3Dプリンターの影響が、いよいよアパレル産業にも波及してきた。
9月のニューヨークファッションウィークには、3Dプリンターで作られた〝布地〟のドレスが登場し、業界の注目を集めている。素材はTPE(熱可塑性エラストマー=プラスチックとゴムの中間的な高分子素材)で、六角形のオブジェクトをメッシュ状に組み合わせ、立体的にプリントしたもの。布地の厚みに変化をつけて柔軟性を高め、ユーザーの快適性に配慮している。
3DPファッションの時代
アパレル産業に関連する3Dプリンターには、表に示したように現在、3つの次元がある。
1つは編み機を自作したうえで、ニット衣料を作るもの。WEB上から無料の設計図や製作マニュアルをダウンロードし、アルミの押出パーツ、モーター、編み針などを組み合わせ、8万円前後で3Dプリンター用編み機を自作。次にこの編み機と連携した、これまた無料のソフトウェアをWEB上から借りて、ウールやコットンなど市販の糸を用い、ニット衣料を自作する。
2つめは専用の液体から3Dプリンターで糸を出力し、繊維や布地を製作するもの。文頭にあげたTPEやナイロンなどの素材を、粉末積層状にプリントし、それを用いてさまざまなパーツやウェアを作りだす。
3つめは、ウェア、シューズ、アクセサリーなどを直接3Dプリンターで製作するもの。すでに水着や下着などへ応用されているが、本格的なドレス用のプリンターは現在、各社が競作中で、間もなく実現する。
こうした動きを、アメリカでは「コンピュテーショナル・ファッション」と名づけているが、むしろ「3Dプリンター・ファッション」、略して「3DPファッション」とよぶべきだろう。
アパレル産業への5つのインパクト
3DPファッションがユーザーやアパレル業界に及ぼすインパクトは限りなく大きい。直接的な影響としては、次の5つが予想される。
第1はウェアそのものの革新。衣料用3Dプリンターを使うと、商品製造の省力化が進むから、複雑なデザインが可能になるうえ、快適性や耐久性に優れたウェアの実現をめざして、様々な活用が期待できる。
第2は生産・流通コストの激変。高性能な3Dプリンターが登場してくるにつれて、アパレル関連企業では、プリンター関連のコストや原料調達には費用が増えるものの、最終製品の配送が不要となるから、流通コストが激減する。
第3は商品製造・流通方式の多様化。ユーザー自身がデザインやサイズなどを考えた衣料を、①WEB上の3DP企業に発注、②店頭の3Dプリンターを借りて自作、③自宅の3Dプリンターを使って自作、など複数のルートの中から、適宜選択して入手できるようになる。
第4はデザインやカラー担当者の独立化。個々のユーザーはデザインやカラーなどを、WEB上から自由にダウンロードして、自分の体型に見合った衣料を作りだす。それにつれて、デザイナー、パターンナー、カラーリストなどの専門職は、繊維や縫製と一体化したアパレル企業の従業員を抜け出し、純粋に「記号」のみを創りだすクリエーターに変わっていく。
第5はパーソナルウェアの拡大。ユーザーが自分の体型をスキャンし、ぴったりの衣料を製作するようになると、「One and Only(世界でただ一つ)」の製品が急増する。これにつれて、アパレル市場は、純私的な衣料と、ファッション企業の量産衣料に二分化していく。
インパクトは産業社会全体へ
以上のように、3DPファッションの拡大は、今後のアパレル業界を大きく変える。とりわけ大きなインパクトは第5。ファッションの世界を超えて、現代産業社会の最も基本である「価値」提供の形を変え、「価値」よりも「私効」の比重を拡大させていく。
「価値」とは、人間がモノに感じる、さまざまな有用性の中で、多数の人間が認めた有用性、つまり社会的な有用性だ。これに対し、他人がどう思おうと自分だけに大切な有用性は、純私的な「効用」、略して「私効」とよぶことができる。
これまでの産業社会では、量産された商品を多数の消費者に売りさばくため、ユーザー自身は、生産者の作りだした、さまざまな「価値」の中から、一つ二つを〝選択〟するしかなかった。しかし、3DPファッション時代が進んでいくと、多くのユーザーは常に「私効」を〝専用〟できるようになる。
これが意味するのは、生産者と消費者が分立した「消費社会」から、生産者と消費者が合体した、あるいは消費者を脱した生活者自身が、自らの暮らしを創り出す「共創社会」への転換だ。それはまた、近代産業社会の、最も成熟した段階ともいえよう。
ハード、ソフトの両面で急速に開発が進み、間もなく実用化が始まる3DPファッション。おそらく来年はその元年というべき年になるだろう。
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