起業動向事例研究2003
TOP INDEX
現代社会研究所  RESEARCH INSTITUTE FOR CONTEMPORARY SOCIETY

アーム伸縮装置で車いすの段差越えを可能にした…ヤマトメック(2003.12)

 車いすの移動には、数センチの段差が大きな障害となる。これを解消する昇降装置が国内で初めて開発され、注目を集めている。

 「エンジェルマム」とよばれるこの装置は、ボタンを押すと、車いすに取り付けた四本の電動アームが伸びて、補助車輪で前に進み、前・後輪が交互に伸縮しながら段差を越えるという優れもの。車道から一段高い歩道に上げる時などに、大きな威力を発揮する。

 電動アームは直径五センチ、長さ三〇センチの伸縮型で、バイク用のバッテリーで車輪が駆動し、平地なら時速約六キロで二時間程度は自走できる。価格は車いすとのセットで二八万円。レンタルなら月額一万二〇〇〇円。介護保険を適用すると自己負担は一割で済む。

 この装置を開発したのは、東広島市のヤマトメック(山崎恵子社長)。山崎社長は同社の前身である有限会社に入社したが、経営者の病気で突然閉鎖されたため、同僚だった夫とともに、一九九八年の夏、四人で同社を設立した。これまでは、加工精度千分の一ミリという、高度な技術力を活かして、㈱島津製作所などへ精密機械用の部品を主に製作してきた。

 九九年の秋、山崎社長は、死の直前まで車いすで義母を介護していた義父が「段差を越えられる車いすがあったら……」といっていたのを思い出し、技術本部長の夫に相談した。本部長は早速、義母の古い車いすを工場に持ち込んで研究を始めたが、素材や動力など幾つかの課題があった。このため、経済産業省の創造技術開発補助事業に申請したり、近くの大学や病院の協力も得て、何度かの試行錯誤の結果、ようやく完成にこぎつけた。

 昨年七月、この試作品を東京の「国際モダンホスピタルショウ」に出品したところ、各種のマスコミに大きく取り上げられ、病院や介護施設から問い合わせが殺到した。直ちに本格生産に入り、特注品にもかかわらず、一年間で一〇〇台以上を売り上げた。

 そこで、今年四月、新たにエンジェルマム事業部を設け、従業員も一一名に増やして介護用品の開発・製造体制を強化した。また広島大学と連携し、教授や学生のための移動研究室も社内に設置した。

 これらの成果として、椅子ごと乗用車に乗せる簡易昇降機や、ひざの屈伸が不自由な人や骨折・手術後の人向けの車いす用足架台をすでに開発し、今夏から発売している。さらには、自動走行のできるユニバーサルサポートチェアの開発にも着手している。

 他方、営業体制も強化するため、四月からは、関東地方の介護用品レンタル企業と代理店契約を結んで、介護製品の販売を本格的に展開し始めた。研究・開発・製造・販売の一体化した戦略によって、五年後には五億円の売り上げをめざしている。

 「信念があれば、小さな会社でも、既存技術を応用し、大きな夢を形にできます」と、山崎社長のチャレンジ精神はますます旺盛だ。


手造り腕時計でポスト・ブランド市場を開拓する…ダダリ(2003.11)

この七月、千葉市の大型商業施設「プレナ幕張」に時限出店した「くるき亭」では、メイン商品の「手作り腕時計」を一カ月で一五〇個も売り上げた。

携帯電話の拡大で腕時計を持たない若者が増えている折、これほど売れたのはなぜか。「ブランドものでは友達と同じだから、自分だけの時計が欲しい」とか、「時間を見る度に、やさしさや温もりが伝わってくる時計があったら」など、腕時計はもはや時を見るための“機械”ではなく、自己確認のための“道具”に変わってきたからだ。

この商品は、ムーブメント(時計の内部の機械)以外は全て手作り。店舗に常駐するデザイナーが、「このベルトにする」「針を変える」「ベルトの留め金をスライド式にする」「このアクセサリーを本体につけて」といった、ユーザーの注文に直接応じて、簡単なものはその場で、複雑なものは三日ほどで製作し発送してくれる。価格は一~三万円。

「手作り=壊れやすい」というイメージを払拭するため、ムーブメントはセイコー、シチズンなど一流メーカーの製品を使っている。また独自の品質管理基準で納品前に厳しい品質テストも行っている。故障の修理や電池交換は一般の時計店でもできるし、同店でも受けつけている。

この店を運営しているのは、千葉県習志野市の㈲ダダリ(笹野井貴之社長)。笹野井社長は千葉県生まれの二五歳。中央大学在学中にWEB関連の事業を始め、地域情報の提供やホームページの受託制作を行ってきた。卒業後は、小売業を学ぶため、大手コンビニエンスストアチェーン「ミニストップ」の店舗を経営して、店舗運営システムの革新や、暴走族対策、予約活動などで、全国的な業績をあげてきた。

今年二月に独立し、有限会社ダダリを設立。WEBの知識と店舗運営の知識を活かして、手作り時計の店「くるき亭」を運営しはじめた。主な事業内容は、インターネットによる手作り時計の製造・販売、直営店の経営、手作り時計教室の運営などだ。実は父君が本誌の愛読者で、笹野井社長も学生時代からしばしば眼にしていたという。

同社が特に力を入れているのが、腕時計の製作教室。簡単な作業で受講者が独自の時計を造る初級コース(約二時間、料金は八七〇〇円)。手作り時計デザイナーを疑似体験できる上級コース(約四時間、同一万五千円)。手作り時計デザイナーを養成する専門コース(週一回、月四回の通い制、同月一万円、入会金五万円)の三つがあり、それぞれに人気が集まっている。

「ITというクールな手段にぬくもりを与えたるため、忙しさの象徴である腕時計をビジネスの対象にしました。今後はポスト・ブランド戦略としてこの路線を広げ、こだわり派のユーザーを獲得していきます」と、若き起業家は大きな野心を抱いている。


新型ホチキスで新しいビジネスモデルを開発した…イートップ(2003.10)

百二十枚のコピー用紙を、軽く、安全に、一気に綴じられる業務用ホチキスが開発され、注目を集めている。

新商品「eT-V101」は、五種類の専用カセットで二~百二十枚を綴じ分けるもの。ボディには衝撃に強いグラスファイバー入りのABS材を使用し、長期的な酷使にも耐えられる。小型・軽量で使用や保管に場所をとらないうえ、曲線的なデザインとソフトなカラーだから、さまざまな業務環境にもなじむ。

この商品を開発したのは、東京都杉並区の事務用品ベンチャー、㈱イートップ(瀧波和弥社長)。二〇〇〇年七月、事務用品メーカー出身で新型ホチキスを考案した海老原代師行氏(現会長)と、システム設計・構築サービス企業出身の瀧波社長が、文房具市場の革新をめざして設立した会社だ。

新型ホチキス「eT-V」シリーズの特徴は、針を角柱型のカセットに入れ、ワンタッチで交換できること。従来の製品では紙の枚数に応じて針を交換するか、複数のホチキスを使い分ける必要があったが、新型では枚数別に針の長さを変えた数種類のカセットを交換するだけ。テコの原理を二カ所に応用しているから、椅子に座ったままで部厚い部数も綴じられる。価格はオープンだが、店頭では六千五百円前後、二百本入りの針カセットが二百~三百円。〇二年三月に最初に発売した「eT-V1」は、一年間で一万台を達成し、隠れたヒット商品となっている。

もう一つの特徴は、ホチキスを「消耗品型商品」から、複写機のトナーのような「補給型商品」に変えたこと。同社のホチキスを買えば、その後も同社のカセットが必要だから、顧客を固定できる。このため、本体はできるだけ安く提供し、カセットの売り上げで利益を伸ばすという仕組みだ。

経営体制も、製造はファブレス(無工場生産)、販売もアウトソーシング(外部委託)と徹底的に合理化。国内販売はアルバム大手のナカバヤシに、輸出は高級ボールペンの大手専門商社に委ね、自社は開発に特化して、最小限の人員で最大の効果をめざしている。

今年はこの「eT-V101」に続いて、綴じしろを平らにできる「eT-V4」、カセットを装着した本体を回転させて綴じ向きを変えられる「eT-V3」も投入し、従来の三機種と合わせて六機種体制にする。三年以内には、カセットをリサイクル可能な生分解性プラスチックにした製品を、また将来的には、センサーを組み込んで書類を自動的に綴じ分ける機種も開発する計画だ。

国内のホチキス市場は、過半数のシェアを握るマックス㈱から、安さを武器にした中国メーカーまで多数がひしめき合っている。その中で、同社は今期六億円、三年後には五十億円の売り上げを目標にしている。

「高度な技術と独創性の高い商品を作れば、高額であっても世界中から注文が来る」と、同社は世界のトップ商品を狙っている。


コケ利用の緑化マットで新市場を開拓…モスキャッチシステム山形(2003.09)

 真夏の大都市はヒートアイランド現象で猛烈な暑さになる。対策の一つとしてビルの屋上緑化が課題になっている折、素人でも簡単に施工できる「コケユニット緑化工法」が開発され、注目を集めている。

この工法は、園芸用プラスチックトレーに火山礫(ラピリー)を敷き、スナゴケを植えた、約三〇センチメートル角のコケユニットを屋上やベランダに敷きつめるというもの。取り外しが容易で、防水層の点検ができ、シリコーン系接着剤を使用してコンクリートへ簡単に固定できる。

重さは一平方メートル当たり四〇キログラム以下だから、屋上の荷重制限はほとんどの場合クリア。山野草や観賞植物と共生させ、歩行用ユニットと組み合わせると、屋上庭園にもなる。価格は一枚一九八〇円で、一平方メートル当たり約一万五〇〇〇円。

同工法を開発したのは、山形市の㈱モスキャッチシステム山形(山本正幸社長)。山本社長は関東学院大学の工学部を卒業後、コンクリート会社に入社。七九年に独立して酒類ディスカウント店「ヤマモト」を開業し、東北地域に六〇社を超える安売りチェーン「酒の九州グループ」を作り上げた。だが、酒販売の規制緩和で競争激化が予想されたため、一〇年前からログハウスや都市緑化など、新たなビジネスを模索してきた。

その時に出会ったのがコケ。芝に代表される種子植物は土や水の管理が必要だが、空気中から水分や養分を吸収するコケは土壌が要らないうえ、乾燥して枯れたように見えても、水を少し与えればすぐに緑を取り戻す。さらに肥料、除草、刈り込みなどの手間や費用がまったく不要だ。

そこで、一九九九年、施工性の向上をめざして、稲などの根がらみを利用したコケマットを商品化。道路の中央分離帯や河川の護岸など、コンクリート構造物の緑化資材に用途を広げてきた。さらに商業ビルの屋上や外壁、一般住宅やマンションなどへ普及させるため、立体ネットメーカーと協力して、より簡便な「コケユニット緑化工法」を開発した。

二〇〇二年には森ビルの元麻布ヒルズ(東京都港区)の屋上緑化に採用され、業界の関心が高まったものの、景気の低迷で売り上げ拡大は今一服といったところ。

このため、同社では癒しブームでコケに関心を持ちはじめた一般ユーザーに向けて、ホームセンターなどへ販売網を広げている。また各地の自治体でも、ビルの屋上緑化を義務づけたり、緑化ビルへの固定資産税を軽減する動きが広がってきたため、関連業界に積極的に売り込みを行っている。

現在、コケは山形市と遊佐町の約八万平方メートルの土地で栽培しているが、今後需要が増えれば、農家がコケに転作でき、地域経済の活性化にも役立つ。「それを目標に、五年後に売上高三億円をめざします」と、山本社長は将来の夢に描いている。


家具の“差延化”戦略で飛躍する…脇木工(2003.08)

 消費不況にもかかわらず、若い女性たちの間で「MOMO  HOUSE」の小型家具が人気だ。「シンプル・ナチュラル・スタイリッシュ」がコンセプトだから、シングルやニューファミリーがワンルームマンションなどで、自由にコーディネートできる。

この家具を生産・販売しているのは、岡山県柵原町の㈱脇木工(脇利幸社長)。一九五三年に創業し、六四年に法人化した会社で、薬大出身の脇社長は七〇年に婿養子に入った。当時は作れば売れるという時代だったが、八〇年を境に情況が一変。整理ダンスや洋服ダンスなどの箱物市場には、海外生産の廉価品が流入して、同社の業績も急速に悪化した。

九〇年に二代目社長を継いだ後、主力をリビングボードやキッチンカウンターなど“軽家具“に変えて、「MOMO  HOUSE」というブランドで売り出した。「monomood」(単一の気分)という言葉と岡山の“モモ”をかけたネーミングだった。

だが、片田舎のブランドでは、なかなか販路が広がらない。そこで、夫人の容子専務が岡山県の「シーズ実用化補助金」に応募。獲得した一七〇万円を資金に、九四年、東京晴海の「インターナショナルギフトショー」に初出展。その後、出展を続けるうちに、スタイリストの目にとまって、インテリア雑誌に載るようになった。

最初のヒット商品はカップボード。病院の「医療棚」を参考にしたものだが、食器棚や飾り棚に使用するなど、ユーザーは自由に用途を変えられる。性能や品質で売る「差別化」や、カラーやデザインで売る「差異化」を超えて、顧客に自由な使い方を訴求するという、第三の「差延化」戦略だ。

同社の販売は問屋を通さない直販方式。注文を受けた商品は宅配便で送り、無駄な流通経費を除いて、より速く安全に届ける。九七年には東京・自由が丘に直営店を開店。その後、東京のお台場、横浜、大阪にも出店し、現在は四店舗。

これらの直営店で市場のニーズを直接くみとり、短期間に最新の商品を作りだすのが同社の利点だ。現在ではパイン材と桧の集成材による収納家具、タイルを貼ったキッチンカウンター、ガラスのミニテーブルなど、一五〇以上の人気商品を持つまでになった。

環境ホルモンやシックハウス対策にも早くから取り組んで、独自の塗料を開発。二〇〇二年には、この塗料を使って子ども用家具「MONO  KIDS‘S」を発売し、エコロジーに関心の高い母親たちに販促を進めている。自社ブランドの第二弾だ。

こうした成果が認められて、今年の五月には中国地域ニュービジネス大賞を受賞。さまざまなメディアにも取り上げられ、各地のディベロッパーから出店依頼も殺到している。好条件で出店できるため、今後はファッションショップなどとタイアップして、全国的な直販網をめざしている。

注 “差延化”戦略の詳細については拙著『人口減少社会のマーケティング』(生産生出版)を参照されたい。


禁煙ガムを開発しヒットさせた…清栄薬品(2008.07)

 大都市ではあちこちに禁煙ゾーンが広がって、愛煙家には煙たいご時世だ。それなら、いっそ禁煙しようか」という人には、耳よりな商品が登場している。二〇〇一年に販売された「嫌煙ガム」だ。

従来のように、ニコチンの補給でたばこをやめさせるのではなく、たばこをまずく感じさせて、自然に喫煙本数を減らさせるという、優れもの。松葉や松脂から取り出したテルペンに、ビタミンやミネラルが配合してあり、体内からニコチンを抜いて、中毒症状を緩和させる。コーヒー味で緑茶から抽出したフラボノイドも加えてあるから、吐く息もすっきりする。値段は一五枚入りが九〇〇円。

一日に三~一五枚を摂取すれば、一~二カ月で効果が現れ、たばこを初めて吸った時や、風邪の時に吸ったような、まずさ、味のなさを感じるようになるという。利用者アンケートの結果でも、「たばこの味が変わった」「たばこがやめられた」「喫煙量が減った」などの回答が約七割に達している。

この商品を開発したのは、奈良県生駒市の清栄薬品㈱(清水栄夫社長)。富山県出身の清水社長は、薬剤師をしていた父親の影響で薬学を学び、大阪の製薬会社に入社。十数年勤めたものの、自分でビジネスがしたくて独立、一九六五年に同社を設立した。

当初は資金繰りが苦しく、化粧品や健康食品の輸入販売でしのいできたが、八〇年に友人の医師の言葉にヒントを得て、松脂の成分を配合した禁煙用の飴を開発。すぐに通信販売会社が飛びついて、一年に一〇万個以上を売るヒット商品になった。アイデアをまねた類似商品が幾つか発売されたものの、成分の配合比率や禁煙の苦痛を抑える技術では、他社の追随を許さなかった。

自信を得た清水社長は、その後もダイエット剤や養毛剤など、独自のアイデアを活かした商品を次々に生み出してきた。最近では、禁煙のためにガムを噛む人が多いのをみて、禁煙飴をガムにできないか、と思いついた。そこで、明治チューインガム㈱と提携して開発したのが、この禁煙ガム。発売してみると、売れ行きは好調で、当初目標の月一万個を五万個に上方修正した。

「ヒットしたのは、この商品が社会のニーズにうまくマッチしたから。あまり真剣に考えたものより、遊び半分で考えた製品の方が売れる場合が多いのですよ」と清水社長。もっとも、それには、時代の動きに敏感に反応する感覚を磨くことが大切だ。そこで、社長は日頃からできるだけ多くの人とつきあい、情報交換を怠らない。友人と語らうことで、頭の中のアイデアが次第に固まり、具体的な商品になってくる、という。

会社が発足して三八年。現在も数々の新製品の研究・開発中だ。「柔軟な感性で時代の流れをいち早くつかんで、新しいことにどんどん挑戦していきます」と、清水社長はますます意気軒昂だ。


伝統技術を活用して泥染め衣料を開発…ラック産業(2003.06)

泥で染めた肌着が、健康志向の女性たちの間で評判になっている。

奄美大島に伝わる泥染め技術を応用したもので、絹織物のように、冬はポカポカと暖かく、夏はさっぱりとした肌触り。保湿効果や美肌効果にも優れ、老化の原因となる活性酸素を通常繊維の八倍も取り除いてくれる。抗菌作用も持っており、普通の綿に比べて消臭効果も高い。そのうえ、自然の生み出す色合いが、見た目にも優しいから、試着したユーザーからは「カラーテラピー(色による癒し)」衣料ともよばれている。

この肌着『きょらむん  泥パック』を開発したのは、奈良県田原本町のラック産業㈱(吉川卓伸社長)。「きょらむん」とは奄美大島の方言で“美人”という意味。奄美の泥の力で“健康美人”になって欲しい、との願いを込めている。価格は三〇〇〇~五〇〇〇円。肌着のほか、クッション、ポロシャツ、タオルなどにも応用している。

吉川社長は、近畿大学を一九六三年に卒業した後、父親が創業し兄が経営していた衣料品メーカーに入社。六六年に独立してラック産業㈱を設立し、多くの繊維会社が大手の下請けに留まるなかで、当初から「独自製品の開発」をめざしてきた。

八九年、縫製工場の用地視察で初めて奄美大島を訪れた時、和服離れのため「大島紬(つむぎ)」の優れた職人が失業しているのを見て、同島への進出を計画。九四年、名瀬市に㈱アマミファッション研究所を設立した。

この研究所でまず取り組んだのは、奄美諸島に伝わる“大島紬”の泥染め技法。同島に自生するバラ科の常緑低木シャリンバイの根と幹を煮詰めた液で、白い絹糸を数十回染め、それを泥の中でもみ込んで泥染めにする。同じ作業を三~四回繰り返して、ようやく完成させる、というもの。

全ての工程を手作業で行うため、コストが大変高く、木綿に応用するには、思い切った技術革新が必要になる。そこで、同社では機械化できる部分を徹底的に合理化して、手作業を絞り込み、価格を大幅に抑えることに成功。九七年に『きょらむん  泥パック』として製品化した。

発売はしたものの、マスコミでの宣伝活動は一切しなかったから、出足を遅かった。だが、ヘルシー志向で泥染めの良さを理解するユーザーが増えてくるにつれ、少しずつ売り上げが伸びはじめた。そのうえ、ほとんどの消費財が低価格化する中で、新たな付加価値によって高価格を維持し続けている。

昨今では、全国各地の繊維産業が、低価格の中国製品に押されぎみだが、吉川社長は「価格で勝負するのではなく、機能やカラーなど、新しい付加価値で競争すべきだ」と主張する。そして「消費者をもっと幸せにするために、繊維産業にはまだまだやるべき開発課題があります」と、早くも次の目標をめざしている。


低価格の小型家電で新市場を創る…トップランド(2005.05)

   電動歯ブラシ、シェーバー、ミニドライヤーの三つの小型家電が、九八〇円という低価格で売り出され、コンビニエンスストアやドラッグストアなどで評判になっている。

電動歯ブラシ「シンプレッツ」は毎分一万七〇〇〇回転、スリムで軽量の使いやすいタイプ。単四アルカリ乾電池一本で一日三回、三カ月以上使える。シェーバー「クリンショット」は抗菌、水洗い可能、単四アルカリ乾電池二本が電源。ミニドライヤー「ブロードウェイ」は出力七〇〇ワット、マイナスイオン効果、温風・冷風に二段切替えタイプで、電源はコンセントからとる。

出張の多いサラリーマンやOL向けに、いずれも高速・高出力で、数カ月は使える。一〇〇円ショップなどの使い捨てタイプに比べて、ずっと高機能だ。

この商品を発売したのは、静岡県金谷町の㈱トップランド(谷下忠司社長)。一九七一年創業の同社は、金型設計・製造からプラスチック成型まで、自動車用部品を主力事業としてきた。だが、近年は納入先の自動車メーカーが海外へ移転したり、海外の部品メーカーとの競争が激化するなど、業界環境が悪化してきたため、事業転換を思い立ち、携帯電話関連商品や発光アンテナなどの開発に力を注いできた。

九八年七月には、携帯電話の非常用小型電池「電話の電池580」を、使いきりタイプとしては業界で初めて発売した。また九九年五月には、携帯電話の電池切れ時に使う携帯充電器「テルチャージ」も発売した。この商品は、高輝度クリプトン球ライトを搭載し、夜間には簡易非常灯としても使える。さらに携帯電話用の発光アンテナ,ストラップ、ループクリップなど、生活雑貨やキャラクター商品にも進出し、販売ルートも東急ハンズやキディランドにまで広げてきた。

しかし、携帯電話関連分野も、商品サイクルの短命化や競合商品の増加で、次第に売れ行きが鈍ってきた。そこで、この分野で培ってきた製造技術と販売ルートをさらに活かそうと、小型家電分野への進出を計画。昨秋、電動歯ブラシを一部のコンビニで試験的に販売したところ、大変好評だったので、本格的な参入を決めた。

製造体制は、自社製造が中心だが、一部製品については、中国の協力工場に生産委託し、コストを削減している。また三月から東京都内に営業部を新設し、販路ルートの開拓や市場調査も開始した。こうした体制で三つの商品を拡販し、初年度は一億五〇〇〇万円の売上高をめざしている。さらに今年中に、低価格のまつげカーラーや電動の歯間専用ブラシなど、小型家電シリーズを一〇点に広げ、家電販売店や通信販売にも流通ルートを拡大するほか、海外への輸出も計画している。

 部品メーカーを脱皮し、ユニークな機能と優れたデザインの消費財メーカーへ、同社は今、大きく転換しはじめている。


風力発電キットをヒットさせた…ノースパワー(2003.04)

  春先の強風を受けて、庭先に設置した五〇センチほどの小さな風車が、勢いよく回転する。回転が自転車用の発電機に伝わると、単三電池を充電する。まったくの素人でも、羽根の形を変えたり数を増減して、機能を調整できるという小型風力発電キットだ。

風力発電のしくみを学びつつ、実際に電池を充電できるという利点が受けて、インターネットや東急ハンズで発売したところ、小・中学校や家庭向けに二年間で一〇〇〇台以上を売り上げた。価格は九八〇〇円。

この商品を開発したのは、札幌市で自然エネルギー関連機器の設計・販売を手がけるノースパワー(土田実社長)。二〇〇〇年五月に、土田社長や日下部哲朗取締役が、道内のエンジニアリング会社を退職して設立。事業内容は、風力発電や太陽電池など、自然系エネルギーに関わる新商品の開発・販売や関連システムの設計・施工。これまでのところ、一般住宅用や大学の実験向けの小型商品が多いが、海外から輸入した風力発電関連機器でも、設置場所の風土に合うように手直して、同社が直接施工を行っている。

新製品では昨年七月に、キャンピングカーに搭載できる、五万円の太陽光発電パネルを発売。車の屋根に装着して配線しておくと、昼の間に発電してバッテリーの容量を常に一杯にするという優れもの。

また一〇月には、回転する風車の羽根が、さまざまな文字やマークなどを浮かび上がらせる風力発電システムも開発した。発光ダイオードを内蔵した羽根を複数組み合わせ、中心部のコンピューターで、文字や模様を浮きだすように制御するもの。風量が少ない場合は、風の吹く時に蓄えておいた電力を利用して風車を回すこともできる。自然系エネルギー活用の広報用や、地域や店の宣伝用として発売しているが、将来は直径八〇メートル前後の大型化も可能という。

同社の特徴は、少数の社員による精鋭主義。工場を持たないファブレス企業だが、中核技術である羽根などは、あくまでも自社生産。宣伝や商品説明には自社ホームページを積極的に活用し、通常の営業活動は全く行っていない。それでも、口コミでの評判が広がって、企業、学校、個人など、現在の顧客は全国で約二二〇〇件。本年三月期の売上高も約一億一五〇〇万円に達する見込みだ。

今、開発を進めているのが、ユーザーが家庭で組み立てて、家電製品などの電源にできる小型の風力発電キット。生産した電気をバッテリーに蓄え、インバーターを介して家電製品などに送る。風速一〇メートルで三〇~五〇ワットと、従来の製品に比べて一〇~一五倍の発電能力を持つ。価格は、同様の機能を持った輸入品の半分の四~五万円に抑え、近々売り出す計画だ。

 エネルギー需給が逼迫する二一世紀中に、「全国を風力発電の風車で覆い尽くしたい」と、日下部氏は大きな夢を語っている。


無店舗・宅配でクリーニングを全国展開…ハッピー(2003.03)

  一兆円規模を誇ったクリーニング業界も、近頃では家庭用洗濯機の向上などで約半分に縮小している。にもかかわらず、無店舗・宅配便の全国サービスシステムを開発し、急成長しているクリニーング店がある。京都府宇治市の㈱ハッピー(橋本英夫社長)だ。

ユーザーから専用ダイヤルへ申し込みがあると、全国どこへでも宅配業者が引き取りに行く。日曜・祝日でもOK。衣類が届くと電話で顧客の要望を聞いて、料金や納期を説明し、種類や汚れの程度などを記入した「電子カルテ」を作って、見積書とともに顧客に送付。問題がなければ洗浄にとりかかる。

顧客情報は全てデータベース化し、問い合わせにはスピーディーに対応。ユーザーは自分で出す手間もなく、最短三日間で手元に届く。さらに長期の保管も、温湿度一定の除菌クリーンルーム「メディカクロークシステム」に、一着一カ月一〇〇円の費用で引き受けている。こうした積極的な経営で、現在の年商は約七〇〇〇万円だが、顧客数は全国に約三〇〇〇人、毎月、新規が一〇〇人ペースで増えている、という。

橋本社長は地元の高校を出て、流体制御機器メーカーに就職。石油会社からの委託で、ドライクリーニング用溶剤の使用回数を従来の二〇回から一〇〇〇回に延ばす技術を開発した。この技術を実証するため、七九年に独立し「京都産業」を設立、八一年からクリーニング事業にも乗り出した。

だが、機械任せが裏目に出て「しみが落ちない」という苦情が多発、衣服の弁償額が一時は数百万円に達した。その後も約一五年間研究を続け、ドライクリーニングと水洗いを併用したバランス洗浄技術「アクアドライR」を開発。新調した時の風合い、色合い、感触を通常のクリーニングに比べて数倍長持ちさせることに成功。また通常のクリーニングでは落ちないシミ、汚れ、黄ばみ、色やけ変色を、新品に限りなく近い状態に再生するサービス「リプロンR」も開発した。

二つの技術で、九九年から全国から注文を受けつけ、宅配便で対応するシステムを開始。他の業者がさじを投げた衣類も引き受けるため、今では「クリーニング業界の駆け込み寺」とさえよばれるまでになった。

昨年、携帯電話の個人認証技術をロッカーの鍵に応用した「宅配ロッカーシステム」で、ビジネスモデル特許も取得した。朝、最寄り駅の公共ロッカーに衣類を預けると、宅配業者が回収してクリーニング店へ配達。洗濯済みの衣服を指定のロッカーに入れて、好きな時間に引き取ってもらうサービスが可能になった。鍵やIDカードが不要で、誰でもロッカーを利用できるから、クリーニング以外にもさまざまな応用が可能になる。

  だが「特許はあくまでも本業の基礎固め。従来のクリーニングへの不満を解消し、新しい需要を掘り起こして、数年後には株式を公開します」と、橋本社長は計画を語っている。


手作り豆腐用の卓上土鍋を発売した…ミナミ産業(2003.02)

  健康志向の波に乗って豆腐料理が流行している折、家庭の食卓で豆腐を作る土鍋セットがヒットしている。

「萬来鍋」というこの商品は、直径約二〇センチの外鍋とやや小型の内鍋に、蓋とコンロがついた四点セット。いずれも四日市特産の「萬古焼き」という陶器製。セットには国産大豆の豆乳、固形燃料、天然にがりが同封してあり、価格は六三〇〇円。

一人前を作る場合、外鍋に五〇CCの水を入れ、その上に内鍋をかけ、豆乳一二五CCと天然にがり一袋を入れる。コンロの固形燃料に火をつけると、一五分ほどで凝固むらのない豆腐ができあがる。ふんわりとした食感と国産大豆特有の甘みが売り物だ。

好みの素材を加えれば、ゆず豆腐、しそ豆腐、とろろ豆腐、抹茶豆腐といった“変わり豆腐“もできる。また二重鍋を応用して、茶わん蒸しやギョーザなどの蒸し料理も卓上で可能だ。消費者の工夫次第で、いろいろな調理が楽しめるという利点も受けて、当初の年間目標一万個をいち早く突破し、すでに二万個を売っている。

この商品を発売したのは、四日市市の豆腐製造機器開発メーカー、ミナミ産業㈱(南川勤社長)。一九五一年創業の豆腐製造機器メーカーの二代目である南社長は、半世紀にわたり親子で全国の豆腐屋や豆腐メーカーに、数々の大豆加工機械を製造・販売してきた。

七年前からは“おから”の出ない豆腐を作る「ファミリープラント」を発売。国産大豆のうまみや繊維質を最大限に生かした豆腐が製造できるうえ、産業廃棄物となるおからが出ないという、画期的な製品だ。豆腐業界の評価も高く、すでに二三社・団体に納入したが、その後も食品、薬品会社、自治体の研究機関などから問い合わせが続いている。そこで、今年一月には小型タイプの「ファミリープラントミニ」を発売し、本格的な拡販に乗り出す。価格は五〇〇万円。

だが、業界相手だけでは市場が限られるため、新規ユーザーの開拓をめざして、新たに発売したのが「萬来鍋」。近年、ホテル、旅館、外食店などで、“できたて豆腐”を出すメニューが増えているのを見て、地元の陶器メーカーと相談し、昨年三月に開発した。当初は業務用として発売したところ、意外にも個人ユーザーからの注文が殺到したため、一般家庭向けにも踏み切った。もっとも、家庭向けとなると二~三人用が必要だから、直ちに従来の三倍の大型サイズを追加し、昨秋から発売している。二つのタイプで、販売目標を年間三万個と上方修正した。

 こうした多面戦略で、同社では五年後の年商を現在の二倍の八億円にまで伸ばす計画。「国産大豆を活かした豆腐文化を広げるため、わが社の伝統と独創性を活かした、新しい商品やサービスを開発し、業界のオンリーワンをめざしますよ」と、南社長は将来の夢を語っている。


病人用のベッドセンサーに進出する…ホトロン(2003.01)

高齢者介護への社会的な関心が高まっている折、ベッドからの転落事故や痴呆による徘徊(はいかい)を予防するベッド用センサーが開発され、注目を集めている。

「おき太君」というこのセンサーは、二九センチ×八五センチ、厚さ三ミリのシートで、シーツやマットレスの下に敷いて使う。センサーからは常に、医療機器へ影響を与えない程度の微弱な低周波電波が出ており、ベッド上の電圧の変化を測定して、病人が寝ているかどうかを知らせる。

病院では、ナースコールの呼び出し装置と接続して、上半身がセンサーから離れると自動的に警告音が鳴る。寝返りなどと区別するため、コールが鳴るまで時間を二~一五秒まで四段階に設定できる。

従来の商品に比べて、①シートを極力薄くするためセンサーとコントローラーを分離した、②電波の影響を最小限に抑えるように独自の回路を付加した、などの利点があり、両方ともに特許出願済だ。価格は一セット八万円。病院や介護施設はもとより在宅介護にも的を合わせて、初年度は一七〇〇セットの販売を計画している。

「おき太君」を発売したのは、自動ドアセンサーのパイオニアである東京・新宿区の㈱ホトロン(本田忠盛社長)。大手電機メーカーで放送用無線機を担当していた本田社長は、自らの技術を活かせる仕事を求めて、六七年に本田電子測器を設立。「床埋め込み式近接スイッチ」を開発して、七五年に販売部門のホトロンも設立。以後は自動ドアセンサーを中心に、タッチ式、赤外線使用の反射式など様々な製品を開発・製造し、同市場で最大のシェアを誇るまでになった。

ところが、最近では建築不況の影響もあって、自動ドア向けの売り上げが低迷している。このため、自動ドアで培った技術を多方面に展開しようと、防犯、車両管理、医療といった分野への進出を考えた。すでに大型駐車場用の車両センサーや、養鶏業者向けの卵カウントセンサーなども開発している。

二〇〇一年一〇月には、中国政府から重要施設の入退室管理システムを受注した。名刺大のIDカードを持った人がアンテナに近づくと、事前に登録してある顔写真や個人データがパソコンに表示されるというもの。入退室管理以外にも応用できるから、中国は勿論、国内での需要も期待できるという。

また同年春からは、アイルランドのトリニティ大学と提携し、「四~五年先の製品開発をめざした中長期間の共同研究」も始めている。九一年、工場を進出させたのがきっかけで、同国の学生の研修受け入れや大学教授らとの交流が深まり、現地にベンチャー企業や販売拠点も作ってきた。この共同研究の成果の一つが「おき太君」である。

「センサーで培った技術を新分野に結びつければ、成長の余地はまだまだ大きい」と、本田社長は同社の未来を力強く語っている。


事例研究
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
先端成功事例の体系化⇒
Copyright (C)Gendai-Shakai-Kenkyusho All Rights Reserved. TOP INDEX