人口減少時代の地域創り:人口減少を緩和する・受容する・活用する
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現代社会研究所  RESEARCH INSTITUTE FOR CONTEMPORARY SOCIETY

熊本日日新聞・熊日論壇(2013年4月~14年3月)

人口減対応から積極活用(社会研究所所長・古田隆彦 2014年3月9日)

急速に進む人口減少に地域社会はどのように対応していったらいいのか、この数年、各地の自治体ではさまざまな対策案が検討されている。その内容を整理してみると、基本的な視点や力点のおき方で、大きく三つに分かれている

一つは、何とか人口を維持、あるいは回復しようとする対策。それには、出生数を増やし、死亡数を下げる「自然増」策と、転入を増やし転出を減らす「社会増」策の、両面からのさまざまな対応が必要になる。

自然増の中核は出生数の増加であるから、まずは夫婦の数を増やす対策として、若年層の経済環境の改善、職業教育の充実、結婚・家庭形成への意識改革、結婚相談・仲介支援、国際結婚紹介などが打ち出されている。

続いて夫婦間の子ども数を増やすため、妊娠・出産に関する相談事業、高齢出産への支援、保育園などの待機児童の解消、子育て・就業の両立支援、地域における子育て支援、子ども手当の増加、大学までの教育費の軽減などが主な対策となる。

一方、社会増では転入促進策の中核として、観光やイベントによる交流人口の増加、農業志望者の移住や定年帰農者の誘致、都会と郊外間のマルチハビテーションの拡大、空き家バンクの活用など、U・J・Ⅰターンを増やす対応が提案されている。

しかし、人口減少のスピードは速く、これらの対策に過大な効果は期待できない。そこで、二つめにはデメリットへの対策が打ち出され、人口の急減や年齢構成の逆ピラミッド化で日増しに拡大していく、さまざまな障害をできるだけ抑えようとする。

農山村に広がる過疎地対策としては、地場産業の支援、転入促進による人口維持、集落間の連携強化、拠点集落の構築、さらには集落移転なども検討されている。人口急減に悩む中小都市については、人口密度の低い郊外の開発を抑制し、中心市街地に人口や商業を集約して、住みやすさと行財政の効率を上げる政策、いわゆる「コンパクトシティー」が主流だ。また財政悪化に苦しむ自治体に対しては、行政と民間諸団体やコミュニティーなどの役割分担を見直す「政策マーケティング」の採用も提起されている。

以上の二つが基本的な対策案だ。しかし、最近ではもう一つ、人口減少をむしろ積極的に受け止めて、それを活用しようとする方向も動き出している。大阪府の人口減少社会白書や青森県の基本計画などだ。

例えば経済振興策として、人口減少や年齢上昇で拡大する高齢者の医療・福祉・介護需要や、現役世代の成熟化する消費ニーズを敏感にキャッチし、新たな生活産業創りの基盤とする。生産年齢人口の減少を、女性や高齢者などの活躍機会の拡大と評価して、地場産業、流通業、タクシー産業などでの雇用機会を広げたり、高齢者を育児に活用する幼老統合ケアを伸張する。地元に定住した若者たちのためには、インターネットを通じてデジタル業務を受発注するクラウドソーシングを広げていく。

地域再整備策では、耕作放棄地や放置森林を、再生可能なエネルギー用の基地に活用する。廃校となった小中学校を運送業のコールセンターや地場産業の生産施設へ、あるいは廃工場を農産物直売所へと、それぞれ転用する。増加する空き家についても、不動産業界との連携を強化して貸借や売買を拡大する。あるいは単身者などが共同で住むシェアハウス、多様な家族が一緒に住むコレクティブハウスへの転用などを促進していく。

さらに長期的な視点として、人口減少を電力消費低減の絶好のチャンスととらえ直し、安定・安価・安全に需給のできる未来社会への道を模索しようという、野心的なエネルギー政策も検討され始めている。

人口減少はもはや避けらない。とすれば、地方自治体の対応策もまた、人口回復や減少適応の次元に加えて、人口減少そのものを活用する、より積極的な段階に入ったように思われる。

人口減少時代の都市創り(社会研究所所長・古田隆彦:2014年2月9日)

国土交通省は今年度の通常国会に、都市再生特措法の改正案を提出し、人口減少や高齢化の進む地方都市のコンパクトシティー化を推進するため、関連自治体の支援に乗り出す。容積率を緩和した「居住誘導区域」を指定して諸機能を集約する一方、郊外での建設を抑制し、衰退した中心部を便利で活気のある街に再生させたい、という。

コンパクトシティーについては、1970年代から欧米で研究や検討が行われ、最近では「中心部に様々な機能を集約して、徒歩や公共交通で暮らせる都市」とおおむね理解されている。

日本でも90年代から導入が始まり、2006年に改正された中心市街地活性化法で、市町村による基本計画化が促されたため、13年末までに117市142の計画が内閣府により認定されている。熊本県では熊本市内の2地区、八代市、山鹿市の4つ。

全国で最初にコンパクトシティーを都市計画の目標に掲げたのは青森市。1999年に策定した計画の中で、冬期の除排雪に関する財政負担、郊外市街地の拡大による公共コスト増、中心市街地の商業機能の衰退などに対処するため、市域をインナー、ミッド、アウターに分け、インナーには都市拠点の重点的な整備を、アウターには開発抑制をそれぞれ図ってきた。

青森プランは、郊外に広がった都市域を中心部へ集める「単心集中型」で設計されていたため、コンパクトシティーといえば一極集中の都市プランのように思われてきた。

だが、04年ころから検討を始めた富山市では、郊外に諸機能を集約した複数の「生活拠点」を設け、中心部や副中心と新交通網などで連結する「お団子と串の都市構造」を計画した。

これに基づき、06年4月に全国初の本格的LRT(次世代型路面電車システム)である富山ライトレールを、09年12月に市内電車環状線をそれぞれ開業させ、2万人余りが住む中心市街地と、鉄道駅の周辺の生活拠点を結びつけた。多極を連結した「多心連携型」といわれているプランだ。

その後、06年から独自のタイプに挑んだ宇都宮市では、生活や商業などの機能が集約する「地域拠点」や「生活拠点」の他に、「産業拠点」や「観光拠点」など様々な特性や機能を集約した拠点を作り、それぞれを公共交通などで結びつける方向を提案した。

富山プランが、複数の生活拠点に全ての機能をフルセットで集約するのに対し、宇都宮プランは都市機能を幾つかの要素に分けて、それぞれに拠点を作り、交通網などで連結する「機能連携型」である。

幾つかのプランは、各都市が地域特性へ独自に対応しようと努めたもので、それなりに説得性がある。しかし、活性化基本計画の第一期を終了した現在でも、中心部への人口集積が進まず、商業活動の再生や財政支出の縮減も遅れ、拠点整備や交通網への投資だけが重い負担となっているケースも多い。

今後、さらに推進していくには、どんな条件が必要なのか。一つは計画対象地の住民が参加しやすいこと。二つめは既存の環境から円滑に移行できること。三つめは費用が過大にならないこと、の三つだと思う。

それには都市プランの選定段階から、地形や自然環境、市街地の配置や広がりなど、既存条件へ十分に配慮することが大切だ。盆地に広がる都市では単心集中型、細長い平野に伸びる都市では多心連携型、多様な機能を持った都市では機能連携型など、歴史と集積を巧みに活用できるプランを選び出し、移り住む住民に抵抗なく受け入れられるように計らなければならない。

同時にこれまでの集積を徹底的に活用する。郊外開発の抑制では、その地に蓄積された、膨大なストックを最大限に活かす。中心部やネットワークの重点整備でも、既存施設との連携を強化する。両面からの対応で、新規投資を極力抑えていく。

人口減少時代の都市創りは、単なる「コンパクト(集約)」を超えて、「コンデンス(濃密)」を目ざすことが必要だろう。

必要になる過疎集落の移転(社会研究所所長・古田隆彦:2014年1月8日)

人口減少の影響が最も深刻に現れるのは、中山間の過疎地やいわゆる限界集落だ。熊本県でも45市町村のうち約半分の22が過疎市町村。過疎地域とみなされ、あるいは過疎地域を含む自治体を入れると27に増え、6割に達する(全国過疎地域自立促進連盟推計)。

これらの地域に数多く分布する過疎集落や限界集落では、若年層の流出や出生数の減少などで人口減少や高齢化が進み、商店や診療所、保育園や学校などが減少して、日常生活の維持が困難になり、防火・防災・防犯などの自衛機能も低下している。

どうしたらいいのか。これまで議論されてきた対応策は二つに分かれ、一つは外部からの移住促進策、もう一つは過疎地の自立強化策だ

前者の移住促進策では、①比較的若い世代の転入、②定年帰農、③マルチハビテーションなどが中心となるが、それぞれに利点・欠点がある。

若い世代の農山村移住は一定の需要があり、希望者も現れている。しかし、実際に移住しようとすると、適切な空き家などが意外に少なく、また家族の暮らしに必要な保育園、学校、医療施設が遠いなどの不便も多い。

定年帰農も60代以上の世代でかなり人気があり、地方自治体などで農地や住宅の貸与など、受け入れ策も進んでいる。だが、実際に農業を始めるとなると、それなりの訓練期間が必要であるうえ、農作業には危険もつきまとう。さらに農機具や肥料などを購入する資金も必要だ。

マルチハビテーションは、週日の都心部と週末の農村部などに、複数の住居を持つもので、大都市近郊では徐々に需要が増えている。だが、あくまでも週末の移動圏内が条件であるから、遠隔地や交通不便地などへ広がるとは思えない。

一方、後者の自立強化策では、①地場産業の支援強化、②集落間の連携強化、③拠点集落の構築などが、過疎化の進行に応じて導入されている。

地場産業の支援強化では、地域特性を活かした生産を維持するため、都道府県による振興支援や交付金制度、あるいはボランティアや大学生らによる支援隊の設置などがすでに実施されている。しかし、生産担当者の高齢化や減少で、簡単には進まない。

集落間の連携強化は、複数の過疎集落が互いに協力して、個々には維持できない流通、医療、教育、防災・防犯などの諸機能を分担する。ある程度の人口集積が前提であるから、過疎化が過度に進んだ地域には適用できない。

そうなると、幾つかの過疎集落の中から、拠点となる集落を選んで、移住者の促進・定着策やさまざまな支援策を集中的に実施する。あるいは、周辺の過疎集落の住民を、拠点集落へ移住してもらうという選択もある。

以上のように、過疎集落への対策では移住促進と自立強化の両面から、相互に連携して強力に実施することが必要だ。だが、人口減少のスピードは速く、諸対策を打っても、地域によっては日常生活の維持が困難になる。

その時、最終的な選択は集落全体の移転に行き着く。集落の住民をそっくりまとめて、生活サービスの水準の高い地域や都市の周辺部などへ移ってもらうという方向だ。

いうまでもなく、移転地の選定や代替地の取得、あるいは移住に伴う諸費用や精神的なケア、さらに無住化した跡地の保全対策など、対処すべき課題も多い。それでも、住民の間で将来の暮らしに対する不安や危機感が集約されれば、比較的速やかに決断することも可能だろう。行政などの強力な支援があれば、いっそう弾みがつく。

過疎集落の移転には40年以上の歴史がある。長野県飯田市大平集落(1970年)、鹿児島県阿久根市本之牟礼集落(1989年)、宮崎県西都市寒川集落(同)など、諸問題を克服して、移転を成功させた、先進的な事例も多い。それらを参考にしつつ、むしろ積極的に移転を考えることも必要になる。

熊本県内の過疎集落もまた、それぞれのおかれた状況に応じて、適切な対応策を選ばなければならない。

官民の壁超え地域力向上を(社会研究所所長・古田隆彦:2013年12月8日)


人口減少の進行で、地方行政のあり方も大きく変わる。一方では税収入が減り、他方では行政需要が拡大するから、政策の選択や優先順位が厳しく問われることになる。

地域社会から発生してくる生活需要や行政への要望は、過疎化、少産・長寿化、家族縮小などの進行で、これまでの範囲を大きく超えて多様化するから、自治体が全てに対応することは難しくなる。そこで、民間企業はもとより、第三セクター、NPO(非営利団体)、地域諸団体などと適切な分担方式を編み出し、地方行政には優先度の高い政策から順に担っていくことが求められる。

こうした課題に応えるため、近年期待が集まっているのが「政策マーケティング」だ。地方行政の実施する、さまざまな政策の形成や評価に、企業のマーケティングの発想を取り入れて、県民、市民、地域団体、NPO、企業などが、国の省庁、県庁、市役所、役場などと、それぞれの役割を分担し、よりよい地域社会を実現していこうというものだ。すでに十数年前から青森県や大阪府などで検討され、一部は実施されている。

背景には、行政とマーケティングの接近という事情があ。地方行政では県民や市民の生活意識が高まるにつれて、各種の政策や行政サービスにも、顧客志向や顧客満足度といった視点を求める声が高まっている。他方、企業の経営活動の一つであるマーケティングにも、市場社会の成熟化で商品やサービスの販売拡大を超えて、社会や公共との好ましい関係をめざす、ソーシャルマーケティングやソーシャルビジネスが生まれ始めている。

もっとも、マーケティングという企業経営の手法を、そのまま公的分野に適応することについては批判もある。「公共の福祉の拡大をめざす行政に、利潤追求が目的のマーケティング手法はなじまない」とか、「企業経営的な手法で公共政策を動かすのは無理」というものだ。さらには「地方行政にまで市場主義を持ちこむのか」という、厳しい意見もある。

これらの批判に応えて、政策マーケティングでは、さまざまな需要分野別に、マーケティングが導入できる強弱を予め判定する。従来からの分担を一旦棚上げにしたうえで、国家や地方自治体などが担当すべき分野とその関わり方を改めて見直し、民間部門や個人レベルで分担できる分野がないのか、細かく探し出す。

地域社会から発生する、あらゆる生活需要をとりあえず、抽象的な「市場(しじょう)」の棚ではなく、生活者の誰もが手が届く「イチバ」の店頭に並べてみて、それを供給してくれる主体なら、公私を問わず幅広く見直してみよう、という発想だ。その意味では、「市場主義」ではなく「イチバ主義」というべきかもしれない。

どのような分野に地方行政は重点をおくべきなのか。筆者がかつて委員長を勤めた青森県政策マーケティング委員会の調査結果(2000年)では、例えば「県民の生活満足度をあげたい」という需要に対して、県や市町村に強く求められたのは「保健・医療・福祉サービスの充実や負担の合理性」「生活道路の整備」「行政サービスのわかりやすさ」などであった。

他方、企業や産業組合には「ワーク・ライフ・バランスの向上」「起業や就業機会の増加」「女性・高齢者・障害者の雇用拡大」「給与水準の上昇」「家賃や住宅ローンの適正化」などが期待され、またNPOや地域コミュニティーには「災害・緊急時の助け合い」「近隣人間関係の向上」「老齢者・障害者の生活支援」「孤独者の減少」などの主体となることが求められていた。

こうしてみると、地域内のさまざまな生活需要への対応では、公的部門だけでなく、民間企業やNPOなどの私的部門も大きな役割を担っている。地域コミュニティーには、さらに重要な分担が期待されている。

県や都市の「地域力」をあげていくには、官民の壁を超えた、総合的なマーケティング戦略が必要ではないか。


社会変化に見合う再構築(社会研究所所長・古田隆彦:2013年11月10日)


人口が減ると生産力が低下する、という意見が多い。労働人口の減少で生産量も縮小するからだ、という。

確かにその通りだが、この論理を裏返せば、逆の方向も見つけられる。労働人口の減少を極力抑えたうえ、一人当たりの生産性を上げれば、人口が減っても生産量はなお拡大していくからだ。どうすればいいのか。

第一の条件、労働人口を維持するには、60~70歳代の人々はもとより、専業主婦、フリーター、ニートなど、現在潜在化している労働力を、積極的に活用することが必要だろう。就業環境や雇用条件の大胆な改革を始め、終身雇用や正規雇用など、従来の枠組みも超えて、より柔軟な労働・雇用環境を作りあげる。

第二の条件、生産性を上げるには、より少ない労働人口でより多く、より価値の高い生産を達成できる産業体制を構築していく。生産性の定義についてはさまざまな意見があるが、内容的には次の3つが重要だろう。

一つはいうまでもなく「労働」生産性の向上。減っていく労働力で、従来以上の生産量を維持していくには、まずはパソコンやロボットを駆使し、あるいは新たな生産テクノロジーを開発して、労働者一人当たりの作業達成力を上げていく。

二つめは「付加価値」生産性の拡大。人口減少に比例して縮小する販売額を維持・拡大するには、高くても売れる、あるいはより多く購入してもらえるような新商品を生み出す能力、つまり創造的な生産能力をアップする。

三つめは「革新」生産性の伸張。経済学者J・A・シュンペーターのいう「イノベーション」であり、画期的な「技術革新」や「経営革新」と訳されているように、新たな技術や経営体制を生み出す能力を向上させる。

以上にあげた、三つの生産性が高まれば、生産量はまちがいなく維持、拡大できる。そればかりか、経済規模はもとより産業構造や市場構造までも、より高度な次元へと進められる。

とりわけイノベーションが向上すれば、その効果は計り知れない。経済の次元をはるかに超えて、社会全体の構造をも大きく変革できる。

イノベーションとは一体何なのか。シュンペーターはその著『経済発展の理論』(1911年)の中で、初めてこの概念を提起し、「ニューコンビネーション(新結合)」と表現していた。既存の生産要素を組み合わせ、新たに結合することで、斬新な商品やビジネスを創造することだ、という。この意味であれば、イノベーションとは必ずしも画期的な新規性を生み出すことではなく、むしろ従来からの技術やしくみを組み替えて、新たな有用性を創り出すこと、とも考えられる。

そうなると、イノベーションは経済学や経営学の世界に限らず、より広く哲学や現代思想の領域にまで広がる。なぜなら、ポストモダンの代表的思想家J・デリダの「デコンストラクシオン」と同義語になるからだ。

一般には「脱構築」と訳されているが、原義は「解体・再構築」であり、既存の概念や対象を解体して、その中から有用な要素を選び出し、巧みに組み替えつつ、まったく新たな概念や発想を再構築することである。

この解釈によって、イノベーションの間口が広がる。企業にとっては、商品、生産設備、流通網、人材など、自社の所有する経営資源を見直して、社会の変化に見合うように再構築する。

社会全体では、従来マイナスとみなされてきた慢性的人口減少、少産・長寿化、家族縮小といった諸要素を解体して、ゆとりの拡大、人生の長期化、家族の柔軟化と再評価し、人口減少社会に見合った構造へと創り変える。そのうえで、市場制度や生産・流通制度、あるいは年金制度や福祉制度まで、成長・拡大型の社会・経済構造を大胆に解体して、新たに成熟・濃密型へと組み替えていく

楽観論かもしれない。だが、私たちに今求められているのは、厳しい現実を直視しつつも、新たな未来像を積極的に提示することではないか。

人口減少で変わる生活意識(社会研究所所長・古田隆彦:2013年10月13日)


9月に発表された『厚生労働白書・若者の意識を探る』によると、昨年の結婚数は67万組で、最も多かった1972年に比べ4割も減ったという。

初婚年齢の平均値も夫30・8歳、妻29・2歳で、過去30年間に夫は3歳、妻は4歳ほど上昇した。生涯未婚率(50歳で結婚未経験者の割合)は男性19・3%、女性9・9%で、1980年に比べて男性は16・8ポイント、女性は5・3ポイントも上った。

直接の原因は若年層の減少と未婚率の上昇が重なったためだ。さらに心理的な理由として、白書では①「結婚は個人の自由」と思う人が7割、②9割が恋愛結婚なのに付き合い下手が増加、③交際を望まない男が28%、女が24%、④非正規雇用や無職では結婚願望が低い、などを指摘している。

そこで、今後の対策として、①未婚者の対人関係力を伸ばす、②結婚に踏み切らせるしくみを作る、③若年層の収入を増やす、④女性の就業促進や男性の家事・育児参加および能力向上を図る、などが必要だという。

なるほど、とは思うが、どこか人口増加時代の発想が残っている。現在適齢期にいる若者たちは、むしろ積極的に結婚を避けているのではないか。

動物行動学に「エレベーター効果」という理論がある。短時間、過密状態におかれた霊長類は、社会的な交流を制限するというもの。一匹の猿が狭い檻に数多く押し込まれると、最初は小さな叫び声をあげて、他の猿を押しのける。だが、効果が薄いとわかると、今度は毛繕い、キス、お辞儀などで友好性を示す。その結果、一時の平穏が訪れるものの、個々の猿は絶えず自分をひっかいて、ストレスを示し続ける。

人間もまた、満員エレベーターに乗り合わせると、まずは他人を軽く押して自分の存在を示すが、その後は動作を抑え、視線を固定して、周囲との接触を減らす。全員の我慢で静かになるが、内心では「一刻も早く出たい」とストレスを強める。要約すると、最初の自己防衛、次の接触抑制、最後のストレス増加、の三プロセスだ。

人口容量が満杯になった社会もまた、満員エレベーターと同じだ。人口容量とは、一定の自然環境を文明の力で利用して、どれだけ人口が養えるかを示す指標。現代日本でいえば、工業文明による1億2800万人だ。

1990年代に、容量が頭打ちになったため、まず広がったのが自己防衛。容量の制約がさまざまな形で及び始めると、人々は不安や危機を感じ、とにかく自分を守らなければ、と防衛意識を強め攻撃的にもなった。

続いて進んだのが接触抑制。飽和した社会環境や不安定な経済状況の下では、すでに獲得した生活水準を割くことを恐れ、友達とも一定の距離をとり、結婚も避け、結婚しても子どもは作らない。だが、接触を避けていると、ストレスが溜まってくるから、時には爆発する。過去10数年の間に起こった、幾つかの異常事件の背景の一つだ。

もっとも、人口減少が始まって、この数年、状況は劇的に変わり始めている。満員状態がやや緩和し、少しずつゆとりが生まれてきたからだ。ストレスが弱まると、過剰な防衛本能も薄まり、一定の社会・経済環境の下で自分自身を活かそうとする〝知足〟的な気分が広がってくる。

例えば「現在の生活への満足度」。08年以降、一貫して上昇しているが、今年は20歳代で78%、30歳代で76%と、若い世代で圧倒的に高い(内閣府「国民生活に関する世論調査」)。

夫は外で働き、妻は家庭を守るべきだ」という家庭観も、昨年初めて「賛成」が52%で「反対」45%を超えた。20歳代でも50%対47%だ(内閣府「男女の共同参画に関する世論調査」)。実際、1539歳の独身女性に「専業主婦になりたいか」と尋ねると、肯定派が34%で、否定派38%に拮抗してきた(厚生労働省「若者の意識に関する調査」)。

こうした意識変化が広がれば、結婚のハードルも低くなる。女性も子どもを産みやすくなる。人口減少が定着してくると、私たちの生活意識もまた大きく変わっていく


人口減少で変わる家族の(社会研究所所長・古田隆彦:2013年9月8日)

人口減少は家族の構造にもさまざまな影響を与える。総人口の減少と少産・長寿化で、家族数の減少や規模の縮小が進み、家族の形も変わる。

国立社会保障・人口問題研究所の「日本の世帯数の将来推計」(2013年)によると、家族の数は2010年の5184万世帯から19年の5307万世帯まで増えるが、その後は減少に転じ、30年には5123万世帯に落ちる。一世帯当たりの規模は、10年の2・42人から20年の2・29人を経て、30年には2・22人まで縮小する。

家族の形も激変し、今後増えるのは単身者(単独世帯)、夫婦のみ、単親(ひとり親と子の世帯)の三つ。単身者は今後も増え続け、全世帯(施設等を除く一般世帯)に占める比率は、2010年の32・4%から30年の36・5%へ、4・1ポイントも上昇する。

夫婦のみは20年まで増加、それ以降は減少に転じるが、全世帯に占める比率は10年の19・8%から30年の21・0%まで上がる。単親は30年まで一貫して増え、その比率は10年の8・7%から30年には11・0%まで上昇する。

以上の三世帯に対し、いわゆる核家族(夫婦と子どものみの世帯)や多世代家族(核家族に直系尊属や直系卑属が加わった世帯など)の、二つの世帯は減っていく。両者の減少は1980年代後半から始まっていたが、2000年代にはさらに進む。全世帯に占める比率をみると、核家族が10年の27・9%から30年の24・1%へ、多世代家族は10年の11・2%から30年の7・4%へ、それぞれ低下する。

この予測が意味するのは家族構造の大転換だ。従来、「家族」といえば、多世代家族や核家族をさすのが一般的だった。ところが、これらの〝伝統的〟な家族は10年の39・1%から30年には315%まで落ちる。逆に単身者、夫婦のみ、単親の合計は609%から685%へ上昇する。

熊本県でも同様の傾向が進む。県別の予測は来年以降になるため、前回の予測値を参考にして、およその比率を推測すると、30年には伝統的家族が33%、その他の合計が67%になる可能性が強い。

背景には、晩婚・非婚化による若年単身者の増加、長寿化による高齢単身者の増加、DINKS(ダブルインカム・ノーキッズ=子どものいない共働き夫婦)、単親世帯(シングルファーザーやシングルマザー)、ステップファミリー(子連れ再婚・再々婚世帯)の急増など、家族の多様化が潜んでいる。

さらに細かくみると、同棲、お試し婚、事実婚、別居婚なども増えているし、単身者がマンションや一軒家で共同生活する「ルームシェア」や「ハウスシェア」、複数の家族や元気な高齢単身者が共同で暮らす「コレクティブハウス」のような、非血縁的な同居世帯も拡大している。

従来の「家族」を超える家族、いわば「超家族化」の進行だが、これによって新たな生活需要が広がるから、地域行政はもとより地域経済にもきめ細かな対応が求められる。

行政サービスには、従来の伝統的家族中心から、多様な家族に向けての転換が必要になる。例えば、若年単身者向けの婚活事業、高齢単身者向けの生活支援事業、単親世帯向けの育児・生活支援事業、公営住宅の多様化などをいっそう強化しなければならない。

民間企業にも、小規模家族向け(小ロット・小容量食品、量り売り販売、小型家電など)、若・中年単身者向け(自炊用簡易食材、お掃除ロボット、衣料・家具・家電レンタル、オトナ婚紹介、一人旅限定旅行など)、DINKS向け(手作り用簡易食材、宅配・清掃サービスなど)、シェア家族向け(高付加価値型シェアハウス、カーシェアリング、コレクティブ家族用住宅、シェア家族向け生活支援など)に分けて、需要の変化に見あった商品やサービスの提供が急務となる。

超家族化の生み出す、新鮮な生活需要へ積極的に応えることができれば、行政にはニーズ変化への対応力が、企業には新規市場の拡大チャンスが、それぞれ広がっていくだろう。


知足・自足の新商品を(社会研究所所長・古田隆彦:2013年8月11日)

「人口減少こそ経済停滞の原因」という意見がある。なるほど、人口減少は、一方で消費需要を減らし、他方では労働力を低下させるから、需給両面で経済成長に足かせをはめる。

だが、GDP(国内総生産)を維持できれば、国民は豊かになる。分子がゼロ成長でも、分母が縮小していくから、国民一人当たりの生産額は間違いなく増える。これを実現するには、GDPの6割を占める個人消費の維持・拡大が基本的な課題となるが、その対象は必需品と選択品に大別できる。

必需品への消費は、衣食住など日用品が多く、人口に比例して減少する。減少分を補うには、新しい必需品を開発して、消費規模を維持するような市場戦略が求められる。

従来の必需品は、成長・拡大型社会の中で、加工食品から家電や自動車まで、人並みの暮らしを実現するために必要な商品が中心だった。これに対し、人口減少社会のそれは、過疎化、少産・多死化、平均年齢上昇、家族縮小などの影響で急速に崩れていく生活の水準を、どうやって維持・転換していくかに関わる商品だ。

例えば高齢者や小家族向けには、小型自動車、エコカー、小型・節電家電、小規模の住居やマンションなどが必要になるし、過疎地向けの宅配サービス、移動手段、空き家紹介サービス、防犯・防災情報装置、小型ドクターカーなども、切実な必需品となる。さらに急速に進展するIT社会に対応して、高齢者や幼・少年にも、より便利で使いやすい情報機器が与えられるべきだ。

ヤマト運輸㈱が2010年に始めた「まごころ宅急便」は、高齢者の買い物代行と見守りサービスを組み合わせたもので、今では東北各地に広がっている。社会的に必要で、かつ絶対的な需要がある以上、分散・小規模でも採算のとれるビジネスモデルを編み出せば、新たな必需品市場を育成できる。

一方、選択品への消費では、人口減少社会の特徴である余剰やゆとりに向けて、新しい商品の創造が必要だ。例えば90歳近くにまで伸びた、永い人生を、どうやって生き抜くかという人生再構築産業。従来の人生前半型教育に加え、中年以上の生涯学習やトレーニング産業など、人生後半に重点をおいた教育が求められる。あるいは、延長された人生をより充実させ、より楽しくさせるための新しい遊戯産業、スポーツ産業、アート産業も有望だろう。

住宅関連でも、宅地や住宅が余る反面、単身者や母子・父子家庭が増加するなど、新たな暮らし方を求める需要が拡大する。これに対応するには、シェアハウス(単身者が共同で住める住宅)、コレクティブハウス(多様な家族が共同生活を営む集合住宅)、さらにはダブルハウジング(週日と休日で2つの住宅を住み分ける)など、適切な住生活提案産業が必要になる。

いずれも人口が減っていく社会の中で、いたずらに「成長・拡大」を追いかけず、「知足・自足」的に対応しようとする分野。人口増加がすでに終わった以上、感覚性、精神性、遊戯性など人口減少に適合するライフスタイルを積極的に提案しようとするものだ。

そうなると、企業の市場戦略にも、大幅な転換が求められる。必需品では、機能、性能、品質などの差で商品を革新する「差別化」や、カラー、デザイン、ネーミングなどの新奇性で訴求する「差異化」など、従来の商品戦略でもある程度の対応は可能だろう。だが、斬新な選択品を創造するには、より視野を広げなければならない。

例えばアロマテラピー(芳香療法)、タラソテラピー(海洋療法)、森林浴など、感覚や精神を充足させる戦略(筆者は「差元化」とよぶ)、あるいは手作りログハウス(㈱ビックボックス)や顧客参加型衣料(イッセイミヤケのA・POC)など、自作志向のユーザーを支援する戦略(同「差延化」)といった、より多様な戦略が必要になる。

新しい必需品と選択品で個人消費が伸びれば、民間設備投資や輸出の維持も可能になる。さらには人口減少型消費市場を実現して、アジア市場をリードすることもできる。



人口減少で高まった生産性(現代社会研究所所長・古田隆彦:2013年7月14日)

3月に発表された市町村別の人口予測(国立社会保障・人口問題研究所)が衝撃的だったせいか、月刊誌や週刊誌が悲観的な未来像を書きたてている。200年ほど続いた人口増加時代が終わり、少なくとも6070年は減少が続くのだから、わからぬことでもない。

だが、人類の永い歴史を振りかえると、人口減少は決して初めての経験ではない。生態学者や歴史人口学者の推計に基づいて、世界人口の長期的な推移を見ると、①紀元前2~同1万年、②同4千~同3千年、③西暦350~700年、④1340~1450年の時期は、人口減少時代であった。推計精度の高い後の二つ、③では2億5千万人から2億1千万人へ、④では4億4千万人から3億8千万人へ、それぞれ約16%、14%の減少を記録している。

背景には人口容量の限界が想定できる。人口容量とは、一定の自然環境を文明の力で利用して、どれだけ人口が養えるかを示す指標。世界人口でいえば、人類の文明が旧石器、新石器、粗放農業、集約農業と発展するにつれて、地球の人口容量も約600万人、約5千万人、約2億5千万人、約4億4千万人と、近代以前に4回の拡大をとげてきた。新たな文明で容量が伸びている間は、人口もまた増加したが、容量にゆとりがなくなると、いずれも減少している。これが人口減少のマクロな要因だ。

日本の人口もまた、過去に4回の減少を経験してきた。①紀元前1万5千~同1万年、②同2300~同900年、③西暦1100~1300年、④1730~1800年の時期だ。このうち、③では700万人前後で停滞状態、④では3200万人から3000万人へ約6%の減少と推定される。

背景はやはり人口容量の制約。旧石器による約3万人、新石器による約26万人、粗放農業による約700万人、集約農業による約3200万人が、それぞれ満杯化したためだ。

このように、私たちは幾度か人口減少を経験してきたが、その時いかなる社会が生まれたのか。

世界推移の④に当たる、中世末期のイギリスでは、農業生産の限界化やペストの蔓延で、人口は1340年の370万人から1440年の160万人へ、約40%も減った。だが、労働者の実質賃金(1451~57年を100とする指数)は、1340年の55から1440年の110へ約200%も上昇した(R・G・ウィルキンソン『経済発展の生態学』)。人口が減っても農地や生産用具は残ったから、生き残った農民が生産性を大きく伸ばし、実質賃金を約2倍に上昇させたのだ。

こうしたトレンドがヨーロッパ各地に広がって、封建領主による荘園経営を終わらせる。代わってリーダーとなった大商人が、豊富な経済力で学者や芸術家を支援して、15世紀中葉にルネサンスを開花させている。

他方、日本推移の④、江戸中期の日本でも、一七二〇年から一八〇〇年までに、農業生産の停滞や飢饉の影響で、人口は8%減ったが、耕地面積や実収石高は減少しなかったから、農民一人当たりの実収石量は一・〇二石から一・二三石へ20%も上昇した(速水融『日本経済史への視覚』など)。既存の農地や家族労働の効率化で、生産性が大幅に向上したからだ。

ゆとりを活用して、享保から文化・文政期の社会では、儒学、国学、洋学が栄える一方、歌舞伎、浮世絵、戯作などの町民文化も興隆した。熊本藩でいえば、六代藩主・細川重賢の時代。日本最初の刑法典『刑法叢書』の編纂、ハゼノキ、イグサ、木蝋、養蚕、朝鮮人参などの殖産興業、藩校時習館や医学校再春館の創設が行われている。

現代日本の人口減少も、マクロな視野で見ると、工業文明による人口容量、1億2800万人の壁のためだ。だが、二つの先例を見れば、決して悲観することはない創造的に生産性を高め、与えられたゆとりを徹底的に活用して、豊穣な文化を開かせていく。その延長線上で、もう一段上の文明を創造できれば、再び人口増加の時代を迎えることも夢ではない。



古い年齢区分の見直しを(現代社会研究所所長・古田隆彦:2013年6月9日)


熊本県の人口に占める、子どもの比率は、2015年の13%から35年の11%へ2%下がり、高齢者の比率は29%から35%へ6%上がる。3月に発表された『日本の地域別将来推計人口』(国立社会保障・人口問題研究所)の予測値である。

いわゆる「少子・高齢化」が急進するという展望だが、この数字の前提には、14歳以下を「年少者」、65歳以上を「高齢者」と見なす定義がある。だが、熊本県の平均寿命(2010年)は、男性八〇・二九歳、女性八六・九八歳で、ともに全国4位。ここまで平均寿命が延びると、定義もまた見直すべきではないか。

従来は平均寿命が70歳前後だった、1960年代の人生観に基づき、0~6歳を「幼年」、7~14歳を「少年」、1530歳を「青年」、3064歳を「中年」、65歳以上を「老年」とよぶのが一般的だった。

ところが、実態は変わった。60年前後、高校への進学率は58%、大学等への進学率は10%程度(ともに全国平均)で、中学を出た若者の多くが就業していたから、15歳以上を「青年」とするのは、それなりに妥当だった。

しかし、近頃の若者をみると、生産年齢の入り口の15歳で社会に出ていく者はほとんどいない。進学率が高校で97%、大学等で50%を超えているから、1820歳ころまでは働いていない。高校や大学を卒業した後も、大学院生やフリーター、あるいはニート(就業も就学も職業訓練もしていない若者)になって、両親に寄生しているケースも多い。これでは、実質的には「少年」だろう。この十数年、全国の成人式でアンケートをとると、約7割が「自分は大人ではない」と答えている。

現実が変わった以上、子どもの定義もっと上げるべきだ。寿命が長くなり、社会構造も複雑になったから、一人前になるにも時間がかかる。自活しているかどうかを基準にすれば、少なくとも24歳くらいにまで上げてはどうか。

他方、老年の方も、平均寿命が大きく伸びて、昨今65歳に達した人であれば、女性は89歳、男性は84歳くらいまで生き延びる。つまり、「人生8590歳」時代がすでに始まっている。実際、近ごろの6070歳代は体力、気力、知力とも旺盛で、老人とか高齢者とよばれることにかなり違和感を覚えている。65歳で「老年」とよばれては、残りの人生が20年ほどになるから、本人も戸惑うし、社会もまた困惑する。

過去の区分ではもはや無理だ。平均寿命が1.2~1.3倍延びた以上、年齢区分も全体に上方へ大きくシフトさせ、09歳を「幼年」、1024歳を「少年」、2544歳を「青年」、4574歳を「中年」、75歳以上を「老年」とよんだほうが適切だろう。

もっとも、一度に上げると混乱するから、2015年から2年に一歳ずつ上げていく。そうすると、20年後の35年には、熊本県の24歳以下は30・4万人となるから、15年の14歳以下23・5万人より6・9万人も多くなる。他方、35年の75歳以上は34・5万人で、15年の65歳以上51・3万人より16・8万人も減る。「少子・高齢化」どころか、「増子・減老化」である。

さらに35年の「生産年齢人口(2574歳)」は88・8万人、「老年人口」は34・5万人となり、一人の老人を養う生産者の数は、15年の「2人で1人」から30年の「2・6人で1人」へ、むしろ楽になっていく。

これなら社会保障でも、働く世代の負担は軽くなる。労働力の減少や年金問題の破綻などどこ吹く風だ。そんなことより、74歳までの雇用機会や社会活動の場をいかに創りだすかが、より切実な課題となる。

馬鹿げた意見だ。数字遊びだ、との批判もあろう。だが、現実が大きく変わる以上、それに見合った年齢区分に変えていかなければ、今後の社会は乗り切れない。新区分が成り立つような社会構造を創り上げること、それこそが新しい社会目標なのだ。

「少子・高齢化」の暗い未来を嘆く前に、1960年代の古い常識や固定的な発想から脱出してはどうか。



人口抑制へ二重構造で対応(現代社会研究所所長・古田隆彦:2013年5月12日)

日本の総人口は、昨年10月に前年より28万人減って、1億2751万人となった。ピーク時の2008年より57万人も少なく、1950年以降、最大の減少数である。

理由は何か。出生児数が死亡者数を20万人下回り、入国者数が出国者数を8万人下回ったためだ。外国人の入国減も影響したが、要因の7割は日本人が減ったためだ。

国内で出生児数が減った背景には、出産適齢期(15~49歳)の女性人口の減少、晩婚・非婚化の拡大、子どもを作らない夫婦の増加、という3つの要因が絡まっている。

適齢期人口は、ピーク時の1990年に比べ約13%減少したが、過去の出生児数の結果だからもはや変えようがない。子のいない夫婦は、1960年ころまでの主要因だったが、その後は晩婚・非婚化の影響が次第に強まった。結婚・出産適齢者の間で、「結婚したり子どもを作るより、自分の暮らしや生き方を優先する」人たちが増えているためだろう。

一方、死亡者数が増えたのは、過去50年間、ほぼ3年に1歳ずつ延びてきた平均寿命が限界に近づき、今後は1歳延びるのに8年、その後は9年、11年と次第に長引く段階に入ったため。寿命が伸び悩めば、高齢人口が増えているから、死亡数は急増する。

人口減少の直接の理由は以上のようなものだ。だが、さらに追及すると、「キャリング・キャパシティー」の制約という、別の視点が浮かんでくる。

生物学や生態学では「一定の空間内で動物の数は増えすぎない」という現象が知られており、その上限をこのようによぶ。「環境許容量」とか「人口容量」と訳されているが、原生動物から哺乳類まで、さまざまな動物は容量の上限に近づくと、それを超えないように、幾つかの行動で数を抑え始める。

主な行動には、①生殖・生存力抑制(産卵率低下、成虫死亡率上昇など)、②生殖・生存介入(成虫の卵食い・共食いなど)、③生殖・生存格差化(なわばり、順位制、ハレム制など)、④集団離脱(移住体型化、集団移動など)の4つがある。いずれも、動物の種類毎に本能的、遺伝的に引き継がれているもので、食糧獲得の難易さ、環境汚染の進行、接触機会の上昇など、生息密度が濃くなるにつれて作動する。

人間の場合も、基本的には同じだ。①の生殖・生存力抑制では、食糧不足、環境悪化、高ストレスに晒されていると、精神的・肉体的に体力が低下し、一方では精子や排卵の減少、不妊症、流産・死産の増加といった生殖能力の低下が顕著になり、他方では病気の増加、胎児・乳幼児の死亡増加、寿命の短縮といった生存能力の低下が進行する。まさに本能的な対応だ。

だが、②③④については、必ずしも本能的とはいえない。例えば、②③では堕胎(妊娠中絶)、間引き(嬰児殺し)、避妊、棄民や姥捨て(老人遺棄)などの直接的な方法や、性的タブー、結婚禁止などの慣習的な方法を採り、また④では集団逃亡や強制移民などの政略的な方法まで行っている。そこには民族の死生観や時代の価値観が色濃く反映されており、単なる本能や遺伝を超えている。

これらの行動は、人間に特有な、言葉や規則を創り出す能力、広い意味での「文化」に基づいている。もともと人間は「本能の欠如した動物」といわれるように、本能での対応力が弱い。そこで、人口抑制についても、生物的次元と文化的次元の二重の構造によって対処しているのだ。

現代の日本で、結婚や出産を回避する人たちに聞くと、その理由として、経済的理由、優生保護、自己実現の制約など、さまざまな答えが返ってくる。これらは②③の変形であるが、それらが集約されると、全体として人口を抑制することになる。

とすれば、昨今の人口減少もまた、1億2800万人という、現代日本のキャパシティーが一杯になったためではないか。容量を超えないために、日本人の文化が適切に反応した結果ともいえよう。



人口減少をプラスに変えて(現代社会研究所所長・古田隆彦:2013年4月14日)

熊本県の人口が、1998年に186万人でピークを越えてから、15年が過ぎた。2001年と10年にやや回復したものの、それ以外は減り続け、昨年末には181万人(推定)で、ピーク時より5万人の減少。全国の人口が減り始めたのは09年だから、10年ほど先行していたことになる。

他の都道府県でも、8割強の地域で人口減少が進み、今後も15年までに千葉県、20年までに埼玉、神奈川、愛知の3県、そして東京都もピークを越すと予測されている。

こうなると、人口減少県は決して後進県ではなく、むしろ先進県と考えるべきだろう。実際、30年も前から人口が減り続けている青森、山形県などの東北地方や、和歌山、高知県などの南海地域では、新たな事態に対応して、先進的な諸政策が実施されている。

1983年から減り始めた和歌山県では、紀伊半島東南部の北山村が、過疎対策の一つとして、特産の「じゃばら」の産業化に取り組んでいる。「邪気を払う」に由来する柑橘系の果実で、天然食酢として、村の正月料理には欠かせない縁起物だった。

82年から村内に農園を造成し、パイロット事業を開始。86年には集荷出荷施設も完成させ、生産も順調に拡大したが、知名度の低さと販路の狭さで売り上げは伸びなかった。

それならインターネットだと、90年代末から活用し始めたところ、「花粉症に効く」との情報が寄せられた。直ちにモニター調査を行って、1000人中470人から「効果あり」との回答を得た。この経緯がマスメディアで流されると、02年には年間の予約を数時間で売り切るほどの、一大ヒット商品となった。高知県馬路村の柚子飲料「ごっくん馬路村」と並ぶ、農産物ネット販売のさきがけである。

1984年から減少が始まった青森県では、わが国最初のコンパクトシティーへ、青森市が挑戦している。99年に「人口が減る以上、今後の都市づくりは郊外化やスプロール化を抑制して、住居も都市施設も中心部に集中する」という、斬新なマスタープランを立案した。

これに基づき、公営住宅を郊外から中心部へ移転する一方、青森駅前ゾーンへ、91年に商業・公共複合ビルを、2007年にケア付き高齢者向けマンションを建設するなど、大胆な再開発を推進した。その結果、10年ころには、中心市街地にも民間のマンション建設が急増し、商店街にも賑わいが戻った。

1988年から減少に転じた山形県では、その3年前から嫁不足に悩む朝日町が、行政主導による「外国人花嫁の斡旋」を実施している。85年、町役場の職員が希望者に付き添ってフィリピンに渡り、1週間で見合い、結婚式、ハネムーンをすませ、2人で帰国するという「超早わざ求婚旅行」を挙行した。費用は1人約200万円だったが、最初の年に9組のカップルが誕生し、その後20数年間で70組を超えている。

朝日町の成功で、国際結婚は山形県全域へ広がり、06年には県内で302組の日本人男性と外国人女性が結婚した。07年以降はやや減ったが、11年末の外国人登録者6246人のうち8割が女性。国籍では中国、韓国・朝鮮、フィリピン、ベトナムと続き、外国人花嫁も日常化している。これもまた、国際的〝婚活〟による人口維持政策の、注目すべき先例である。

以上にあげた農業振興、都市計画、婚活事業は、いずれも人口減少に果敢に対応しようとする、地域社会の試みだ。

現時点で振り返ると、3政策の内容や成果については賛否両論、さまざまに評価が分かれる。とはいえ、幾つかの改良を重ねつつ、今後もなお継承すべき、人口減少対策の選択肢であることには変わりはない。

熊本県の人口も、今後30年間は毎年1万人強の減少が予測されている。行政も企業も県民も、人口減少をプラスに変える視点に立って、新たな対応策を競うべきだろう。


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