えていくだろう。
 Bエドピアン化……ピークに達した人口が二〇〇五年頃から減少し始めると、日本の社会構造はアメリカ型からヨーロッパ型へ急速に変わっていく。アメリカは二〇五〇年頃までなお増え続けるのに、北欧や西欧はすでに減少過程に入っているからだ(図−1)。
 だが、ヨーロッパのその先にあるのは日本の江戸中期。農業生産が限界に達したため、約一〇〇年間人口が減少した江戸中期は、環境に見合った“知足”型の社会や生活様式を作り上げた。つまり、エド型ヨーロピアン、“エドピアン”ライフこそ、二一世紀の日本の目標なのである。
 その証拠に、昨年あたりからアメリカ型のファストフードやファストライフを超えて、スローフードやスローライフが流行し始めている。今年はこの傾向がいっそう強まり、デザインやファッションでも北欧や西欧風に人気が集まったり、和風回帰、江戸回帰が進んでいく。

【世代の変化が新トレンドを作る】
 次に強まるのは、世代別の人口構成の変化に伴って進む、ヤングレス化、新々人類化、コダルト化、ニューミドル化の四つのトレンド。いつまでも「少子高齢化」という陳腐なキーワードにとらわれていると、消費市場の本当の動きを見失うことになる。
 Cヤングレス化……昨年の論壇では、三浦雅士の『青春の終焉』や古屋健三の『青春という亡霊』など「青春の消滅」が大きなテーマとなった。消費市場でいえば、“ヤング”という特定世代を対象にした市場が消え去ったということだ。
 確かに昨今のアパレル市場では、ハイティーンの少年がオジサン風のダボシャツで平気だし、五〇〜六〇代がユニクロのカジュアルを着ている。今年はこの延長上で、ヤングファッションという言葉自体が消えていくだろう。
 D新々人類化……ヤングに代わる高額消費を担い手として、新たに注目されているのが“新々人類”、つまり新人類世代の子女だ。昨年は「プッチモニ」「ミニモニ。」などのタレントや、雑誌モデルの低年齢化に触発されて、ローティン向けの“ジュニア”ファッションが急拡大した。
 この世代は、同じ年生まれが戦後初めて一四〇万人を切った、本格的な少子化世代。生まれた時から“一子豪華化”や“6ポケッツ”で、高級離乳食を食べ、ブランド服で育ってきた。もともと数の少ない世代は、競争が少ないのでスポーツやビジネスには弱いが、ファッションやアートには強いという傾向がある。八〇年代のワンレンボディコンは“団塊0L”ではなく“新人類大学生”が作りだし、九〇年代のコギャルファッションは“団塊ジュニア”の大学生ではなく“ポスト団塊ジュニア”の高校生が担い手だった。ともに数の少ない世代だ。
 今後はハイティーンのコギャル層よりも、もっと少数のローティン、つまり新々人類がファッションをリードしていくことになる。
 Eコダルト化……ヤングの数は減っても、子ども化した三〇〜四〇代のアダルト層、つまり“コダルト”消費は伸びている。最近、秋葉原に急増している大型ホビー店に行くと、小型のキャラクターグッズが出てくる「ガチャガチャ」や、仮面ライダー、ウルトラマン、機動戦士ガンダムなど七〇年代の人気人形に夢中になっている大人が多い。
 その理由は、彼らがいつまでも“子ども”意識から抜け出せないためだ。従来なら三〇代で結婚したりベビーができれば、子どもから脱皮した。だが、今では三〇代の前半の四割、後半の三割がシングルだ。人生八〇年時代には、結婚や家庭に対するモラトリアム(猶予)期間が伸びている。
 四〇代の家族持ちでも、少子化第一世代の彼らは長男・長女夫婦が多く、六〇〜七〇代の豊かな両親から経済的に援助を受けたり、子育ての支援を受けて、濃厚な親子関係を続けているから、精神的にはいつまでも子どものままだ。
 二〇〇二年には、アパレル業界でも、こうしたコダルト層に向けて、新たな商品作りが必要になる。
 Fニューミドル化……コダルトに加えて、六〇〜七〇代のシニア層も高額消費へ向かっている。現在の六五〜七五歳は体力・気力もかなり充実しているし、仕事や年金で経済力もなお維持している。もはやこの年齢の人々を「高齢者」とよぶのは間違いだろう。六五歳以上を高齢者と決めたのは、平均寿命が七〇歳だった一九六〇年だから、平均寿命が八〇歳の今では七五歳以上に変えるべきだ。
 つまり、今進みつつあるのは「高齢化」などではない。むしろ「中年の上方拡大」だ。消費市場でも、介護や医療サービスが中心の“高齢”市場ではなく、“中年後期”市場、いわば“ニューミドル”市場が拡大している。現に彼らを対象に育毛剤、精力剤、電動機付き自転車、社交ダンス用商品、トレッキング用品、世界一周クルーズなど、若々しいヒット商品やサービスが次々と生まれている。
 彼らが求めるのは、健康・美容・知力や経済力の維持は勿論、旅行、余暇、教養など極めて幅広い。アパレル業界でも、一番目の肥えた彼らを対象に“ニューミドル”ファッションを提案していかねばならない。

【新ユーザーが登場する】
 最後に新しいユーザーの動きとして、超ファミリー化、都心回帰化、ニューカマー化に注目すべきだろう。
 G超ファミリー化……同時多発テロや経済不況の影響で、家族の復権や家庭回帰が強まるとの見方が増えている。だが、間違ってはいけないのは、その家族は従来の“家族”ではないということだ。核家族や三世代家族など従来の伝統的家族は、九五年の約五〇%から現在は約四六%、二〇一〇年には四二%まで落ちる。代わって増えているのは、単身者、夫婦のみの世帯、そしてシングルママやシングルパパなどである、という(図−2)。
 さらに今後は、子連れ再婚のステップファミリー、高齢単親者が共同生活するコレクティブ家族なども増えていくから、家族の形はますます多様化する。つまり、旧式の家族を超えた“超ファミリー”が、家族消費、家庭消費の新しいユーザー層を形成していく。
 H都心回帰化……人口分布でみると、近年急速に進んでいるのが都心回帰。数年後の人口急減を見込んだ地価の下落にスプロール現象の消滅が加わって、シニア層はもとより三〇〜四〇代のファミリーも、都心の超高層マンションなどへ続々と転居し始めている。
 そこで、都心部では食品や生活用品の需要が急増し、食品スーパーの出店が増えている。大手デパートもまた床面積の拡張を急いでいる。さらにこれまで郊外展開で伸びてきたディスカウンターチェーンでさえ、続々と店舗を都心部へ移し始めている。
 今後は都心部に戻ってきた新住民が、郊外型に代わる都心型の新しいライフスタイルと消費行動を次々に生み出していくことになる。
 Iニューカマー化……もう一つの新ユーザーは、外国人というニューカマー(新入国者)。外国人労働者といえば、八〇年代後半には人手不足対策だったが、この一、二年はハイテク技術者の不足対策や高齢者の介護要員として、あるいは内需維持のための購買者として、改めて注目されている。つまり、短期的な労働力対策というより、長期的な人口補充対策として再浮上しているのだ。
 現に国連経済社会局の研究報告『補充移民』(九九年三月)では、日本が二〇〇五年の人口ピーク時を五〇年後も維持するには、総計一七一四万人、毎年平均約三一万人の外国人を受け入れねばならない、という。
とりわけ、今年はIT不況の影響で、従来アメリカに向かっていたハイテク技術者が、大量に日本へ流入する可能性が高まっている。
 今後、中国、韓国、インド、フィリピンなどから、高度な頭脳を持った人々が入国してくると、インド料理店や東南アジア料理店などの急増に加えて、衣食住のあらゆる面で、ニューカマー向けの消費が拡大していくことになる。
 アパレル業界でも、ニューカマー向けの新たな対応が必要になろう。

【二〇〇二年は顧客減少時代の序の口】
 以上のように、今年の消費市場は、激変する人口動態に影響されて大きく変貌していく。だが、これはまだ序の口にすぎない。おそらく二〇〇五年頃から本格的な人口減少が始まると、慢性化する顧客減少にいかに対応するかという、より深刻な問題が浮上してくる。とすれば、メーカーも流通業も、新局面への対応を考えつつ、市場戦略の根本的な見直しを進めておくことが必要であろう。


消費動向に見る九〇年代末期の心理
(中央公論、1998年,6月号)
古田隆彦(現代社会研究所所長・青森大学教授)
一九九七年は三つのYが売れた
個人消費の低迷が続いている。昨年度も夏場以降の減退が著しく、年間総額は五五年度以来四十数年ぶりに前年度を下回った。上半期からの消費税引き上げ、特別減税廃止、医療費アップに、秋口からの金融破綻や雇用悪化が加わって、先行きに不安を覚えた消費者が購買行動を萎縮させたからだ。
こうした状況下では、あらゆる商品が伸び悩んでいるように見える。だが、実際にはそうでもない。昨年のヒット商品を眺めてみると、結構売れた商品もあった。例えば、「たまごっち」、モバイルパソコン、デジタルカメラなどのハイテク商品だ。もっとも、これらは上半期までで夏場以降はやや失速したが、入れ代わるように『もののけ姫』、『失楽園』、赤ワインといった、非ハイテク系の商品が伸びてきた。
毎年のヒット商品は、大手新聞社、シンクタンク、広告会社などが選定し、年末に「ヒット商品番付」や「ヒット商品ランキング」などの名称で発表されている。それぞれの選考基準は、年間売り上げ高、対前年度伸び率など定量的なものから、流行の強さや話題の大きさといった定性的なものまで、各機関によってまちまちであり、一つのランキングだけで見ると、偏りや恣意性も出てくる。
だが、いくつかを比べて重複する商品を抜き出してみると、一年を代表するヒット商品はほぼ網羅できる。これなら、その年の売れ筋や消費動向を反映しているといえるだろう。
昨年のヒット商品も、同様の手順で選んだものだ。消費全体が不況に沈む中で、これらはなぜ売れているのだろうか。その理由を確かめることは、今後の消費動向を占うためにも必要な作業だろう。そこで、ヒット要因を整理してみると、Yという頭文字を持つ、三つのグループが浮かんでくる。
一億総幼稚化が始まった──幼稚化
第一のYは「幼稚化」。昨年の番付の多くが、東西の“横綱”に「たまごっち」と『もののけ姫』を推し、続いて“大関”に「ポケットモンスター」、“小結”に「ハローキティ」をあげている。こうした商品群は、ゲーム系とアニメ映画系に大別できる。
ゲーム系を代表する「たまごっち」は、いうまでもなくバンダイの携帯電子ペットで、昨年末までに国内で千五百万個、二百億円を売り上げた。ヒットの要因は、モバイルゲーム機に、ペットや子どもを育てる擬似体験を初めて導入したことだろう。これによって、男の子中心のゲーム市場に、女子高生からOLまでの女性層を一挙に取り込んだのだ。
もう一つは、飼育の過程を互いに誇示し合う“交流性”を加えたこと。近頃のティーンズは、自分なりの固い殻の中へ他人に踏み込まれることを極端に嫌う。親しい友だちが集まっても、面と向かった会話は避け、「カラオケ」や「プリクラ」などを媒介に三角関係を作り出して、当たりさわりのない会話で逃げる。そうした中身のないコミュニケーションに、手軽に持ち運びのできる「たまごっち」は最適なツールだったのではないか。
同様の特性を小学生向けに強化したのが「 ポケット・モンスター(略称ポケモン)」だ。任天堂の携帯型ゲーム機「ゲームボーイ」用のソフトで、野山や市街に潜むさまざまな怪獣を捕えて育て、互いに競わせるというゲームである。このソフトのヒットで、ゲームボーイの年間出荷数は三百万台を上回った。
ヒットの理由はやはり“交流性”である。キャラクターの数が百五十一種と多いため、全部揃えるには通信ケーブルでゲーム機をつなぎ、別のソフトを持つ友だちと交換しなければならない。また別のゲーム機に里子に出した方が早く育つ。つまり、ポケモンはコンピューター・ゲームという自閉的な遊びを、友だち作りのためのツールに変換した。これがキッズたちに支持されたのだ。
このため、ポケモン・ソフトはゲーム機を脱して、かつてのメンコのようなカードゲームへ発展している。各カードには一枚に一匹の怪物と、その攻撃や防御力のレベルが書かれており、電気や毒で攻撃するなど独特の超能力を持っている。同時に出し合い、総合力で勝った方が相手のカードを取る。余ったカードがあれば、他のカードと交換する“交換市”も生まれており、レアなカードほど“レート”が高いなど、独特の“相場”で取引されている。つまり、ポケモンも、今の子どもたちの人間関係にふさわしいコミュニケーション・ツールとして売れているのだ。
以上の傾向を裏付けるように、二つの商品は多くのキャラクター商品を生みだした。「たまごっち」の場合は、玩具、衣料、雑貨、食器など七百種類にも及び、バンダイの今年三月期の売り上げ千四百二十億円のうち、約三割の四百十億円にも達した。ポケモンもCD、ぬいぐるみ、アニメ映画など、百種を超す商品に及んでいる。
キャラクター商品はゲーム機以外からも生まれている。サンリオの人気キャラクター「ハローキティ」は二十四年も前のオリジナル商品だが、最近再びブームとなり、炊飯器、トースター、ドライヤーから家庭用シュレッダー、軽自動車、銀行の通帳にまで及んでいる。このため、昨年九月期の同社の売り上げは前年比三二%の増となった。このほか、近頃ではドラえホン(PHS)で会話するコマダムや、エヴァンゲリオンの缶コーヒーを好むサラリーマンなど、三十代にまで広がっている。キャラクター商品もまた、話題や流行への参加を自他ともに確認する、自己表現のツールなのである。
一方、アニメ映画系でも、『もののけ姫』が百七億円で一位、『ドラえもん』シリーズが二十億円で三位、『ジ・エンド・オブ・エヴァンゲリオン』が十四億五千万円で四位と、配収ランキングの上位を占めている。
これらの作品もキャラクター商品へ波及し、とりわけ男子の中・高校生や大学生の間では、フィギュアとかフォーミングとよばれるキャラクター人形の人気が高い。秋葉原には数軒の専門店が進出しているし、九四年に設立された専門店、ブロッコリーの年間売り上げは、関連商品を含めて四十億円を越す勢いだ。さらにはアニメのコスチュームを着て町に出たり、パーティーを楽しむコスプレ市場も伸びており、十代だけでなく、二十代のOLから三十代のサラリーマンまで加わっている。
大人向け商品が伸び悩む中で、子ども向けばかりが、これほどヒットしているのは、その支持層が、高校生や大学生からOLや社会人まで、性別や年齢を超えて広がっているためだろう。コミック雑誌で育った団塊の世代に続いて、テレビアニメで育った新人類世代もすでに三十代後半に達し、消費市場の半分を占めている。
このため、三十代以下の消費市場では、幼児的な傾向が次第に広がっている。いささか厳しい表現をすれば、「幼稚化」というべき減少だろう。
不倫願望を募らせる女性たち──欲情化
第二のYは「欲情化」。その代表が、多くの番付で“大関”に上げられた『失楽園』だ。渡辺淳一の原作は上下巻で二百七十万部、映画は三百万人を動員して配給収入二十三億円、テレビドラマも平均視聴率が二〇%を超えた。これに続いて“前頭”級に上がった、林真理子の小説「不機嫌な果実』も四十万部を超え、テレビと映画が競作して話題をよんだ。
両方とも不倫小説だが、ヒットの背景には女性たちの性意識の変化がある。過激なセックスシーンが話題になった『失楽園』のテレビドラマでは、圧倒的に女性の視聴者が多く、十回分の平均個人視聴率では二十〜三十四歳の女性が一四・二%でトップ、次いで五十歳以上の女性が一二・一%だったという(日本テレビ広報部)。朝日新聞の定期世論調査でも、「どんな場合でも不倫は許されない」の五一%に対して、「許されることもある」が四二%と、約四割が不倫を許容している。とりわけ、四十代以下の女性では寛容な傾向が強く、二十代では五八%、三十〜四十代では五〇%以上が「許されることもある」と肯定している(同紙・九八年一月一日)。
性意識の変化はファッションにも現れている。秋口から二十〜三十代のOLやコマダムの間では、スリットの深いスカートが流行した。もともとは歩き易さのためのスリットが、今ではひざ丈のスカートで三十センチ、ミニスカートで二十センチと過激になり、エロスの誇示に移っている。この数年、女性ファッションの主流はユニセックスのパンツ姿であったのに、スカート人気が復活したのは、フェミニズムに飽きた女性たちが、自らのセクシーさに回帰し始めた兆しなのだろうか。
とりわけ、こうした流行を支えているのは三十代の女性たちである。所得倍増計画の前後に生まれ、3C(カー、クーラー、カラーテレビ)の中で育った彼女たちは、バブル経済の中で二十代を過ごし、ワンレン、ボディコン、グルメ、ディスコと“Hanako”族の中心だった。三十代に入っても独身が多く、高い所得に支えられて自由な生き方を楽しんでいる。結婚しても“DINKS(子供のいない共稼ぎ夫婦)”や“DEWKS(子どものいる共稼ぎ夫婦)”が多く、家事や生活費を分担し、“夫婦対等家庭”を実現させている。専業主婦の場合でさえ、長男長女夫婦が多いから、両親からの援助などを受けて、結構優雅な生活を続けている。
その結果、彼女たちは“トランタン・シングル”や“コマダム”層を形成し、“Hanako”消費の延長上で、高額ブランドやトレンディ・レストランへ向かっている。さらにはマスメディアの作り出した物語のヒロインに自らを擬して、奔放な性愛や妖しい不倫への許容度を増しているのだ。
三十代に劣らず、より過激にセクシーさを追求しているのが、コギャルとよばれる女子高生たちだ。昨年の夏、彼女たちの間で流行した「ホルターネック」は、首の後ろでひもを結ぶだけで、両肩、背中、へそは丸出しのファッションだ。七〇年代モードの復活だが、より面積が小さくなって、セックス・アッピール度が強い。デパートの夏物衣料では「唯一のヒット商品だった」という。
そのうえ、彼女たちの焼けた肌には、色鮮やかなタトゥー(入れ墨)が目立った。本物の入れ墨も密かに流行しているが、よく見かけたのはペーパータトゥーやボディーペインティングとよばれるインスタント・タトゥーだ。流行源は有名タレントやスーパーモデルだったが、そのインモラルでマゾヒスティックなイメージが、コギャルたちをたちまちひきつけたのだ。
ポスト団塊ジュニアの少子化世代にあたる彼女たちは、この数年、へそ出しルック、ルーズソックス、プリクラなど、流行の最先端を走ってきたが、同時にブルセラから援助交際まで、セックスの記号化、商業化を進めてきた。そこには、唯一の売り物である若い性を最大限に利用して、今の今を楽しみ尽くそうとする意識が濃厚に広がっている。
こうしてみると、昨今のわが国では、マスメディアと社会現象が競い合うように性意識を解放し、かつ男女雇用均等法の施行以来、職場や家庭でも性差が縮小しているが、その結果として、性行動における男女差もまたほとんど消えてきた。そこで、女性たちは自らの欲望をあらわにし、不倫、心中、マゾヒズムへと、極限のエロスを求め出している。多少露骨な言い方をすれば、これはまさしく「欲情化」ではないか。
年齢を超えて広がる心身愛──養生化
第三のYは「養生化」。これまで述べた二つのYが、コギャルやコマダムなどに代表される三十代以下を主な支持層にしていたのに対し、心身をいたわる「養生化」は中高年を中心に、全ての世代に広がっている傾向だ。その典型が“小結”や“前頭”に相当する「赤ワイン」や「キシリトールガム」だろう。
赤ワインは「その中に含まれるポリフェノールが動脈硬化を予防する」という研究結果がテレビ番組で取り上げられたため、昨春から売れ行きが急増し、年間では前年比五割増の一千万ケースを突破した。「おいしいうえに身体によい」という欲張りな効用が、中高年からOLまでの購買欲を刺激したのだ。
またキシリトールは、白樺や樫などの樹木から採れる天然甘味料で、甘さは砂糖と同じだがカロリーが約七五%と低く、かつ虫歯菌を減少させる働きがあるという。厚生省の認可を受けて、昨年五月にロッテがガムや清涼タブレットで発売したところ、年末まで百五十億円を売った。続いて参入した明治製菓の「キシリッシュ」ガムも、年間で三十五億円を売り上げている。「甘くても歯によい」という効能が、幼児から若者層に受けたのだ。二つに続いて、有機野菜やオーガニック食品もここ一、二年の番付の常連だ。中高年層を中心に安全・健康志向が高まっているため、昨年は自然食品店に加えて、大手スーパーチェーンでも一斉に扱い始め、またファミリーレストランも目玉メニューとして採用した。なかでも伸びの目立つのがオーガニック食品だ。無農薬や有機栽培野菜などのうち、欧米の認可団体の厳しい検査をパスした食品をいうが、昨年の市場規模は千五百億円に達し、毎年二、三割の上昇率で伸びている。
こうした商品が売れるのは、飽食や栄養過多で不健康に陥りながらも、なお健康を維持しようとする、虫のいいヘルシー願望が急速に増大しているからだろう。
一方、OLやコギャルなど若い女性の間では、“前頭”級のフットケア・グッズや「キリン サプリ」が売れた。フットケア・グッズは、足の疲れを取る足専用シート。ライオンが一昨年発売した「休足時間」は、二十〜三十代の女性に受けて、昨年の市場規模は約三十億円になった。「キリン サプリ」は、キリンビバレッジが昨年三月に発売した清涼飲料で、名前の通り、飲むサプリメント(栄養補助食品)だ。「水とスポーツドリンクの中間の飲み物」という狙いがコギャル層に当たり、年末までに五百万ケースを突破した。彼女たちの間でさらに人気が高いのは、美容を目的とした養生化商品で、“前頭”上位級の小顔化粧品やドロパックがその例だ。小顔化粧品は顔を引き締めたり、陰影効果で顔を小さく見せる化粧品で、資生堂が一昨年暮れに発売した美容液「ロスタロット」は一年で二百万本以上を売り、同社の基礎化粧品では歴代二位を記録した。
またドロパックは泥を配合した洗顔フォーム。資生堂ファイントイレタリーが昨年八月に発売した「ナチュルゴ」シリーズは、お試しセットが五十万個も売れたため、ライオンや日本リーバなども参入している。
若者たちのこうした養生化志向には、消費願望の転換がある。バブル経済の中で高級ブランドから一流グルメまで、モノの消費を一通り経験した彼女たちは、次の消費対象を自分自身に向け始めている。今よりもう一歩、容姿、体力、知力が高まれば、もっと素敵な人生が開けてくるはずという期待だ。そこには、自分の思い通りに自らの体と心を支配したいという自己改造願望が濃厚に漂っている。
自己実現シンドローム
以上、幼稚化、欲情化、養生化という、三つの消費傾向について述べてきた。これら三つのYに共通するものは、多分「ミーイズム(自己中心主義)」であろう。
幼稚化では自己中心の世界に耽溺する傾向が高まり、欲情化では女性たちが自らの性欲を露出し始めている。そして、養生化では、思い通りの自分に近づこうとする自己改造願望が膨らんでいる。つまり、自己中心、自らの性欲肯定、ナルシスティックな自己改造は、いずれも「ミーイズム」に向かっている。3つのYに因んでいえば、唯我独尊の「唯我志向」という、四番目のYである。
実をいうと、ミーイズムは九〇年代を通じて一貫して拡大している消費傾向である。こう書くと、いや、九〇年代の消費傾向といえば、激安商品や価格破壊商品に代表される低価格志向だ、との反論もあろう。確かにそうだ。だが、消費内容から見れば、マルチメディアやインターネットなどの情報通信機器に代表されるハイテク志向の方が断然強かったし、オーガニック食品やガーデニングに代表されるナチュラル志向、そしてフォーミング化粧品や毛穴パックに代表されるミーイズム志向も近頃では広がっている。
このうち、ハイテク志向は知的能力や情報収集能力をどこまでも拡大したいという自己拡張願望に基づくものだし、ナチュラル志向も心身を自然の中に戻して、安全を守りたいという自己防衛意識に基づいている。その意味では、両方ともミーイズムに行き着く。つまり、九〇年代の消費傾向とはミーイズムを胴体に、右翼にハイテク、左翼にナチュラルを持った、一羽の鳥のようなものなのである。
なぜこうなったのか。一つの理由は「自己実現志向」が極度に強まったためだ。振り返ってみると、戦後の大衆消費社会とは、アメリカン・ウエイ・オブ・ライフを目ざして、拡大する自意識や膨張する欲望をそのまま是認する社会であった。この風潮に乗って、六〇〜七〇年代に消費者の多くはまずは生活に絶対必要な「必需財」を買い求め、やがてそれに満足すると、次にはそれぞれの好みに合った「選択財」を求めてきた。
が、八〇年代に入ると、物質的生活の豊かさにはほぼ満足した彼らは、今度は精神的な願望の充足をめざして、より心理性の高い商品やサービスを求め始めた。総理府の「国民生活に関する世論調査」でも、「心の豊かさ」を求める人々が「物の豊かさ」を求める人々を追い抜いたのは一九七九年であった。両者の差は八〇年代にはさらに広がり、九七年には「心」対「物」の比率は六対三に至っている。その結果、消費市場の中核は、従来の必需財や選択財から、よりソフトな「自己実現財」に変わってきた。
さらに九〇年代には、マルチメディアやインターネットなど高度情報化の進展で、消費者一人ひとりが世界中の情報を簡単に獲得できるようになり、またデジタル玩具の増加でヴァーチャル空間における万能感も体験するようになった。さらに供給過剰に陥った高度消費社会では、「お客さまは神さま」に祭り上げられたから、かなりわがままな要求ですら申し立てが可能となった。
その結果、昨今の日本では、「自己実現」というキーワードが、プラスの記号として広く定着し、消費者の大半は、自分の夢や物語を作り出して、その主人公に自らを擬するという、自己中心傾向を強めている。ミーイズムの拡大は、その結果の一つなのである。
しかし、もう一方で、九〇年代の社会は次第に閉塞しつつある。経済的にはバブル崩壊後の不況で所得が伸び悩んだり、雇用不安が広がっている。また環境問題でも地球単位はもとより、国内でも産業廃棄物、生活廃棄物、大気汚染、水質汚染などが拡大している。こうした閉塞化も、ミーイズムを拡大する、もう一つの理由だろう。諸制約が拡大する以上、高度なレベルに達した生活水準も、それ以上の上昇はもはや困難だ。生活水準が停滞すれば、物質的豊かさも自己実現志向も精一杯膨らみ切ったまま、やむなく膠着状態に陥っていく。そうなると、一人ひとりの消費者は自らの生活水準や自己実現が削られないように、自己防衛を始めることになる。
つまり、消費者は社会よりも自分、家庭よりも自分を大切にする、保身的な傾向を強める。あるいは、獲得した豊かさを守るため、自分の生活水準や生活目標と新たに生まれてくる子どもを天秤にかけ、結局子どもを諦める。そこで、出生率が低下したり、幼児虐待が多発する。さらには社会全体の富が伸び悩む以上、分配への関心が異常に強まり、自分自身の分け前に敏感になってくるから、要領よく金を儲けた人や運の強い人などへの嫉妬や憎悪が急増する。こうして、自己防衛的なミーイズムが次第に強まってくる。
もっとも、ここまで来ると、あまりにも過剰なミーイズムであり、「自己実現シンドローム(症候群)」とでもよぶべき、異常事態かもしれない。
閉塞社会を象徴する3Y
九〇年代後半の消費社会では、一方に膨らみきったミーイズムがあり、他方に閉塞化する社会環境がある。二つに挟まれて、消費者の生活意識は次第に抑圧を感じ始めている。それは丁度、膨らみ切った多数の風船が、もはや拡張できなくなった部屋の中で、互いにひしめき合っているようなものだ。ちょっと圧力が増せば、たちまち破裂する。それも弱い風船ほど早く破れる。
こうした状況下では、消費者の選択する行動は大別して三つになる。一つは、これ以上自己が拡大ができない以上、自己実現の大きな夢を捨てて、小さな物語に埋没していく方向。つまり、先行きに不安がある以上、社会や人生に向けての大きな目標は到底無理だから、身近で微小な目標の実現、つまり「己実現」へ向かい始める。
この傾向は若い世代ほど著しい。豊かさを当たり前として育ってきた若者たちにとって、これ以上の豊かさや将来の成功は当てにならないから、むしろ現在の好みだけに没頭して、オタク志向やマイブーム志向にのめり込んでいく。あるいは、実現すべき「自己」そのものが見つからないから、「自分探し」のために自己啓発セミナーや新宗教へ走りだす。これこそ「幼稚化」の真の背景であろう。
二つめは、それでもなお自己拡大を抑えきれず、社会の壁に衝突したり、逆に自己破壊に向かっていく方向。社会環境が変わったにもかかわらず、バブル期以来の膨張しつづける欲望に身を任せて、社会の規範やモラルに挑戦していく。あるいは、厚い壁にぶつかって挫折するや、一転して暴力や犯罪、快楽や退廃、さらには自己破壊へと下降する。もしくは、現実世界から逃げ出して、超能力の世界へ飛び込んでいく。
近頃の青少年に続発している突発的な暴力や偏執狂的な犯罪、さらには過剰なエロスや心中に憧れる女性たちの「欲情化」にも、こんな風潮が影響している。
三つめは、制約が高まり、先行き不安が増す以上、自らの心身をできるだけ保守したり、より強くしたいという方向。これはいうまでもなく、中高年から若者にまで広がっている「養生化」の背景である。
こうしてみると、幼稚化、欲情化、養生化という3Yは、閉塞状態に陥った自己実現志向が当然向かうべき、典型的な方向を象徴している。現に今春のヒット商品でも、ハイパーヨーヨー、MR・ビーンのぬいぐるみ、ゲームソフト「電車でGO!」などの幼稚化、下着ルック、シースルー、阿部定ブームなどの欲情化、高栄養の洋野菜、リラクゼーションサロン、男性スキンケアなどの養生化と、3Y商品が目白おしだ。
とすれば、この不況がなおしばらく続くとしても、3Yというトレンドはなお続いていくだろう。否、たとえ不況が回復したとしても、簡単には終わるものではない。

  
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