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現代社会研究所  RESEARCH INSTITUTE FOR CONTEMPORARY SOCIETY
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2010年の経済・社会と書店経営の課題
(現代社会研究所所長・古田隆彦)

経済・社会構造が変わる


二〇一〇年という年は、国際的にみれば、アメリカ型の金融資本主義が破綻して三年め、国内的にみれば、総人口の減少が始まって五年めに当たる。

アメリカでは、二〇〇七年七月に露見したサブプライム問題で株価の急落や信用市場の混乱が発生し、浪費主導の好況が一転して不況に陥った。その影響は次第に拡大し、〇八年九月にはリーマンブラザーズの破綻やAIG保険への公的資金投入など、いわゆるリーマンショックとなって、世界経済を大不況に巻き込んだ。

さらに昨年末に発生したドバイショックで、世界中の株式相場が急落し、ドル安・円高傾向が強まっている。これらの後遺症で、世界の経済状況は一部の開発途上国を除き、二〇一〇年もなおも低迷を続けるだろう。

他方、日本では、二〇〇四年末に一億二七八〇万人でピークを超えた総人口が〇五年から減り始め、その後四年間はなんとか一億二七七〇万人台を保ってきたものの、一〇年にはこのラインを割って、本格的な人口減少が始まる。

日本経済にとって、世界経済の低迷と円高は輸出を低下させ、国内人口の減少は内需を縮小させるから、二〇一〇年の実質成長率はよくても二・〇%、悪ければ〇%前後で、一%のラインをなんとか維持できれば御の字というところだろう。二〇〇九年より幾分上向く可能性もあるが、大きな期待を持つのは禁物である。

もっとも、エコノミストの多くは、中国やインドの経済成長で輸出が回復すれば、日本経済も回復するという。そうだとしても、内需は依然として停滞したままだから、本格的な回復には至らず、旧来の輸出依存型構造を続けることになる。さらに人口減少による需要低下と円高で、デフレ傾向はますます強まるから、社会的な閉塞感も増していく。

経済停滞や閉塞状況の背景には一体、何があるのだろうか。短期的にみれば、世界的な不況のせいだと思いがちだが、それだけに留まるものではない。より長期的にみれば、一九世紀以降、日本が作り上げてきた経済・社会構造が大きな壁にぶつかった、という事情が潜んでいる。

これまでの日本で、極めて狭い国土にもかかわらず、約一億二八〇〇万人もの人間が生きて来られたのは、自動車や電気製品などを高く輸出して、資源や食糧を安く輸入するという「加工貿易」のおかげだった。それがなりたってきたのは、いうまでもなく生産技術の高さによるが、それだけではない。工業製品は高価で、逆に資源や食糧は安価という、二〇世紀型の国際構造があったからだ。

ところが、二一世紀の世界は大きく変わり始めている。工業国の拡大で工業製品は次第に安くなり、逆に一次産品生産国の減少で資源や食糧は徐々に高くなっている。世界中からお金と商品をかきあつめ、ひたすら欲望を肥大し続けていた、アメリカ型の消費社会もすでに破綻している。

それならば、人口がなお増加する国々に、経済成長の原動力を求めればいいというが、中国とて二〇二〇年代後半に、インドもまた二〇四〇年代までに、人口が停滞する。否、そこまで増加する前に、二〇年代後半、世界人口が八〇億人に近づくと、食糧、資源、エネルギー、水資源などの需給バランスが崩れるから、両国の人口もより早く停滞に追い込まれる。

人口増加国があてにできるのは、せいぜい一〇~一五年にすぎない。世界中の国々が、いつまでも人口増加を前提に、成長・拡大型の経済・社会を続けるのはもはや無理なのである。

ここまで世界情勢が変わってきた以上、日本もまた従来型の加工貿易だけで、経済・社会規模をさらに拡大していくのは困難だ。生活水準を上昇させ、野放図に消費を続けるという生活形態ももはや成り立たなくなっている。

景気停滞に象徴される、このような構造的変化が、日本の人口をさらに減少させ、同時に消費行動を縮小させていく。


人口が減少し、家族が変わる

経済停滞が長引けば、人口もまた減少の速度を増す。もともと経済・社会の容量が拡大している時には、生活水準も上昇し、マスメディアや流行に煽られて、私たちの生き方も膨張型になる。子どもを産んでも生活水準は落ちないから、人口も増えていく。

だが、容量が伸びなくなると、肥大したままの欲望が次第に衝突し始めるから、競争が激しくなる。生活格差は急速に拡大し、子どもを産むと生活水準が落ちるから、人口もまた減少し始める。こうした構造に影響されて、日本の人口は二〇一〇年にはさらに減少し、一億二七五〇万人台にまで落ちていくだろう。

人口減少に伴って年齢構成も変化する。〇五年から一〇年にかけて、年少人口(〇~一四歳)は一三・八%から一二・七%へ、生産年齢人口(一五~六四歳)は六六・一%から六四・一%へ、それぞれ落ちるが、老年人口(六五歳以上)は二〇・二%から二三・二%へ上昇する。老年者一人を養う生産年齢者の比率も、三・二八人から二・七六人へ下降し、若年層の負担がますます重くなる。

もっとも、それは一五~六四歳を生産年齢、六五歳以上を老年者とする、一九六〇年代の年齢区分に固執しているからで、二〇歳ほど伸びた平均寿命を考慮して、年齢区分を変えれば、解決方法がないわけではない。

実際のところ、日本人の平均寿命は、二〇〇八年に女性が八六歳、男性が七九歳を超えている。〇歳児でこれだから、六五歳を超えた人の寿命はさらに延びて、女性は九〇歳、男性は八四歳に達する。寿命が延びれば、「老人」とよばれる年齢区分も、従来の六五歳から七五歳に上がるのが当然だ。

これに応じて人生の年齢区分を変えれば、年少は〇~二四歳、生産年齢は二五~七四歳、老年は七五歳以上へ上げていくべきだ。そうすれば、二〇一〇年の構成比は、年少二二・八%、生産年齢六六・〇%、老年一一・二%となり、老年者一人を養う生産年齢者の比率も五・八九人と大幅に改善される。一度に変えるのが難しいというのなら、今年あたりを基点に二〇三〇年をめざして、徐々に上げていけばいい。

一方、人口分布の変化も地域経済に大きな影響を与える。一九七〇年代以降、一貫して伸びてきた三大都市圏の人口は、〇八年に六四七九万人で、対全国比五〇・七%となった。〇九~一〇年には不況の影響で地方圏からの流出が幾分減るから、この比率はやや下がって、〇三年の五〇%程度に戻ると思われる。それでも三大都市圏と地方圏の構成比は、ほぼ半々という状況だ。

しかし、大都市への流入人口が減れば、住宅需要がさらに落ち、地価を低下させる。地価が低下すれば、再び都心部への人口回帰が始まる。そうなると、消費人口もまた郊外から都心へ向かうから、流通業の再配置が大きな課題になってくる。

家族の形態もかなり変わる。三世代以上が同居する多世代家族に、親と子どもで構成される核家族を加えた比率は、二〇〇五年の四一・一%から一〇年の三九・七%へ低下する。逆にシングル(単身者)は〇五年の二九・五%から一〇年の三一・二%へ、夫婦のみの世帯も〇五年の一九・六%から一〇年の二〇・一%へ、さらにシングルマザーやシングルファーザーなどの単親世帯も〇五年の八・四%から一〇年の九・〇%へ、それぞれ増える。単身、夫婦のみ、単親を合わせると、〇五年の五九・二%から一〇年の六〇・三%へ増加する(国立社会保障・人口問題研究所・二〇〇八年三月推計)。

このように量的構成では、多世代家族に核家族を加えた比率はまもなく四割を割り、代わってシングル、ディンクス(共稼ぎで子どものいない世帯)、単親者世帯などの合計が六割を超える。つまり、日本の家族形態では、伝統的な家族は少数派になり、非伝統的な家族が多数派になっていく。

そればかりか、家族形態はいっそう多様化し、同棲、事実婚、別居婚、子連れ再婚世帯(ステップファミリー)といった形も次第に増える。ステップファミリーというのは、再婚、最再婚など人生のステップごとに、新たな家族が作られるという意味だ。

こうした多様な生き方は、時代や社会の変化に対する国民一人ひとりの選択の結果だから、「婚活」政策や「単親世帯支援」制度だけで、大きく変わることはまずありえない。このまま進めば、単身や単親などシングル関連世帯が総世帯に占める比率は、二〇一〇年代に四割を超えていくだろう。比率が高まるにつれて、単身者や単親者が一つ家で共同生活するハウスシェアリングやルームシェアリングといった、血縁や結婚とは無関係の世帯集団もまた増えていく。

以上のように、二〇一〇年の社会構造では、人口減少の進行に伴って、年齢構成の変化、人口分布の変化、家族構造の激変などが進み、それぞれの生活需要を変えるとともに、消費構造にも大きな影響を与えていく。


堅実消費が定着する

経済停滞や人口・家族構造の変化に影響されて、生活者の消費行動も大きく変わる。

この一~二年、所得の低下や雇用不安の影響で、日本人の消費行動は急速に変化し、「過剰消費から堅実消費へ」と移行している。従来の肥大したライフスタイルがギュっと引き締まり、スリムな体型をめざし始めている。日本人の多くはすでに成長・拡大型を脱し、成熟・濃縮型の生活様式へ向っているといえよう。

こうした傾向は二〇一〇年にも持ち越され、景気低迷、所得減少、内需縮小のマイナス循環が続く中で、さらに定着していく。それとともに、消費行動の上では「散財から節約へ」「外向きから内向きへ」「見映えから実質へ」という、三つのトレンドがますます目立ってくる。

第一の「節約」志向とは、浪費や遊びよりも節制や真面目を重んじる生活意識であり、自己規律を強化する行動だ。消費行動でいえば、一〇〇円冷食、一〇〇円バーガー、低価格ラーメン、低価格靴、低価格ジーンズ、プライベートブランド商品、低価格家具などを求める動きとなって現れる。

第二の「内向き」志向とは、世の中の流行やマスメディアに追随せず、自らの身の丈に合った生活を重んじる意識であり、欧米発のブランド志向を脱して歴史や仏像など伝統志向を取り戻し、高価な外食志向を捨てて鍋物関連食材や調理器具など内食商品を買う行動をさす。

第三の「実質」志向とは、表層的な見映えを排して、商品そのものの実質を重んじる意識であり、わけあり食品、機能性衣料、ブランド品レンタル、電球型蛍光灯、型落ち家電、中古情報機器などを求める消費性向をいう。

この三つの消費行動をさらに突きつめていくと、セーブ、シンプル、スマートの、三つの〝S〟に行き着く。

「セーブ」はいうまでもなく節約志向であり、所得停滞や将来不安が続く中で、とりあえずは不要な出費を抑えて、家計を自己規制しようという行動だ。

その延長線上で採用される「シンプル」は、余分なものは持たないで、できるだけ無駄のない暮らしを実現しようという意識であり、前世紀末の北欧やイタリアで生まれた、簡素なライフスタイルが、不況の中で日本人にも徐々に浸透してくる。いわゆるスローライフやシンプルライフが、日本的な〝知足〟生活として復活してくるということだ。

もっとも、実際の消費生活でセーブやシンプルを実現していくとなると、もう一つ「スマート」さが必要になる。無駄や不安を避けて、簡素な暮らしや無理のない節約を行なうには、フルに頭を使って、新しい生き方や消費行動を創造するしかない。そこで、所有よりも使用を重視するカーシェアリング、仕事と所得を公平に分けるワークシェアリングなど、モノや仕事に対する、新しい分担作法が広がっていく。

こうしてみると、昨今の社会で進んでいる、さまざまな消費現象の裏側には、生活者自身の自律的な対応が潜んでいる。経済・社会容量の飽和化という環境変化に直面して、多くの生活者は意識的かつ無意識的に、よりスリムな生活をめざし始めているのだ。


情報需要が激変する

経済や社会が変れば、情報需要も大きく変わる。もともと人口減少社会とは、モノよりもコト、物質よりも情報が重視される「情報化」社会である。

「情報化」というと、一般にはパソコンやインターネットなどが拡大する「IT(情報通信技術)化」と理解されている。一九八〇年にアメリカの未来学者A・トフラーが『第三の波』を著し、農業革命による第一波、産業革命による第二波に続いて、今や情報化による第三波が進みつつある、と述べた。農業化、工業化の次に現れる、画期的な文明革新がITに代表される情報化だ、というのだが、この考え方が日本の社会にも広く受け入れられている。

だが、これはあまりにも狭い見方だ。歴史的に見ると、社会全体がモノよりもコトを、ハードよりもソフトを重視する時代は、今に始まったことではなく、何度か繰り返されてきた。情報化という言葉は、もっと広くとらえなくてはならない。

長期的な人口推移から見ると、情報化という社会現象は、人口の減少する局面でしばしば出現している。日本の歴史においても、総人口はこれまでに四回の増減を繰り返してきた。約三万年前から前一万年前(上限・約三万人)、紀元前一万年前から前五〇〇年(同・約二六万人)、紀元前五〇〇年から西暦一三〇〇年(同・約七〇〇万人)、西暦一三〇〇年から一八三〇年(同・約三二五〇万人)の四つだ(古田隆彦『日本人はどこまで減るか』)。

それぞれの人口増加局面では、旧石器、新石器、粗放農業、集約農業といった、新しい文明が物質的拡大を主導しているが、それが限界に達した減少局面になると、いずれも各文明は情報的充実へと向かっている。

具体的にいえば、最初は旧石器時代後期に現れた細石刃だ。複数の小石器に基礎的な機能を細かく分散したうえ、それらをシステマティックな〝文法〟として組み合わせ、槍やナイフなどさまざまなモノを作りだす石器だ。二回めは縄文時代後期の火炎型土器。煮炊き用の機能性を脱して、祭祀や権威を象徴する情報性を強く示している。

三回めは平安時代末期から鎌倉時代初期の絵巻物。当時の人々にとって、テレビの出現に匹敵する大事件だった。四回めは江戸時代中期の木版や瓦版など。浮世絵、読本、黄表紙、洒落本、滑稽本などの出版物の隆盛化はまさしく情報化であった。

ここに示した細石刃、火炎型土器、絵巻物、木版は、さまざまな文明が生みだした物質的ツールを巧みに情報的メディアへ置き換えたものだ。とりわけ江戸時代中期の木版や瓦版などは、戦国~江戸時代前期に人口を増加させた集約農業文明の物質的基盤、例えば巨大な城郭や寺院の建造に注がれていた木工・製陶技術を、一転して情報メディア技術に転換したものだ。情報化という現象は、新たな文明の登場をいうのではなく、一つの物質文明の成熟段階を示すと解すべきだろう。

とすれば、現在の日本で進みつつあるIT化もまた、工業文明が成熟段階に入ったことを意味している。一八三〇年代に始まる、現代日本の人口増加は、西欧から導入した科学技術を中心に市場主義や国際化主義を組み合わせた「加工貿易文明」が促したもので、五回めの波だ。それが経済・社会容量を拡大しているうちは、人口は増加していたが、今や上限に達したため、人口が減少し始めている。それとともに、物量化から情報化への移行が開始されたのだ。

人口増加期の情報化は、機械主導の物質文明を情報に応用することであった。江戸時代以降の木版・瓦版技術を機械的な出版技術に置き換えて、新聞、雑誌、単行本などの情報産業を拡大させてきた。ところが、人口減少期になると、文明の重点は機械そのものよりも制御システムや頭脳システムに移っていくから、情報伝達においても、デジタル化やIT化が拡大する。それゆえ、情報市場では、出版や新聞などの印刷系、テレビやラジオなどの電波(放送)系に加えて、インターネットや携帯電話などのIT系、さらには電子書籍やデジタル情報流通などの電子情報系が多様に複合化し、いっそう競合を強めていく。

こうした情報化の進展で、社会的な需要においても、モノよりもコト、物質よりも情報がいっそう重視されるようになる。出版や放送、インターネットやデジタル通信などが拡大するのはもとより、世の中全体が情報需要をさらに増加させる。例えば、アートとしての自動車、カルチャーとしての炊飯器、レジャーとしての掃除機など、暮らしや社会のあらゆる分野で芸術化、学習化、遊戯化、精神化、象徴化といった文化の多層化、濃縮化が進んでいく。

二〇一〇年という年は、このような情報源多様化への一大転換点になるだろう。


顧客減少を乗り切る戦略

ここまで見てきたように、経済・社会・情報環境は大きく変化する。その中で、これからの書店経営はどのように対応していけばいいのだろうか。

少し視野を広げて消費市場全体を眺めてみると、消費財に関わる各種の産業では、すでに多様な対策が打ち出されている。例えば食品、衣料、生活雑貨などでも、消費停滞と顧客減少が重なって、市場規模が徐々に縮小し、それぞれの売り上げも停滞しているから、それに対応すべくさまざまな戦略が進められている。その基本は、必需財から選択財へ、商品やサービスの軸足を移していくことだ。

今後、景気が多少回復したとしても、人口減少が留まることはないから、顧客減少はなお続く。顧客が減れば、需要も減る。一人の人間が生きていくために必要な生活必需品の需要は、いかに時代が変わろうとさほど変動するわけではないから、顧客数が減ればそれに比例して減っていく。つまり、衣食住などの生活必需品では、必然的に市場縮小が進む。

とはいえ、中・長期的にみれば、消費市場全体の規模が縮小するわけではない。需要が減れば供給過剰で価格が下落するが、ハイテク産業、人口減少対応産業、資源・環境・食糧産業など新規産業の振興によって、GDP(国内総生産)が多少とも維持できれば、個人所得が上がる可能性もある。

所得が上がり、物価が下がれば当然、家計には余裕が生まれる。余裕が生まれれば、顧客の多くはそれに応じて選択品を求めるようになる。つまり、必需品の需要が減っても、選択品の需要はなおも増えていく。

こうした選択品の需要拡大に、供給側が的確な対応をしていくことができれば、必需品の需要減を選択品で補うことができる。それによって、消費市場の規模を維持することは勿論、拡大していくこともまた不可能ではない。

的確な対応とはどのようなことをいうのか。一般的な消費財において、最も基本的なマーケティング戦略は次の五つの「多」を実現していくこと、つまり〝五多化〟戦略の実践であろう。

 ① 多額化…一人の顧客にできるだけ多様な金額で商品を売る。

 ② 多層化…一人の顧客にできるだけ複数の商品を売る。

 ③ 多層化…従来からのユーザー層に加えて新たな顧客層を開拓する。

 ④ 多接化…一つの商品とユーザーの接触機会をできるだけ増やす。

 ⑤ 多面化…業種・業態をさまざまな方面に広げる。

 このうち、①多額化、②多数化、③多面化の三戦略は、主に商品開発の革新に関わる戦略であり、また④多接化、⑤多面化の二つは営業・販売戦略の革新に関わる戦略である。

前者は人口減少時代の生活者の求める需要を根本から探り直して、それに対応できるような、新しいネウチを持った新商品や新サービスを積極的に開発することであり、後者は自社の商品やサービスをできるだけ多く販売していくための、多面的な販売・営業手法を確立することだ。つまり、顧客減少を覆していくには、新たな商品開発手法を創造するとともに、販売・営業手法を革新していくこともまた必要なのである。

〝五多化〟戦略の実践によって、減っていく顧客層から可能な限り多くの購買行動を誘い出すことができれば、消費財の売り上げのさらなる拡大が実現できる。


書店経営へ応用する

〝五多化〟戦略は書店経営にも応用できる。もっとも、①多額化、②多数化、③多層化は商品開発に関わるもので、主に出版社に求められる戦略であるから、流通業である書店経営に直接応用できるのは④多接化、⑤多面化の二つの戦略である。

さらに書店という流通業態は、①再販制度によって商品の価格が決まっている、②全国共通の商品を並列的に陳列する、③経営者が独自に商品を選べる範囲が限られる、などの点で、他の消費財の流通ルートとはかなり業態が異なっている。それゆえ、④や⑤を応用するにしても、それなりの独自性が求められる。

まず④の多接化戦略では、各種のメディアやインターネットなどを通じて、できるだけ頻繁にユーザーと接触する「メディア接触化」と、商品やサービスをできるだけ頻繁に、かつ直接的にユーザーに対面させる「店頭接触化」の、二つの手法が応用できる。

メディア接触手法は、テレビ、新聞、雑誌、電車の中吊りなどに広告を打つ、従来の手法に加えて、近年はウェブサイトに載せる各種の広告や、ブログを応用したアフィリエイト・プログラムなどが伸びている。すでに大手の通販サイトや大型書店グループでは、新刊情報やベストセラーはもとより書評やクチコミまで、さまざまな情報を載せて、ユーザー一人ひとりへの個別的な接近を図っているが、これらの手法は中小の書店にも応用できる。

もともとウェブサイトは地域限定の情報や特定分野のユーザーなど、少数ユーザーを対象にしたアプローチが可能なメディアである。その特性を活かして、地域社会に密着した書店や特定分野の専門書店などでは、個々のユーザーへの接触手法を積極的に開発していくことが必要だろう。例えば、独自のサイトやメールで関連本の購入者に新刊情報を流したり、同好のユーザーを組織して読書会を支援するなど、顧客層の〝個〟客化を促進することだ。

店頭接触化はどうか。この手法は、店頭での集中展示や関連展示、あるいはサンプル品の大量配布やイベントとのタイアップ販売といった販売促進手法によって、ユーザーとの接触機会を直接的に増やそうとするものだ。

書店業界では、この手法の先例として、店員が手作りで作成するPOP広告が、先端的な店舗から始まって、すでに全国に広がっているばかりか、他の消費財を扱う店舗にも次第に拡大している。まことに見事な店頭接触化の実例だが、その延長線上でいっそうの進展が期待される。

例えば、小型液晶テレビや書籍検索ネットを利用して、動画による店員の書籍紹介や書評家、専門家のアドバイス、地域のお母さんやおじいさん、おばあさんなど一般市民からのクチコミ情報などを、多角的に提供していくシステムの構築が考えられる。

⑤の多面化戦略も、さまざまな形で応用できる。この戦略は、従来扱ってきた商品やサービスの需要が停滞する以上、これまでに蓄積されている、多様な経営ノウハウを積極的に活用して、隣接分野や関連分野へ進出していこうとするもので、関連異業種に進出する「業種拡大化」や関連異業態を併設する「業態拡大化」などの手法が考えられる。

業種拡大化の先例には、子どもの急減に対応した、幼児や少年向け産業の転換がある。例えば、ベビーウェア専業のミキハウスは、出産数の急減に対応して、妊婦向け衣料からベビー向け雑誌やお母さん向け雑誌、さらには幼児向けの外食産業やベビー産業のシンクタンクにまで進出し、多角化に成功している。

また受験生向け添削サービスが本業のベネッセコーポレーションは、受験生の減少対策として早くから業種拡大に踏み切り、八八年には幼児向けの通信教育「こどもちゃれんじ」を開始して、二〇〇〇年四月までに会員数一五〇万人の会員を獲得した。また九三年にはマタニティー雑誌『たまごクラブ』『ひよこクラブ』を発刊して、半年足らずで同市場のトップに躍り出ている。さらに九四年には駅型保育所に、九五年には老年者向けサービスにも進出し、介護付き有料老人ホームや在宅介護サービスも展開している。

こうした戦略は書店経営にも応用できる。すでに書店の多くは隣接分野の文房具、事務用品、情報雑貨などの小売業へも進出する業種拡大を行なっているが、最近ではこれをさらに進めて、新たな業態の創設が始まっている。

例えばヴィレッジヴァンガードは一九八六年に、書籍に加えてポスター、ミニカー、家具、玩具、時計、CDはもとより、輸入菓子や生活用品までをランダムに並べる新業態の書店を生み出している。一旦入店したユーザーには、本を買った際、その場に並んでいる雑貨やCDなどもついつい買ってしまうという「連想ゲーム」型の購買行動を促して、売り上げの拡大に成功し、現在、全国に三〇〇店を超える直営店やフランチャイズ店を展開している。

また時代屋グループは二〇〇六年から、歴史書や時代小説を中心に関連雑貨やDVDなどを並べた「時代屋」を東京、川崎、仙台などで展開している。もともと中高年の男性層を狙ったものであったが、昨今の〝歴女〟ブームにも乗って、二〇~三〇歳代の女性層まで引きつけ、固定客層を突破するエイジレス化やユニセックス化もまた実現している。

これらの延長線上で考えると、宇宙、環境、自然、哲学、仏像といった特定専門書を中心に、関連グッズやデジタル商品を揃えた総合専門店舗が考えられる。いずれも総合的なコト化、ソフト化、情報に対応するものだ。

もう一つは、書籍の販売に加えて、さまざまな情報・文化サービスを提供する新業態も有望であろう。最近では、個性的な新刊本や古書を揃えて講演会や交歓会を催す飲食店「ブックカフェ」や「ブックバー」が、全国各地に急増している。「文鳥舎」(三鷹市)、「カフェ・ビブリオティック・ハロー」(京都市)、「いとへん」(大阪市)、「勉強カフェ・ブックマークス」(東京・渋谷)などが代表例だが、こうした方向もまた一つの未来モデルといえよう。

以上の提案で示したように、経済・社会環境が激変し、ユーザーの消費行動や購買行動の変化によって、情報需要や流通の基盤が流動化していく時代には、書店経営においても、従来からの業種・業態にとらわれず、新たな方向を模索することが求められる。

とはいえ、それは、やみくもに業種・業態の転換へ突き進んでいくということではない。忘れてならないのは「文化や知識に関する情報を広く流通していく」という、書店経営のアイデンティティーから出発することなのである。

(日本出版販売株式会社『書店経営ゼミナール会報』2010年1月号)

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