ファッション研究室・・・TREND NOTE
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現代社会研究所 RESEARCH INSTITUTE FOR CONTEMPORARY SOCIETY  
『FASHION VOICE』(カイハラ株式会社・社内報)に連載中の「TREND NOTE」の中から、最近のコラムを転載します。
10余年、書き続けていると、時代の変化、流行のうつろいが確実に見えてきます。カイハラ㈱さん。ありがとうございます。

繊研教室こちらをご覧ください。

『FASHION VOICE』(TREND NOTE)


TREND NOTE 55(2014.06)

復活する昭和スタイル


昭和が終わって四半世紀、ここにきて幾つか分野で、あの時代のライフスタイルが見直されています。

例えば歌声喫茶。昨年六〇周年を迎えた東京・新宿の「ともしび」には、六〇~七〇歳代が再び足を運び始め、「上を向いて歩こう」や「なごり雪」など往年のヒットソングを歌っています。

レコード・チエ―ン店のディスクユニオンが昨秋、新宿に開店した「昭和歌謡館」には、戦前の流行歌からグループサウンズ、演歌、アイドル歌謡に至るまで、二万五千点を超えるアナログレコードやCDが並んでいます。レコード会社でも、ユニバーサルミュージックが、ザ・ゴールデン・カップス、本田美奈子、海援隊などの昭和歌謡曲を編集したCD「ヤバ歌謡」を二月に売り出し、日本コロムビアも、美空ひばりや弘田三枝子などの復刻盤CD「昭和アーカイブス」シリーズを発売しています。

ジュンク堂書店の東京・池袋本店には、「西部警察」や「水戸黄門」など人気ドラマのDVDを付録にした書籍や、懐古写真本が一〇〇冊以上並んでいます。

そしてファッションでは、紺ブレ、Vネックセーター、ピーコート、エンブレム、チェック柄など、上品で好感度なトラッドファッションが復活しています。アメリカントラッドブランド「トミー ヒルフィガー」の東京・表参道店では、昨秋からVネックの白いチルデンセーターが前年比二・六倍で売れています。女性服でも、トラッドを象徴するチェック柄やブラックウオッチ生地のスカートが完売しました。

伊勢丹・新宿本店が昨秋行った「アイビースタイル」の紹介イベントには、ブレザーにネクタイ姿の親子や三世代での来場が目立ちました。祖父や親世代には懐かしい日々が甦り、若者たちには新鮮なモードと映るのでしょう。

一方、最近ではお揃いのペアファッションを楽しむ親子が増えています。デパートや駅ビルなどに出店する「オジコ」では、親子ペアルックや、二人で着用して横に並ぶとひとつの絵になるTシャツに人気が集まり、セット購入の六~七割は「父親と子ども」の組み合わせです。また親子服専門の通販サイト「ラブドット」では、海外ブランドを含めて四ブランドを扱っていますが、購入者の八割が親と子のセットで売れています。イクメンブームを背景に、お父さん層の購入が増えているためです。

二つのトレンドが重なると、昭和スタイルの王者、ジーンズにも波及してきます。今後は一九六〇~七〇年代のスリムスタイルや親子ペアルックなどにも復活のチャンスが期待できるでしょう。

(現代社会研究所所長・古田隆彦)

TREND NOTE 54(2014.02)

2014年の消費を読む


新しい年が始まりましたが、これからの消費市場はどのように動いていくのでしょうか。

今年の焦点は何といっても、四月からの消費税アップです。三月までは駆け込み需要が本格化し、家電、AV機器、寝具・家具などの耐久消費財を中心に、個人消費は伸び続けるでしょう。だが、四月以降はその反動で、逆に停滞する恐れが出てきます。さらに円安が過度に進むと、食品や日用品などで物価が上がるケースも予想されます。

もっとも、円安で輸出が伸び、海外経済の回復も加われば、企業の業績も徐々に改善され、夏場以降の経済動向は緩やかに持ち直してくる可能性もあります。そうなると、回復をリードする層として、シングル世帯やシニア層に期待が集まってきます。

シングル世帯は、二〇一〇年に総世帯の三三%に達し、すでに「三世帯に一世帯」となっています。若年層の晩婚化・非婚化、中年層の離別増、高齢層の死別増などが進んだためです。

消費行動でみると、この世帯の総支出額は、他の世帯に比べて一・六~一・七倍に達しています(総務省家計調査・二〇一二年)。これに合わせて、コンビニやスーパーでの小ロット・小容量食品や量り売り販売を始め、超小型家電や単身向け住宅なども急速に需要を伸ばしています。「被服及び履物」への支出も一・五~一・七倍で、高級ブランドからファストファッションまで、年齢別にさまざまなヒット商品を生み出しています。

一方、シニア層の消費行動にも目が離せません。この一~二年、六〇~七〇歳代のいわゆるシニア世帯が、消費市場を引っ張っているからです。一カ月単位の個人で見ると、六〇~七〇歳代は三〇~四〇歳代より、多くのお金を支出しています(前掲調査)。

彼らは金融資産の保有率が高く、アベノミクスの恩恵を受けやすいうえ、時間的なゆとりもありますから、ロボット掃除機、ノンフライヤー、フルサービス喫茶店、「ななつ星in九州」など、少々値が張っても品質のよい商品やサービスへと、手を伸ばしているのです。

四月から年金が一%減りますが、資産の多い層にはさほど影響はなく、消費市場全体に占める比重はさらに上がっていくと思われます。

シングル世帯やシニア層の支出が順調に伸びれば、今年の消費動向は、序盤の拡大、中盤の停滞、終盤の再上昇という推移を辿ることになるでしょう。アパレル業界もまた、この流れをつかんで、インナーからアウターまで、適切な新商品を提供していかなければなりません。


(現代社会研究所所長・古田隆彦)

TREND NOTE 53(2013.06)

“団塊”世代がハイパーミドルへ!


「団塊」とよばれる世代(一九四七~四九年生まれ)が今年六四~六六歳になります。真ん中の一九四八年生まれは六五歳となり、国民年金の受給が始まります。名前のとおり、最大の世代集団ですから、彼らの動きは消費市場に大きく影響します。何が変わるのでしょうか。

一つの世代の動きをとらえるには、「どんな規模で生まれた(世代」「どんな時代を生きてきた(時代)」「今、人生のどんな時期にいる(年代)」を調べ、三〝代〟を重ねることが必要です。

まず世代。人口社会学では、同じ年に生まれた集団の大小で、生活意識や価値観に一定の傾向が現れると考えています。大きな世代は、激しい競争環境で育つので、しっかりと根性のある、強い性格となるが、ゆとりがないので遊びや感性には弱い。一方、小さな世代は、緩やかな競争環境で育つから、のんびり、あるいはぼんやりした性格が多くなるが、ゆとりがあるから遊びや感性には強い、というのです。この視点を応用すると、団塊世代はスポーツやビジネスには強く、アートやファッションにはやや弱い、ということになるでしょう。

次に時代。四八年生まれは、終戦の三年後に生まれ、〇歳代に朝鮮戦争、一〇代に所得倍増計画や東京オリンピック、二〇代にドルショックとオイルショック、三〇代にバブル経済、四〇代に阪神大震災、五〇代にリーマンショック、六〇代に東日本大震災を経験し、今年は六五歳。この経緯は、戦後の社会・経済史そのままで、ジーンズの第一世代です。

最後に年代。従来の常識によると、六五歳以上は「生産活動から引退し、家族や社会の保護のもとで余生を送る老年期」とされてきました。だが、二〇一二年の平均寿命は、女性八五・九歳、男性七九・四歳。六五歳に達した人なら、女性は八九歳、男性は八四歳まで生き延びます。とすれば、老年期を七五歳以上に繰り上げて、六五~七四歳は「超中年」といった方が妥当でしょう。

三つの〝代〟を重ねると、団塊世代の今後一〇年が見えてきます。経済的には徐々に年金生活に入りますが、体力気力ともまだまだ若いですから、超中年(ハイパーミドル)にふさわしい生き方を求めて、新しい働き方や体力維持法を見つけるでしょう。そこで、健康・容姿維持サービスを基本にしつつ、新しい仕事への勉学やトレーニング、旅行やロックコンサート、あるいはボランティアや仲間作りなどへの対応が、マーケティングの的になってきます。

ジーンズ第一世代に今期待されているのは、ハイパーミドルライフという、新しい生き方の創造なのです。


(現代社会研究所所長・古田隆彦)

TREND NOTE52(2013.02)

“選択品”で売り上げを伸ばす!


人口減少で消費市場が縮んでいます。衣食住など生活必需品では、顧客減少に比例して需要が落ち、価格も低下しているからです。アパレル市場でいえば、日常的なカジュアルウエアや機能的な家庭衣料は、どうしても安くなり、売り上げも低迷します。

こうした状況下で、衣料品関連業界が業績を維持し、収益を伸ばしていくには、いくつかの戦略が考えられます。一つは新しい機能や性能を持った〝新必需品〟戦略。もう一つは斬新なデザインやユニークなカラーなどを付ける〝新選択品〟戦略です。

前者は、ヒートテック、放湿性、消臭性など、新たな機能を持った必需品を開発して、減っていくユーザー層に、もう一着多く買ってもらう手法です。一方、後者は、鮮やかな、あるいは上品なカラーのウェアや、奇抜さや洗練さを示すデザインのドレスといった、新しい選択品を創造して、財布のひもを緩めさせる手法です。その延長線上で、他人の眼や世間体を意識する、ユーザーの自己顕示欲をくすぐって、高級ブランド化をはかる手法も有効といえるでしょう。

二つの戦略が基本ですが、それだけではありません。アパレル商品の売り上げを伸ばすには、さらにユニークな選択品を創る戦略が必要です。選択品とは、日々の暮らしに絶対に必要というわけではないが、豊かさや幸せを実感するには、どうしても欠かせないモノ。単なるモノを超えて、モノの上に載った心理的、情緒的なネウチを持った商品であるからです。こうした分野に踏み込むには、より大胆な戦略が必要です。

第一は新しさや流行の逆を突いて、伝統や習俗など、むしろ懐古的な方向を見直すこと。例えば縄文の力強さや江戸の洗練さを、巧みに活かしたドレスやスーツです。

第二は、他人がどう見ようと自分だけの満足を強く求めるユーザーに向けて、オーダーやセミオーダー、あるいは「私仕様」や「カスタマイズ」などで応えられる商品。

第三は〝非日常〟向けの要素を強化した商品。必需品の多くは〝日常〟向けですから、遊びや真面目といった〝非日常〟的な要素を加えれば、新たな需要が喚起できます。例えば遊びの要素を高めて、通勤で着られるスポーツウエアやゲーム感覚を刺激するカジュアルウエア。あるいは真面目の要素を強化して、従来とは一味違う学生服や制服、未来志向の喪服や儀礼服など、フォーマル、セミフォーマルの新しい形を提案することです。

こうしてみると、低迷する日常需要を超えて、新たな非日常需要を創り出すには、機能や品質を基準にした必需品や、カラーとデザインに頼った選択品という、従来の二大戦略を超えて、生活需要の隅々にまで、よりいっそう目を配らなければなりません。

ジーンズ市場においても、斬新な選択品を創り出すため、発想の転換を試みてはいかがでしょうか。


(現代社会研究所所長・古田隆彦)

TREND NOTE 51(2012.05)

高額消費はなぜ伸びる?


貴金属や宝飾品を買い求める「高額消費」が、デパートや専門店で広がっています。

女性向けでは真珠の人気が高く、30〜60万円の、ベーシックなネックレスが売れ筋。プラチナ素材の高級ジュエリーも、3~5万円台が伸びています。男性向けでは高級腕時計。ロレックス、オメガ、タグ・ホイヤーなど、50~100万円クラスの欧米ブランドが、昨年に比べて2倍以上の売れ行き。オーダーのバッグや革靴など、こだわりの一点品にも人気が集まっています。

デフレが長引いている時代に、高額な商品がなぜ売れているのでしょうか。新聞やテレビなど、マスメディアがさまざまな分析を行なっています。

代表的な意見は「一点豪華化」や「メリハリ」志向の拡大。震災以来、しばらく続いた自粛ムードが、復興需要や円高傾向で緩み始め、一つだけなら思い切って買おうという「一点豪華化」が進んだ。この動きが生活全般に広がって、普段はできるだけ堅実な暮らしを心がけるが、ここ一番という、大事な時にはお金を惜しまない「メリハリ」志向を広げた、というものです。

二つめは「大切な人」には「大切なもの」を贈ろうという意識の浸透。震災で人間関係の大切さが見直された結果、夫や妻、親族や友人への贈り物には多少値が張ってもいいものを贈ろうとする傾向が強まった。さらに震災ショックで結婚を急ぐ人が増えたため、結婚リングや婚約リングなどのブライダル・ジュエリーも伸びている、という説明です。

三つめはお金にゆとりのある、青・壮年男性の消費増加。従来は50代以上の高所得層に買われていた高級腕時計も、最近では30~40代が購入している。彼らの多くは独身でゆとりがあるから、〝本物〟のオシャレを楽しんだうえ、緊急時の資産対策としても高額商品を選んでいる、というわけです。

これらの説明は、高額ブームの断面をそれなりに切り取っており、「なるほど」と頷けます。だが、三つはバラバラなのではなく、深いところでつながっています。それは「本物」志向の回復という傾向です。

突発した大震災や動揺する経済環境の中で、私たちが気づいたのは、表面的、一時的なネウチよりも、本物だけが持つ、本質的、恒久的なネウチの大切さでした。機能や性能の確実性、美しさや神秘さの永遠性、高価さや資産の不変性といった、モノそのものに含まれる「確かさ」こそ本物のネウチだ、と改めて悟ったのです。

そこで、流行や時流に左右されないシンプルなデザインや、安定的な品質や性能を持った本物を選んで、使い勝手の安定感を確かめるとともに、精神的な安心感もまた高めていく。これこそ高額消費の最終的な背景ではないでしょうか。

今、本物志向が回復しているとすれば、値段の上下に関わらず、すべての商品はそれぞれの本質を見直さなければなりません。

(現代社会研究所所長・古田隆彦)


TREND NOTE 50(2012.01)

日本型の消費文化が再生する!


新しい年が始まりました。振り返れば、昨年は日本の大震災、アメリカの反格差デモ、ヨーロッパの財政・金融危機と、まさに激動の一年でした。三つの事件は、今後の日本社会にどのような影響を与えるのでしょうか。

反格差デモが訴えるのは貧富の格差。アメリカの経済格差は著しく、上位一%の富裕層が総人口の収入の二五%を奪っています。リーマンショック後も彼らの所得は伸びましたが、一般市民の失業率は九%を超えています。一六~二四歳の若者の失業率は一八%弱で、平均値の二倍ですから、「アメリカン・ドリーム」は文字どおり〝夢〟となりました。

財政・金融危機は、二〇〇九年にギリシャから始まり、昨年はイタリア、アイルランド、ポルトガル、スペインなどにも波及、ユーロ圏を危機に追い込みました。元々の原因は、経済力の弱い国々が統一通貨という魅力的な制度に悪乗りして、不相応な高福祉や効果の薄い経済振興に走ったことです。だが、ドイツやフランスなどリーダー国も、破綻国を助ける意欲を失って、解決の見通しが遠のいています。この混乱で、ヨーロッパの魅力もまた色褪せてきました。

東日本大震災は、津波の破壊力と原子力発電所の崩壊で、現代日本の社会基盤を大きく揺るがせました。被災地は東北から関東に広がり、死者・行方不明者も二万人に近づきました。原発事故も多量の放射性物質の放出で、周辺住民を長期の避難に追い込み、地域産業にも甚大な被害を与えました。日本政府や電力会社の対応も遅れがちでしたから、国際的な評価も下がりました。

ところが、危機に際して日本人の示した対応行動、例えば忍耐、沈着、倫理、連帯、絆などは、歴史と伝統の中に蓄積された、優れた特性として、世界中の国々から賞賛を集めました。反格差デモや財政・金融危機が欧米のイメージを下げたのに対し、大震災は日本への評価を高めたのです。私たちもまた、過剰な欧米幻想から目覚め、身の丈にあった暮らしや、清潔感、サービス精神など、伝統の良さに気づき始めています。

とすれば、今後の生活は、〝絆〟を高める血縁・地縁・友縁を見直したうえで、狭くても快適度の高い住居、健康と長寿を促す日本食、外見よりも内側の機能や意匠に眼を配った衣料など、伝統と現代性を巧みに活かした日本様式として再構築されるでしょう。

さらにこれらの様式や文化を、人口減少、省エネルギー、脱炭素など、直面する社会的課題に応用すれば、新しい生活価値観や産業哲学を創り上げることもできます。工業製品や観光サービス、ファッションやデザインにも、新奇性や流行性に加えて、強力なバックボーンが与えられるのです。

その時、日本の商品やサービスは、もう一段ハイパーレベルな日本様式、つまり「イペル・ジャポニスム」として、再び世界の注目を集めるでしょう。

(現代社会研究所所長・古田隆彦)




TREND NOTE 49(2011.06)

大震災後の消費を読む

東日本大震災は、多数の被災者や多くの町を飲み込んだ上、原子力発電所の破壊という、未曾有の事態まで引き起こしました。その影響は社会、経済はいうまでもなく、都市の造り方や暮らしの形にまで、さまざまな形で及びはじめています。

当然、日本の消費市場も大きく変化します。すでにこの数年、リーマンショック以降の世界的な大不況に巻き込まれ、消費市場は重い停滞に陥っていました。雇用不安や所得減少に押されるように、消費者もまた「浪費よりも節約を、見栄えよりも実質を、外向きよりも内向きを」といった消費行動に追いこまれています。大震災は、このトレンドをどのように変えていくのでしょうか。

最初にいえるのは、緊縮ムードがさらに強まることです。震災の影響で、一方では生産力が低下し、他方では消費が萎縮しますから、需給両面から消費市場も縮小します。とりわけエネルギー供給の不安定さが、さまざまな生活用品の供給を減少させ、企業経営の悪化が消費者の買い控えを招くことになります。それゆえ、しばらくの間は、緊縮ムードが広がり、消費市場もまた停滞を続けることになるでしょう。

しかし、二番目に指摘できるのは、この緊縮ムードはいつまでも続くものではない、ということです。早ければ二~三月、遅くとも数カ月で、復興事業が軌道に乗るにつれて、関連分野の需要が高まり、日本経済は持ち直してきます。経済が回復すれば、萎縮していた消費者も買い物に向かいます。節約疲れから抜け出そうと、ブランド消費や遊興消費に向かう人たちも増えてくるでしょう。

とはいえ、三番目に注意しなければならないのは、どれほど消費が回復したとしても、決してバブル時代には戻らない、ということです。大震災の後を受けて、これからの日本は、省資源、省エネルギーを強化した社会・経済構造のもとで、人口減少社会に適応した方向へと急速に移行していきます。そうなると、消費行動においても、より堅実で濃厚な方向が目立ってきます。「節約・実質・内向き」という消費行動は、決して消えることなく、むしろ〝濃縮化〟していくでしょう。

日本の消費市場は、しばらくの間、大きく揺れます。しかし、どれほど揺れたとしても、消費者が確実に求めるのは衣食住の基本です。安心できる食べ物、丈夫で着易い衣料、安全な住居といったモノには、まちがいなく需要が集まります。

とすれば、メーカーや流通業の究極の使命は、これらの需要に的確に答えていくことです。よりよいモノづくり、確かな製品が実現できれば、日本の消費者はもとより、外国の消費者にもまちがいなく受け入れられるでしょう。

大震災ショックを乗り越えていく、最大の鍵は、さまざまなモノ作り産業の努力にかかっているのです。
(現代社会研究所所長・古田隆彦)




TREND NOTE 48(2010.06)

チョイタカ〟商品が売れている!

節約志向や低価格消費が続く中で、〝チョイワル〟ならぬ、〝チョイタカ〟商品が売れています。

日本マクドナルドが今春、期間限定で発売したハンバーガー「ビッグアメリカ」は、四〇〇~四二〇円と、一〇〇円バーガーの四倍もしますが、売り切れ続出でした。ローソンが昨秋発売した「プレミアムロールケーキ」も、従来品より五〇円高い一五〇円。「プレミアムチョコロールケーキ」と合わせて、半年で二〇〇〇万個を売っています。

森永乳業のアイスクリーム「エスキモー・パルム」(六本入り)は、競合商品より八〇円も高いのに、昨年下半期の売上げは前年の三・五倍と好調でした。桃屋の「辛そうで辛くない少し辛いラー油」も、ラー油としてはやや高い四〇〇円ですが、シェアトップに躍り出て、品切れが続いています。
そしてサントリーの缶ビール「ザ・プレミアム・モルツ」。第三のビールより一四〇円も高いのに、前年比一〇%増を達成しています。「最近のお客さまは、普段は第三のビールですが、何かいいことがあった時にはプレミアムモルツを飲まれます。・・・というように、上手に使い分けをされていますね」と、同社の広報担当者は分析しています。

どれもが〝チョイット高い〟、つまり〝チョイタカ〟商品ですが、今時、売れる理由は何でしょうか。
マスメディアの多くは「節約疲れ」と説明しています。不景気の中で節約ばかりしていると、欲求不満が高まって、たまには息抜きが必要だ。そこで、気分晴らしに「ちょっとした贅沢」をする、というのです。

確かに、節約ばかりでは気が滅入りますから、「節約休み」に向かうというのは頷けます。だが、それだけではありません。低額商品と高額商品がともに売れるのは、顧客数の減る供給過剰社会では、ごく当たり前の現象なのです。

実をいうと、人口停滞で顧客減少が進み、同じように供給過剰社会だった江戸時代中期にも「米価安の諸色高」が進んでいました。必需品の米が安くなって、その分、装飾品や衣料が高くなったということです。今風に言いかえれば「必需品安の選択品高」、つまり「必安選高」といえるでしょう。

とすれば、これからの消費市場でも、必需品はまだまだ安くなりますが、選択品は次第に高くなる可能性があります。どんな商品でも、必需品に近づけば安くなり、選択品に格上げされれば高くなる、ということです。必需品が安くなったことで生まれた〝ゆとり〟が、新たな選択品の需要を次々に生み出し、その価格を上げていくからです。

それゆえ、今後の商品開発には、廉価な必需品の拡大とともに、高価な選択品の創造という、両面からの作戦が必要です。「必安選高」という消費トレンドを的確につかむことができれば、慢性デフレなど楽々突破していけるでしょう。
(現代社会研究所所長・古田隆彦)



TREND NOTE 47(2010.01)

メタク」消費はなぜ流行る?


「歴女(れきじょ)」や「仏女(ぶつじょ)」、あるいは「森ガール」や「沼ガール」といった、女性たちの新たな消費スタイルに注目が集まっています。

歴女というのは「歴史ファンの女性」のことですが、その増加で歴史書や歴史関連グッズが売れ、古戦場や城跡などの観光客も増えています。 また仏女は「仏教や仏像が好きな女性」ですが、仏教の信者か否かに関わらず、自分なりの目線で仏像を鑑賞したり、座禅や説法に癒しを求める人たちです。

歴女や仏女に多いのは、三〇~四〇代のシングル女性。それなりの仕事を持ち、収入も安定しますが、欧米の高級ブランドなどには見向きもせず、日本の伝統や東洋の文化に愛着を覚えるようです。

一方、森ガールや沼ガールは、自然に溶け込むファッションが好きな女の子たち。一〇代後半~二〇代前半に多く、セクシーなボディコンや派手なギャル衣装を嫌います。
例えば森ガールは、膝丈の長めのカーディガンや、ふんわりしたAラインのワンピースなど、ゆったりしたモードを好み、カラーでも黒より茶色を、真っ白よりはキナリを選んでいます。

他方、沼ガールは「森ガールに憧れるけど、森ガールにはなれない」悲しい女の子です。ゆるめのワンピースが好きだけれど、着ていると「妊婦」に間違われる。花柄やレースが好きだけれど、まったく似合わない。ペタンコ靴を履くのは、オシャレではなくただ歩きやすいから・・・というわけで、周りから「沼に住んでいそうな女」といわれているのです。

歴・仏女派と森・沼ガール派の間には、確かに年齢差と意識差があります。けれども、両派に共通しているのは、コミックやアニメの愛読者、あるいはゴスロリ(ゴシック・ロリータ)ファッションの経験者などが多く、生き方やファッションに独自のコダワリを持っていることです。その意味で、男性たちの「オタク」に対し、女性のオタク、「メタク」とよべるのではないでしょうか。

メタクが登場した背景には、経済停滞や人口減少で、日本人の暮らしがヨーロッパのライフスタイルに接近してきた、という事情があります。前世紀後半の社会停滞で、ドイツやイギリスでは、できるだけモノを持たないで簡素に暮らす「シンプルライフ」が広がり、またイタリアでは、地域の自然や伝統を尊び、ゆとりを重んじる「スローライフ」が拡大しました。こうしたスタイルを、二一世紀に入って、同じように成熟・濃縮へと向かい始めた日本の女性たちが、いち早く受け入れているのでしょう。

もっとも、江戸時代中期の日本でも、過剰にモノを追いかけない「知足」や、自然の中で心身を尊ぶ「養生」といったライフスタイルが生まれていました。そう考える時、メタクの流行は、日本的な〝知足・養生〟生活の復活ともいえるでしょう。



TREND NOTE 46(2009.05)

節約・内向き・実質」消費を超えて

内需縮小が続く中で、消費者の購買行動には、三つの傾向が目立っています。

第一は「節約志向」で、一〇〇円冷食(セブン&アイ)、一〇〇円バーガー(日本マグドナルド)、低価格ラーメン(ハイディ日高)、アウトレット衣料(アウトレットモール各社)、低価格靴(ABCマート)、プライベートブランド(イオン、ヨーカドー)、低価格家具・日用品(ニトリ)など、できるだけ安い商品を買って、暮らしを守ろうとしています。

第二は「内向き」志向で、おむすび山・赤飯風味(ミツカン)、鍋の素(エバラ食品)、カレー鍋(ハウス食品、永谷園)、コーン系スナック(明治製菓、東ハト)、チーザ(グリコ)、ザ・プレミアム・モルツ(サントリー)、クッキングトイ(タカラ、バンダイ)など、外食を控えて家の中で楽しむ傾向です。

第三は「実質志向」で、わけあり食品(ぐるなび)、駅弁(NRE、JR西日本FSN)、氷結ストロング(キリンビール)、機能性衣料(ユニクロ)、ブランド品レンタル(cariru、orb)、電球型蛍光灯(パナソニック)、フィンランド食器(イッタラ)、型落ち家電(上新電機)、中古情報機器(OAランド)など、見映えよりも実用性を求める動きです。

マスメディアにしばしば登場するのは、この三分野です。景気悪化や雇用不安が続いている以上、ごく当然のトレンドといえるでしょう。

だが、これだけではありません。消費市場を細かくみると、三分野以外にも売れている商品があります。
一つは、シャワークリーンスーツ(コナカ)、ブローネ泡カラー(花王)、香りつづくトップ(ライオン)、携帯用小型パソコン(ASUS、工人舎)、ユニ・ナノダイア(三菱鉛筆)、ケシポン(プラスステーショナリー)など、「新機能」を売る商品です。

二つめは、生キャラメル(花畑牧場)、手ごろ価格ファッション(H&M)、柄タイツ(イタリア製品)などの「ほどほど優雅」商品。
三つめは、スープdeおこげ(ハウス食品)、クロレッツアイス(キャドバリー)、ファンタふるふるシェイカー(日本コカコーラ)といった「新食感」商品です。
四つめは、ワンダ・ゼロマックス(アサヒ飲料)、クロスウォーカー(ワコール) 、WiiFit(任天堂)など、健康や体力を向上させる「身体意識」商品。
五つめは、デジタルフォトフレーム(ソニー)、アロマディフューザー(無印良品)、アロマキャンドル(デイナ・デッカー)など、愛着心や癒しを求める「自己愛」商品でしょう。

五つの分野は、不況にもかかわらず、なお売り上げを伸ばしている、強力な商品群です。斬新な機能を持った商品は、いつでも消費者を引きつけますし、優雅、食感、身体、自己愛などは、消費者の個性や生き方に関わるものですから、景気に左右されません。
ポスト不況のヒット商品を狙うとすれば、これらの分野に注目すべきでしょう。



TREND NOTE 45(2009.01)

アラセブの年が始まる

数年前から流行していた「アラサー」に続いて、昨年の流行語大賞には「アラフォー」が選ばれました。アラサーは「アラウンド・サーティー」の略語で三〇歳前後の女性、アラフォーは「アラウンド・フォーティー」で四〇歳前後の女性をさしています。もっとも、近頃では男女の区別を超えて、一つの世代をあらわす言葉になってきました。

このトレンドでいえば、五〇歳前後はアラフィフ、六〇歳前後はアラシク、七〇歳前後はアラセブ、八〇歳前後はアラエイということになりそうです。六〇歳前後については、還暦前後という意味で「アラカン」という言葉がすでにテレビなどで使われています。

だが、今年は「アラセブ」が注目される年になるでしょう。「アラウンド・セブンティー」は七〇歳前後、拡大すれば六五歳から七四歳で、従来は「前期高齢者」という、無粋なよびかたをされてきた年代です。なぜこれが注目されるかといえば、もはや高齢者ではなく、新たな中年層に変わるからです。

これまで六五歳以上を高齢者とよんできたのは、平均寿命が七〇歳前後だった一九六〇年代の定義に従っているからです。しかし、寿命が女性八六歳、男性七九歳に延びた今では、一〇歳ほどあげて、七五歳以上に変えるべきでしょう。こうすると、六五~七四歳はまだまだ中年ということになります。

実際にこの年代に入った人々をみると、体力、知力、財力、気力、精力の〝五力〟を維持している人が多く、「超中年」あるいは「スーパーミドル」という、まったく新たなライフスタイルを形成し始めています。彼らの間では老人生活に入る前に、勉学、トレーニング、遊び、旅行、趣味、奉仕、慈善活動などで、まだまだ中年期を楽しもうとする人たちが増えているからです。

それゆえ、スーパーミドルに向けて、商品では電動機アシスト自転車、社交ダンス用商品、トレッキング用商品、家庭用カラオケなどが、またサービスでは海外・国内旅行、世界一周クルーズ、健康・美容サービス、知力・経済力の維持・拡大サービスなどが伸びています。情報分野でも、超中年向けの情報誌、おしゃれ雑誌、余暇・教養セミナー、自分史セミナー、〝韓流〟関連商品など、さまざまなヒット商品が生まれています。

今後、この年代には、戦中・戦後生まれの膨大な人口が入ってきて、量的にも大きな消費市場が形成されます。彼らの生み出す新しい需要に向けて、生活資金計画支援サービスや健康維持サービスなどを基本にしつつ、新たな仕事への勉学やトレーニング、あるいはボランティアや仲間作り、中年時代を延長する遊びなどを提供していけば、大きく売り上げを伸ばすことができるでしょう。

となると、アラセブは「アラセレブ」、つまり「アラウンド・セレブリティー」にも通じます。ヤングに代わる、新セレブ・マーケットとして、今年は目が離せません。



TREND NOTE 44(2008.06)

新しい学びの時代が始まる


携帯用ゲーム機「ニンテンドーDS Lite」向けのソフト、「脳を鍛える大人のDSトレーニング」や「英語が苦手な大人のDSトレーニングえいご漬け」など、〝脳トレ〟商品が大ヒットしています。

このため、タカラトミーの、英会話暗記用の「脳サピエンス」や、三〇〇問で脳の直観力、計算力、想像力を試す「脳内エステIQサプリDX」、あるいはセガトイズの三〇歳以上向け「脳力トレーナー」や「ブレインチェッカー」など、玩具業界でもゲーム機を自習機に変えてしまう動きが広がっています。

普通の電卓でも、計算ドリルができる、シャープの「EL―BN631X」や、百ます計算や九九ドリルができる、カシオ計算機の「EN―200」が売れています。ゲームセンターの大型ゲーム機では、バンダイナムコの「みんなで鍛える全脳トレーニング」や、コナミの「「脳開発研究所クルクルラボ」など、学び機能のついた機種が広がっています。

〇六年秋、東京・豊洲に開業した、子ども向け社会体験型テーマパーク「キッザニア東京」は、遊園地を教育空間に変えてしまいました。約六〇〇〇平方メートルの敷地に、空港、病院、ファストフード店、劇場などを模した、約六〇のパビリオンを並べ、消防士、キャビンアテンダント、モデル、医師など約八〇種類の仕事を疑似体験できます。

喫茶店でも「カフェフィロ」(京都市)に続いて、「実験哲学カフェ」(大阪市)、「哲学カフェ」(東京・新宿)など、学生や社会人が知的な交流をはかる、新たな活動がはじまっています。さらに「アマレットラウンジ」(東京・広尾)や「クロスローズランゲージセンター」(大阪市)では、英語で料理を学んだり、英語でビーズや刺繍を学んだりするなど、ホビーとイングリッシュを合体させた〝ホビングリッシュ〟が好評です。

いずれも新しい学びの時代のはじまりを示していますが、背景には何があるのでしょうか。第一は長寿化の影響。中高年の間では、知力・体力を維持しようとする意欲や、遊びの中にも人生の意味を問い直そうという意識が高まっています。第二はゲーム世代の拡大。幼い時からゲームになじんできた青少年や若い女性は、勉強やトレーニングはもとより、仕事や家事までもゲーム感覚で楽しもうとしています。そして第三はIT化の進展。パソコンや携帯電話の進展は、実用器具と学習・遊戯器具の境界を薄れさせています。

そして、もっと大きな背景は人口減少社会の開始です。日本の社会が成長・拡大から飽和・濃縮へ移っていくにつれて、暮らし・学び・遊びの仕切りを見直そうとする動きが、徐々にはじまっているのです。

とすれば、アパレル市場でも、タウン、フォーマル、カジュアルの境界が見直されていきます。フォーマルのようなジーンズや、ジーンズ地のフォーマルなど、意外な新商品も登場してくるでしょう。



TREND NOTE 43(2008.02)

ヤング市場を新しい目で見なおす


ヤング市場とは、どれほどの年齢層をいうのでしょうか。もし一〇~二九歳だとすれば、市場規模はすでに縮み始めており、二〇二五年には現在の七割に落ちます。ところが、四〇~五九歳は二〇二五年ころまで、ほとんど同じ規模を保っていきます。年齢別人口の増減で、ヤング市場は縮小し、ミドル市場は維持される、ということです。

こうした変化が避けられない以上、アパレル関連産業は今後、どのように対処していけばいいのでしょうか。まず必要なのは、「ヤング」のとらえ方を変えることです。
日本人の平均寿命は、〇六年に女性が八五歳、男性が七九歳になりました。六五歳に達した人では、女性で九〇歳、男性で八四歳ほどになります。寿命が延びるにつれて、若い人でも就職や結婚の年齢が繰り上がっています。とすれば、人生の区分(ライフステージ)もまた見直さなければなりません。

これまでは、〇~六歳が幼年、七~一四歳が少年、一五~三〇歳が青年、三〇~六四歳が中年、六五歳以上が老年でした。だが、これからは、〇~九歳を幼年、一〇~二四歳を少年、二五~四四歳を青年、四五~七四歳を中年、七五歳以上を老年と改めるのです。

そうすれば、ヤング市場の定義も、従来の一〇~二九歳から、今後は一〇~四四歳を対象にしたものへ移行し、「少子化でヤング市場が縮小」などという懸念を覆して、なお維持されていくことになります。

そのうえで、次に求められるのは、マーケティング戦略の大胆な変更です。ここまでヤング市場が広がる以上、対象層を三つに分けて、新規少年(一〇~二四歳)、前期青年(二五~三四歳)、後期青年(三五~四四歳)別に細かく実施していくのです。

新規少年層に対しては、①子ども意識が抜けないから、従来よりも四~五歳若作りにする、②一子豪華化で高級志向が強く、それに見合った可処分所得も持っているから、価格帯を上げる、③自意識が強く押しつけを嫌うから、マイブランドやカスタマイズ志向を満足させる、などの戦略が有効でしょう。

前期青年層には、①最もヤングらしい成人、つまり〝ヤング・アダルト〟向けの商品を創る、②少産化世代のトップを走る、大胆な感性に対応して、意外性や新奇性の高い商品を創る、③増加する三〇代シングル向けに、新しいライフスタイルを提案する、などの戦略が必要になってきます。

そして後期青年層には、①一〇~二〇代への追随傾向が強いから、若年向け商品をコダルト(子ども意識を持ち続ける大人)向けに変形する、②ペアルックやユニセックスなど、夫婦対等ファミリー向けの商品を拡大する、③四〇代シングル向けの商品を創造する、などの戦略が求められるでしょう。

ヤング人口の変化を直視し、それに見合った対応を的確に打ち出せば、市場縮小など決して恐れることはありません。




TREND NOTE 42(2007.06)

広がり始めた「差延化」商品


「ジェリープラス(JELLY+)」というブランドをご存知でしょうか? オンワード樫山と三宅デザイン事務所が共同で開発し、今春発売した、婦人向けのカジュアルブランドです。

若い頃、DC(デザイナー&キャラクター)ブランドやインポートブランドを愛用し、ファッションにこだわりの強い三〇~四〇代に向けて、カットソー、ボトムス、ライトアウター、コートなど、上質感、着ごこち感、自分らしさを強調し、価格帯は一万四〇〇〇~三万九〇〇〇円です。 三月から全国の主要デパートに出店し始めていますが、年内に三〇店舗まで広げ、二〇億円の売り上げをめざしています。

無縫製ニットのため、ハイストレッチによる着用感の良さ、軽くてしわになりにくいという利点がありますが、最大の特性は、ユーザーが自らハサミを入れて袖丈、着丈、襟ぐり、前身などを自由に変えられる〝カスタマイズ性〟です。切りっぱなしにしても断面は決してほつれません。

この特性は、三宅デザイン事務所が一九九八年に開発した「A―POC生産システム」を、引き継いだものです。「A―POC」とは一枚の布(A Piece Of Cloth)に由来するネーミングで、これまでのアパレル製品とは全く異なる、一体成型の服作りを意味しています。予め服の形や柄などをコンピューターに入力し、編み機を使って筒状のニット生地を編み上げます。一枚の生地には袖や身頃などのパーツが織り込まれていますから、切り取り線に従って裁断するとそのまま服になりますし、切り取り線以外を切ることもできます。

というわけで、この商品は一方ではコンピューター制御によるハイテク型の大量生産品ですが、他方では個々のユーザーがハサミによって自分だけの服を仕上げる、究極のカスタマイズ商品です。相反する方向を両立させた努力が評価されて、二〇〇〇年のグッドデザイン大賞に選ばれました。

もともとアパレル製品のマーケティング戦略では、着易い、温かい、涼しいなどの機能・品質のよさを訴える「差別化」や、色柄や見栄えで差をつける「差異化」が基本でした。だが、二つの戦略はどこのメーカーでも採用していますから、さらに斬新な戦略を展開しようすれば、ユーザーの自分らしさや愛着心を引き込む「差延化」戦略が有望になってきます。差延化とはメーカーが一方的にネウチを押し付けるのではなく、ユーザーと一緒になってネウチを創り出していく戦略です。

こうした戦略が進めば、素材から販売までを一貫する生産~流通システムが必要になってきますから、やがてアパレルやデザイン業界の常識を大きく変えていくことになるでしょう。その意味で「ジェリープラス」の今後には目が離せません。




TREND NOTE 41(2007.02)

〝問題〟の二〇〇七年が始まった!


二〇〇七年がついに始まりました。数年前から「二〇〇七年問題」などと騒がれてきた年がとうとうやってきたのです。

もともと〇七年で懸念されたのは、①人口減少の開始、②団塊世代の一斉退職、③大学の全入時代、④新築ビルラッシュでオフィスが供給過剰へ、⑤外資系の進出でホテル戦争が激化…などでした。だが、最大の問題であった人口減少が〇五年にくりあがりましたので、次の関心は団塊退職に移っています。

確かに団塊世代の一斉退職は、社会・経済に大きな影響を与えます。第一は労働力の減少。一〇年までに約一一〇万人が引退すると、DGP換算で約十六兆円が減ります。また製造業では、専門技能の継承が滞り、製品の品質低下や製造コストの上昇が懸念されます。

第二は退職金や人件費の問題。総額五〇~八〇兆円に達するという退職金を、短期間に支払わねばならない企業では一時的に経営が悪化しますし、金融機関の間では獲得競争が激化します。けれども、少し長期的にみれば、高給高齢者の大量引退で人件費の負担が軽減されますし、ポスト不足で遅滞していた後続世代の昇進も容易になってきます。

第三は退職後の暮らしの問題。老齢基礎年金の支給は六五歳から(六〇歳への減額・繰上げも可能)ですから、それまでの収入を確保するため、彼らの多くは新たな就業先を求めます。そこで、政府は昨年四月に「改正高年齢者雇用安定法」を施行して、六五歳までの雇用確保措置の導入を事業主に義務づけました。だが、実際に雇用されるためには、退職者の側でも企業に必要とされる職業能力を維持、拡大していくことが必要でしょう。

第四は消費の変化。この世代の多くは、所得の伸びがあまり期待できないため、生活水準の拡大を抑える方向に動きます。だが、高額な退職金を獲得した世帯や就業を続けている世帯では、国内・海外旅行、自動車や住宅の改装、習い事などへ出費を増やしていきます。その結果、基本財では節約志向が強まりますが、移動、居住、余暇、学習など質を高める消費では逆に拡大が見込まれます。

第五は地域動向。団塊世代は現在、約二分の一が三大都市圏に居住していますから、退職後にUターンしなければ、大都市圏でも社会保障費の増加や土地・住宅の需要減退が発生してきます。もっとも、高所得層の世帯では、予め高齢期の生活を考えて、住み替えや新規住宅の取得を進めますから、今後も都心回帰やマンション購入が続くでしょう。しかし、郊外の大型団地などでは高齢世帯が数多く居残りますから、住宅の老朽化や地域社会の破綻などが拡大するおそれがあります。

以上のように、二〇〇七年以降、団塊世代の退職でさまざまな問題が浮上してきますが、マクロ経済の次元では、企業の人件費負担が軽減される一方、退職一時金による消費浮揚が加わって、GDPには一時的にプラスの効果が生まれるでしょう。こうした意味でも、団塊世代の一斉退職は、人口増加に伴う成長・拡大型社会のラストシーンなのです。




TREND NOTE 40(2006.06)

エイジレス〟消費の時代

近頃の消費市場では、ベビーやキッズが大人向けの商品を買ったり、中高年がヤング向けの商品に飛びつくなど、世代や年齢を超えた〝エイジレス〟化が広がっています。

ベビー服では、「セリーヌブランド子供服」(オンワード樫山)、「アルマーニJr・」(マ・メール)、「バーバリー男児服」(山陽商会)などの大人向けブランドが、化粧品でも「セーラームーン」(バンダイ)、「スイートバンビーニ」(タカラ)、「ティアラファンタジー」(トミー)など、キャラクター入りの玩具化粧品がヒットしています。

ローティーン市場では、ハイティーン並みの「ジュニアファッション」が急拡大しており、ナルミヤインターナショナル、スクールバス、興和といった企業が売り上げを伸ばしています。これらの傾向は、大人と同じような消費をする「おとなこども」つまり〝オドモ〟層の増加を示しています。

他方、三〇~四〇代の男性たちは、ガンダムや鉄人28号のフィギュアー、仮面ライダーの変身ベルトなど、コミック関連商品を購入し、同世代の女性たちはキティーのキャラクター商品や、少女コミックの衣装を真似たゴス・ロリ(ゴシック・ロリータ)ファッションを流行させています。どうやらこの世代では、こども的感性を持った大人、つまり〝コトナ〟層が増えているのです。

さらに五〇~六〇代の男性たちは、ハーレー・ダビットソンのバイクやスキューバダイビングに挑戦し始めていますし、女性たちは〝韓流〟スターや「塗り絵」に夢中です。こうしたエイジレス消費が広がる背景には、一体何があるのでしょうか。

一つは寿命の延長という需要側の変化です。平均寿命が五〇~六〇歳だった時代に比べて、昨今では男性七九歳、女性八四歳、平均八二歳と二〇~三〇歳もあがりました。そうなると、幼年期は一〇~一五歳まで、少年期は二〇~二五歳まで、青年期も四〇~四五歳まで、さらに中年期も七〇~七五歳にまで、それぞれ上限が上がります。こうした年齢区分の再編とそれに伴う混乱が、世代を超えた生活行動や消費行動を広げているのです。

もう一つは、少産・長寿化の影響で、世代別市場の量的な規模が〝下薄上厚〟になってきたという供給側の事情があります。例えば二〇代以下のヤング市場が縮小する一方、五〇代以上の中高年市場が拡大しています。市場別の増減を補うため、メーカーや流通業では、世代を超えた商品やサービスの創造に、力を入れ始めているのです。

需給両面からエイジレス化が進む以上、今後の市場戦略では、従来の年齢や世代区分にとらわれないで、趣味やライフスタイルを共通する消費者グループを捉える、大胆な戦略が必要になります。さらには個々のグループを超えて、個々の消費者に直接訴えかけるようなパーソナル・マーケティングの強化が求められるでしょう。




TREND NOTE 39(2006.02)

人減〟時代が始まった!


最近の新聞は、日本の人口が昨年から減りはじめた、と一斉に報道しています。人口が減れば、食べるもの、着るもの、住むところも減りますから、国内の消費市場は縮小していく…と思いがちです。

だが、そうではありません。人口減少が進むと、少産化、長寿化、家族多様化、居住地分布の変化などに伴って、新たな消費需要が次々に生れてきます。こうした新需要に対し、エレクトロニクス、バイオテクノロジー、ナノテクノロジーなどの濃縮型ハイテクを積極的に応用して、斬新な商品やサービスを創り出せば、消費市場の拡大は決して不可能ではありません。

それだけではありません。人口減少時代になると、私たちの価値観やライフスタイルも、従来の人口増加を前提にした「成長・拡大」型から、人口減少を前提にした「飽和・濃縮」型に変わり、これに伴って商品やサービスへの需要も、基本財から新たな選択財へ移行していきます。

例えば、一つ前の人口減少時代、江戸中期の日本でも、町人や農民たちが干魚、綿布、櫛、簪(かんざし)、印籠、根付など新たな選択財を求め始めたため、「米価安の諸色(生活雑貨)高」が進みました。同じように人口が急減した、中世後期の欧州でも、大麦・小麦の価格が下がる一方、衣料品や手工業製品などの価格が上昇する「穀物安の羊毛高」が進んでいます。とすれば、今後の日本でも「基本財安の選択品高」という傾向がますます強まるでしょう。

新しい選択財とは何でしょうか。それは多分、消費者個人のこだわり、愛着、感覚といった心理的願望を的確に満たすものです。モノとしての必需〝品〟が飽和すると、需要は当然ココロとしての必需〝心〟へ移っていくからです。

そこで、ファッション、インテリア、生活雑貨から、レッスン、トレーニング、エンターテインメント、ヒーリング(治癒)まで、ココロの枯渇を満たすような商品やサービスは間違いなく拡大します。
商品でいえば、新しいタイプのオーダー・ファッションをはじめ、手作り、編集、変換など、〝自分〟志向に対応した商品創りが伸びていくでしょう。あるいは、コミック、アニメ、ゲーム、フイギュアーなどの、いわゆる〝オタク〟商品も、江戸時代の浮世絵や印籠・根付のように、成熟した消費社会では必然的に伸びていきます。

サービス分野でも、ペット、温泉、エステティーク、滞在型旅行などがすでに伸びていますが、新しい〝学び〟と〝遊び〟のビジネスも加わっていくでしょう。

人口減少時代、つまり〝人減〟時代には、少ない労働力でより多くのモノを作り出す「労働生産性」の向上とともに、まったく新しネウチを創り出す「創造生産性」の強化がますます必要になるのです。




TREND NOTE 38(2005.06)

手作りPOPがヒットを生む!


出版不況が続いていますが、にもかかわらず、意外なところから、新しいベストセラーが生まれています。従来は新聞の広告や書評、テレビの紹介などでヒットするケースが多かったのですが、近頃では書店の店頭に立つ店員たちの努力で大ヒットが生まれています。

最初のきっかけは、店員が自分の手で作るPOP広告でした。二〇〇一年、千葉県習志野市のBOOKS昭和堂で、テリー・ケイ著『白い犬とワルツを』を読んで感動した一店員が、『何度読んでも肌が粟(あわ)立ちます』というPOP広告を作りました。出版から六年もたった本ですが、このPOPで急に売れ出しました。そこで、出版社がPOPを複製して全国の書店に配ったところ、一五〇万部を越すミリオンセラーになりました。

『セカチュウ』の略称で有名な、片山恭一著『世界の中心で、愛をさけぶ』も、千葉県成田市の未来屋書店イオン成田店の店員が書いた『好きな人を亡くすことは、なぜ辛いのだろうか……』という手作り広告がブームのきっかけでした。また松久淳・田中渉著『天国の本屋』は、盛岡市のさわや書店のPOP広告から火がつき、書店員仲間を通じて全国に広がりました。
どうやら近頃のユーザーは、出版社の広告やマスメディアの書評より、身近な書店員の目利きを信頼するようです。そこで、大手書店では、自分の感性でヒットしそうな本を見つけ出す〝カリスマ〟書店員を、積極的に育て始めています。

日本最大の直営書店チェーン文教堂書店(川崎市)では、二〇〇三年二月から、書店発のヒットを作り出す『ベストセラー創造プロジェクト』を展開しています。各店舗の店員三~四人で構成した委員が、発刊から数年を経過した文庫本の中から随時、有望な商品を選び出し、全店共通のPOP広告を付けて、売り場の入り口付近など張り出します。第一弾『信長殺すべし』(講談社文庫)以来、これまで一四冊を取り上げましたが、『左手に告げるなかれ』(同)は、文教堂全店で五カ月間に八〇〇〇部以上を売り上げました。

一方、全国の書店員の間では、売りたい本を自分たちの投票で選ぶ『本屋大賞』が創設されています。〇四年の第一回では、大賞に小川洋子著『博士の愛した数式』、二位に横山秀夫『クライマーズ・ハイ』、三位に伊坂幸太郎『アヒルと鴨のコインロッカー』が選ばれました。大賞の『博士…』はこれをきっかけに三五万部のヒットとなりました。

慢性的な不況業界といわれる出版市場でも、ユーザーとの最前線に立つ書店の、そのまた第一線に立つ店員自体が、さまざまな工夫を打ち出せば、まだまだ拡大の余地は残っています。同様の事例はドラッグストアやホームセンターなどにも広がっており、それぞれの分野のカリスマ店員が、売り上げ増加に大きく貢献しています。

ヒット商品の創造には、販売第一線に立つ担当者の役割がますます高まっているのです。




TREND NOTE 37(2005.02)

バーチャル・ラブ”流行の背景は?

昨年のヒット商品番付で、トップを飾ったのは“韓流”でした。テレビドラマ「冬のソナタ」の大ヒットをきっかけに、主演のヨンさまやヂウ姫はもとより、男優四天王の人気も伸びて、韓国ツアーや関連商品の売り上げも国内で一、二二五億円、韓国で一、〇七二億円に達した、といわれています。

ヨンさまのファン層で、一番多いのは四〇~五〇代の女性です。成田空港に出迎えた彼女たちは感極まって、大粒の涙を流しました。美男美女の純愛、ゆるやかな時の流れ、すれ違いの切なさ、--最近の日本では、現実の世界はもとより、テレビの中でも滅多に見られない、懐かしいムードに酔って、自らがヒロインになったからでしょう。つまり、ヨンさまブームの背景には、架空の恋人を愛する「バーチャル・ラブ」があったのです。

もう一つ、大ヒットしたのは“萌え系”です。“萌え”とは、一〇代後半~三〇代の男性が、コミックやアニメの女性に、恋いこがれる気分です。かわいらしいヒロインを愛するあまり、生身の女性に不満を持ったり、恋人にできなかったりで、とても結婚などできません。その代わり、彼女たちのコスチュームやフイギュア(人形)を身近におきたいと、この種の商品を数多く売っている秋葉原に通い続けます。そこで、“アキバ系”ともよばれている“萌え系”もまた、ヨンさま系と同じように、現実よりも架空に恋する「バーチャル・ラブ」派なのです。

いや、それだけではありません。以上の現象は、これ以外の年齢層にも広がっており、例えば二〇~三〇代の女性の間では、少女コミックの服装を真似た“ゴスロリ(ゴシック・ロリータ)”ファッションが流行しています。あるいは四〇~五〇代の男性の中には、「機動戦士ガンダム」や「鉄人二八号」など、昔のマンガのフィギュアを買い求める人たちが増えています。

どうやら、最近の日本では、老若男女を問わず、バーチャル・ラブが流行しているようです。生身の現実よりも架空の理想に恋い焦がれる人が増えている、ということです。

なぜそうなるのでしょうか。一つには、現実の社会が厳しすぎて、とても対応できないという事情があります。もう一つ、ITの急速な進展で、架空の世界にとりつかれた人たちが増えてきた、とも考えられます。

だが、最も大きな理由は、日本の社会が、人口増加を前提にした成長・拡大型から、人口減少による飽和・濃縮型へ、急速に移行していることでしょう。このため、私たちは、家族や家庭はもとより、恋人や夫婦といった人間関係でも、従来のモデルを見失ったまま、まだ次の目標を見つけ出せない、宙ぶらりんの状態にいます。愛情の対象を見失った、その戸惑いが、おそらくリアルなものよりもバーチャルを求めさせているのです。

とすれば、バーチャル・ラブの流行は、今年もますます広がっていくでしょう。




TREND NOTE 36(2004.07)

必需“品”から必需“心“”へ

ミニ盆栽や小型観葉植物が売れています。エビやアリなどの小動物を飼育する「ミニペットキット」もヒットしています。一番買っている層は二〇~三〇代の女性たちですが、一人暮らしの男子学生やビジネスマンにも広がっているようです。

購入した人たちは、マンションのリビングや寝室において、一日の疲れを癒したり、嫌なことを忘れるために鑑賞しています。最近では、職場の机の隅において、ストレスを解消している人も増えてきました。

 ヒットの理由は何でしょうか。一般には「癒しブーム」とか「ペットブーム」のせいだ、といわれていますが、果してそれだけでしょうか。
 従来の経済学では、こうした傾向を「選択的消費」の一つととらえています。選択的消費というのは、食べ物、衣類など暮らしに絶対に必要な「必需的消費」が満たされた後、消費者が自分の好みで自由に選ぶ消費のことです。通常は遊びや学びが中心ですから、ミニ植物やミニペットとなると、もはや「抹消的消費」といってもいいでしょう。

 もっとも、最近の消費市場では、同じような抹消的消費が目ざましく拡大しています。ガーデニング、エステティーク、日帰り温泉といったものですが、これらはいずれも日常的、機能的な満足を超えて、体感的、情緒的なものを求めています。言い換えれば、「安らぎ」や「なごみ」といった、心理的部分が消費の対象となっているのです。

 もともと私たちの消費願望には、生理的次元の「欲求」、文化的次元の「欲望」、無意識次元の「欲動」の三つがあります。のどが乾いたから飲みたい、お腹が空いたから食べたい、というは「欲求」、お隣が買ったから買いたい、雑誌で見たから買いたい、というのは「欲望」、どこか懐かしいから欲しい、なぜか魅かれるから欲しい、というのが「欲動」です。欲求や欲望の対象は、多くの場合、モノですが、欲動の対象は感覚や心理といったココロに向かっていきます。

現代の日本では、世の中が成熟し、暮らしもそれなりに豊かになってきました。その結果、私たちはモノだけでなく、ココロが大切だ、と実感するようになりました。  確かに人間が生き生きと暮らしていくには食べ物、衣類、住居に加えて、愛情、安らぎ、生きがいなどが絶対に必要です。必需的消費には、モノだけでなくココロもまた対象になるのです。言い換えれば、必需“品”に加えて、必需“心”が求められる時代になった、ということでしょう。

 欲求や欲望の次元では、ペットや観葉植物は確かに抹消的な消費にすぎません。だが、欲動の次元になると、最も必需的な消費に格上げされます。とすれば、食品や衣料の分野においても、それぞれの商品のネウチを、必需“品”としてだけでなく、必需“心”としても見直すことが必要でしょう。





TREND NOTE 35(2004.04)

ハイパーミドル向けジーンズの時代が来た

◆ミセス向けジーンズが売れている!
 ジーンズ市場の最前線で「ミセスジーナ」や「ディナージーンズ」など、ミセスやアダルト向けの商品が伸びてきました。

女性のユーザー層も三〇代に入ると、太ももに肉がついて、ウエストサイズは広がり、ヒップの位置も下がりぎみで、脚の長さが短くなってきます。この欠点を隠すには、安物のカジュアルパンツではとても無理ですから、多少値段が張ってもカッコよく脚線美を見せられるジーンズが欲しくなります。

ところが、これまでのジーンズは若者向けが中心でしたから、こうしたニーズは見逃されてきました。三〇代以上は高額商品には手を出さないとか、流行の担い手はもっと若い世代だ、と見なされてきたからです。
けれども、昨年あたりから、この変化に気づいた二、三のジーンズメーカーが、三〇代以上でもシルエットがきれいに見える新商品を売り出しました。これが当たって、急に市場が広がっているのです。

◆中高年が中心になる消費市場
 
日本の消費人口は今や、長寿化の進行で急速に逆ピラミッド型に変化し、若者が減って中高年が増えています。このため、どのような消費財でも、若者向けだけでなく、中高年向けの商品を増やしていくことが必要になっています。ヤングが中心だったジーンズ市場でも、この動きはまったく同じですから、三〇~四〇代はもとより、もっと上をターゲットにした商品を積極的に開発していくことが、当然の経営課題なのです。

 
考えてみれば、ジーンズを抵抗なく着られる世代は、すでに七〇歳近くまで広がっています。現在の六〇代は、一九五〇~六〇年代にプレスリーやジェームス・ディーンを見て、初めてジーンズ・ファッションに憧れを抱いた世代です。また五〇代の“団塊の世代”は、一九七〇年代に“ベルボトム”の登場でジーンズ革命を担った世代です。

こうした世代がそろそろ引退したり定年に近づいて、やむなくジャージー・ファッションに走っています。だが、本来ならそれぞれの体型や好みにあった、着やすいジーンズを求めているのではないでしょうか。

◆ハイパーミドルをターゲットに
とすれば、最大の人数を誇る五〇代、さらにはその先を走る六〇代に向けて、新たなジーンズ・ファッションを提案していくことが必要でしょう。
六五歳以上のユーザーでさえ、“高齢者”などといってはいけません。六五歳以上が高齢者だったのは、平均寿命が七〇歳前後だった一九六〇年代の定義です。平均寿命が八〇歳を超えた現在では、七〇歳代前半くらいまでは中年の延長、つまり“ハイパーミドル”とよぶべきなのです。

アダルト向けジーンズの開発では、こうしたハイパーミドルまでをターゲットにして、新たな商品作りが求められるのです。




TREND NOTE 34(2003.02)

.“ゴスロリ”ファッションの裏を読む


最近、原宿や渋谷の街角で、ドキッとするようなファッションのコギャルに出会います。

 肩先にフリルのついた、黒いレースのブラウス、パニエ(下着)で膨らませたスカート、白い胸元に編み上げリボンや銀の十字架、栗色の髪に花柄のヘッドドレス、そして濃い紫の眉墨に黒い口紅というメイク──まるでヨーロッパのアンティーク人形のようです。

 これが今、話題の「ゴシック&ロリータ」、つまり「ゴスロリ」ファッションです。「ゴシック」とは中世ヨーロッパの建築様式ですが、ファッション界では中世風の貴婦人、魔女、吸血鬼などのモードをいいます。また「ロリータ」は、U・ナボコフの小説のヒロインにちなんだ、フリル、レース、リボンなどの少女風ファッション。二つの流れが融合したため、「ゴスロリ」ファッションには、怪奇さと可愛らしさという、逆のムードが奇妙に絡み合い、頽廃と耽美(たんび)の匂いが漂っています。

 もともと「ゴスロリ」は、ビジュアル系バンドのファンの中で生まれました。数年前からコンサートやパーティー会場などに現れていましたが、それが街頭にまで進出してきたのです。このトレンドにいち早く乗って、アパレル業界でも三〇を超えるブランドが登場し、大都市では専門店も増えています。大人の眼には不気味とも映る現象ですが、なぜ今、異様なファッションが流行るのでしょうか。

 一つの理由はやはりアニメファンの増加です。少女コミックや少女アニメの熱烈なファンの中には、ヒロインの姿に惚れ込んで、同じファッションを着たいと思う層が増えています。少年たちも同じようなもので、コミック、アニメ、ゲームのマニアになると、三〇歳に手が届く頃まで、コスプレ(コスチューム・プレイ)パーティーに熱中しています。

 もう一つは、彼女たちが世間体を気にしなくなったこと。これまでにもそんな衣服を着たいという少女はいたのですが、世間の眼をはばかって遠慮していました。だが、最近の少女たちは「好きな服で街を歩くのがなぜ悪いの」とか、「自分のために着るんだから、人目なんか気にしない」などと公言し、他人の眼よりも自分の感性や趣味を重視します。つまり、世間体より自意識の方を大切する世代が登場し、次第に増加しているのです。

 こうしたユーザー側の理由に加えて、社会的にも「ゴスロリ」を許すムードが広がっています。世紀末」は終わりましたが、なお爛熟・頽廃ムードが続いているのは、日本の社会が、人口が伸び続けた成長・拡大型から、人口が減少する飽和・濃縮型へ移行しているからです。同じように人口が減少した西欧中世や日本の江戸中期には、魔女や吸血鬼が飛び交い、幽霊や亡霊があちこちに出没していました。閉塞感がいっそう強まる、二一世紀の日本には、さらに“妖しい美しさ”を認めるムードが高まっていくことでしょう。

 ゴスロリの流行には、二一世紀の世相が動き出した、かすかな予兆が感じられます。





TREND NOTE 33(2002.06)

ファンタジーはなぜ流行るか?

ファンタジー映画がヒットしています。宮崎駿監督の「千と千尋の神隠し」は三月末に興行収入で「タイタニック」を抜き、初めて三〇〇億円の大台に乗りました。昨秋の封切以来ずっと好調だったのですが、ベルリン国際映画祭のグランプリを得て、さらに客足が伸びたのです。また英国映画の「ハリー・ポッターと賢者の石」も三月末に二〇〇億円を突破し、今春封切られた米国映画「ロード・オブ・ザ・リング」も大好評のようです。

 これらのヒットで、映画館の入場者数も昨年は一五年ぶりに一億六〇〇〇万人を突破し、興行収入も初めて二〇〇〇億円を越えました。国際的な反響も大きく、「千と千尋」は香港、台湾、シンガポールに続いて、近く米国やヨーロッパ各国でも公開される予定です。

 出版界でも、「ハリー・ポッターと賢者の石」の翻訳本の出荷数が、三月末までに計八〇〇万部に届く勢いです。「ロード・オブ・ザ・リング」の原作本『指輪物語』も、映画の公開に後押しされて、最近三カ月で一五〇万部を売り上げました。

 なぜ今、ファンタジーなのでしょうか。ファンタジックなテレビゲームに慣れた子どもや若者たちが、その延長上で映画や原作本に飛びついている、という意見があります。世の中が行き詰まった時には、現実的なリアリズムよりも、現実を超えるファンタジーの方が好まれる、と説明する評論家もいます。

二つの意見は、確かにヒット要因の一面をとらえています。だが、もっと深い背景には、世の中が成熟化し、消費も飽和したため、私たちの願望がファンタジーへ向かいはじめた、という事情があります。

 これまで私たちの願望は、まずは便利なモノや効率をあげるモノを求め、それに満足すると、カラーやデザインなどへ、さらには流行やブランドへ向かってきました。だが、そうした願望のほとんどを満足させた今、次に私たちが求めているのは、“私らしさ”や“安らぎ”といった、心理的なものです。一人ひとりがかけがえのない自分自身を見つけ出せるモノや、自分の心に安らぎを与えてくれるモノ、といってもいいでしょう。

ファンタジーは、お伽話や神話など古くて変わらない世界です。「千と千尋」でも古い銭湯、日本の古い神々、川や湖の精霊など、昔からのイメージが次々に登場して、私たちを幼い日や懐かしい故郷へ誘い、ほっとした気分にしてくれます。これなら、子どもたちからお年寄りまで、誰もが一緒に楽しめます。

流行やブランドではこうはいきません。メーカーやデパートが次々と新しさを売り込んできますから、乗り遅れまいとする消費者は、いつも苛立っています。激しい消費競争に疲れ果ててふと立ち止まった時、私たちに安らかな世界を取り戻させるのが、昔から全く変わらないファンタジーなのです。

 これからはアパレル業界でも、新しさや流行を超えて、変わらないモノや安心できるモノを作りだす努力が必要になるでしょう。





TREND NOTE 32(2002.02)

.“コダルト”市場が伸びている!


東京の秋葉原といえば日本一の電気街ですが、最近ではコミック、アニメ、ゲームなどのキャラクター商品を扱う専門ビルが続々と登場しています。

 ラオックスの「ホビー館」、ブロッコリーの「ゲーマーズ」本店を始め、裏通りの一角や雑居ビルの二、三階にも、この種の店が増えていますし、家電店を廃業して大型ホビー館に転業する有力電気店も現れました。どうやらこの町は、日本一のホビー街、いや世界一のホビー街になってきたようです。

 どこの店に入っても、コミック本やゲームソフトはもとより、ガチャガチャ(カプセル入り玩具の自動販売機)、プラモデル、鉄道模型などで溢れています。とりわけ、目立つのが「仮面ライダー」「機動戦士ガンダム」「ウルトラマン」などのロボットアニメや、「エイリアン」「バルタン星人」などの怪獣物のフイギュアー(人形)といった、七〇~八〇年代のキャラクターです。

 このためか、真っ昼間でも二十~三十代のセールスマン風の男性が目立ちますし、夕方になると四十代のビジネスマンも現れています。これまでは小中学生や、「オタク・マニア」層に限られていたマイナーな市場が、今では二十~四十代の男性を対象にした一大マーケットに成長しているのです。

 なぜ、これほどまで大人たちがはまるのでしょう? 幼い時からコミックやアニメになじんできた世代が、社会人になってようやく子ども時代の夢を実現している、というのが直接の理由でしょう。だが、その背景にはもうひとつ、彼らがいつまでも“子ども”時代を卒業できないという事情があります。

 以前は三十代で結婚したり、自分の子どもが生まれたりすると、自然に“子ども”から脱皮していました。しかし、寿命が延びて人生八十年となった今では、三十代後半になっても男性の三割がシングルで、気ままな暮らしを続けています。四十代になって結婚したとしても、長男・長女が多い彼らは、六十~七十代の豊かな両親から経済的に援助してもらったり、子育ての応援を受けるなど、濃密な親子関係を続けています。そうなると、精神的にはいつまでも“子ども”を引きずっているのです。

 とすれば、どれだけ“少子化”が進んだとしても、“子ども”市場は決して縮むことはありません。縮むと考えるのは、いつまでも十四歳以下を“子ども”と考えているからで、十四歳という年齢制限を超えて、子ども化した大人までを目標にすれば、子ども市場はむしろ拡大しています。つまり、ホビー市場では、“少子化”ではなく、“多子化”が始まっているのです。

子どもやヤングに関わる業界では、子ども化したアダルト、つまり“コダルト”に向けて、それぞれの商品のターゲットを今一度見直すことが必要でしょう。




TREND NOTE 31・2(2001.12)

ジュニアファッションが流行っている!

少産・少子化で子ども服の市場は縮んでいるはずなのに、ローティーン向けのジュニアファッションが大ヒットしています。ピンクやイエローなどカラフルなシャツ、水玉のミニスカート、フリルのブラウスなど、幼さの中にちょっぴり大人のムードを付け加えたことが、小学校高学年から中学生までの女の子をひきつけているようです。

ナルミヤインターナショナル(東京)の「エンジェル・ブルー」や「デイジーラヴァーズ」を始め、スクールバス(大阪)の「3年2組」、興和(名古屋)の「ペンティーズ」などのブランドは、小中学生向けのファッション誌「ニコラ」「ピチレモン」「キャンディ」などで紹介される度に、毎月売上げを伸ばしています。

 ヒットの理由は何でしょうか。『モーニング娘。』や雑誌モデルなど、子どもたちのアイドルが低年齢化して、その影響が広がったことが一因でしょう。八〇年代のブランドブームを経験した母親たちが、あれこれとアドバイスしているのかもしれません。だが、最大の理由は、彼女たちがコギャルたちより数の少ない世代に属していることです。

同じ年に生まれた同期の集団を「コウホート」といいます。コウホートが大きいほど、競争が激しくなりますから、しっかりものが多く、優秀なスポーツ選手やセールスマンが出ますが、ゆとりが少ないため流行を生み出す能力には欠けています。逆にコウホートが小さい場合は、競争が少ないため、ぼんやり型が増えますが、ゆとりがありますから流行やファッションには強くなります。

現在五〇歳前後の団塊の世代や、二〇代後半の団塊ジュニア世代は、コウホートが大きい集団です。他方、四〇歳前後の新人類世代や、二〇歳以下のポスト団塊ジュニア世代は小さい集団です。このため、八〇年代に「オールナイターズ」ブームを作りだしたのは、当時二〇代後半の団塊OLではなく、新人類の女子大生たちでした。九〇年代にコギャルファッションを作りだしたのは、団塊ジュニアの女子大生ではなく、ポスト団塊ジュニアの女子高校生たちでした。どちらもコウホートの小さい世代だったのです。

今、二一世紀に入って、ポスト団塊ジュニアは息切れしています。いつまでもコギャルやガングロではないからです。そうなると、流行の発信源は、もっと数の少ない新人類ジュニアに移りますから、中学生や小学生にスポットが当たっているのです。

少産・少子化が続いている以上、こうした傾向はこれからますます広がります。そこで、この需要を狙って、ワコールはジュニア向けの「グッドアップジュニア」を、カネボウコスメットは初心者用メーク化粧品「YEAH!」を売り出すなど、新しい商品が次々に発売されています。ジーンズ業界でも、こうした波に乗って、新たな商品を開発することが必要でしょう。




TREND NOTE 31・1(2001.09)

“SSK”を知ったいますか?

三つの女子大のイニシアル
  “SSK”って、何でしょう? ファッションに詳しい人なら多分ご存じでしょうね。今年のヤングファッションをリードしている“名古屋系”スタイルの代名詞で、名古屋にある三つの女子大、椙山女学園大、愛知淑徳大、金城学院大のイニシアルです。

この四月から、私もSSKの一つで「マーケティング論」を教えていますが、広い教室を見渡してまず感じるのは、パステルカラーやドット柄など“キュート”で“カラフル”なファッションが多いことです。だが、一番違っているのは、これまでのヤングファッションに比べて格段に“エレガント”なのです。カングロやジージャンを見飽きた目には、とりわけ“品のよさ”が目立ちます。

名古屋系、実は神戸系
  “名古屋系”ファッションは、もともとは「クレイサス」や「M-プルミエ」といった“神戸系”ブランドです。
クレイサス(東京ブラウス株)の場合、八〇年代の終わりから、芦屋風の上品な「お嬢さま」ブランドとして、関西を中心に伸びてきましたが、九〇年代はディスカウント化やカジュアル化の逆風をまともに受けて、しばらく伸び悩んでいました。

ところが、九九年の秋からSSKの女子大生の間で、急に人気が高まりました。この動きを「JJ」「Cancam」といった女性誌が連続して特集しましたので、次第に全国的なブームとなりました。クレイサスは今春から東京にも進出して、主なデパートの有力テナントになっています。

時代の感性を先取りした!
こんな流行り方はかなり珍しいことです。流行は東京から一方的に流されるのが普通でしたが、SSKファッションは名古屋や神戸といった地方都市からも、新しい流行が発信できることを示したからです。

 もともと名古屋や神戸のファッションは、上品さにこだわります。SSKの女子大生たちも、いくら東京で流行ったからといって、ケバケバしい“渋谷系”やティーンズ向けの“代官山系”はちょっと敬遠します。それより、「お母さんも安心してくれるスタイル」を求めるのです。

この選択が時代のニーズを先取りしました。バブル崩壊後、倹約志向の高まりで、ラフなジージャンや薄地のキャミソールなど、カジュアルファッションがヒットしました。とりわけ、この二、三年は、性別や年齢差を問わない“ユニクロ”系ファッションが全盛でした。こうした流れがあまりに強かったため、その反動として、“女の子にふさわしいお嬢さまスタイル”への期待が、いつのまにか生まれていました。いち早くそれに気づいたのがSSKだったのです。

 時代の先取りは、流行にどっぷり漬かっている東京よりも、東京を冷静に見られる地方都市のほうがいい。ジーンズ業界も、この変化を見逃してはいけない、と思います。




TREND NOTE 30(2001.05)

21世紀のヒット商品は“アルブル”型から“リゾーム”型へ

今年のヒット商品を予測す
 二〇〇一年、二一世紀最初の年の「ヒット商品」には、どんなものがあがってくるのでしょうか? ちょっと時期が早いようでですが、大胆に予想してみましょう。 

食品では「そばめし」や「チョコエッグ」が有力です。そばめしは細かく刻んだヤキソバにご飯を炒め合わせた冷凍食品、チョコエッグは動物ミニチュアの“おまけ”が中に入っている卵型チョコレートです。どちらも売れ切れ続出で、出荷延期になるほどです。

 お酒では発泡酒市場に新規参入して大ヒットした「アサヒ本生」。IT関連では、大型カラー画面でiモード対応の携帯電話「DOKOMO503iシリーズ」や、二〇〇万画素以上の「新機能デジカメ」。電化製品では、全自動で洗濯から乾燥までできる「洗濯乾燥機」や、汚れた排気を少なくした「新タイプ掃除機」などが、それぞれ有力でしょう。

そしてファッションでは、男性向けに一万九〇〇〇円と二万八〇〇〇円の「ツープライスーツ」、女性向けには迷彩色に代表される「ミリタリーファッション」などがあがってくるでしょう。

出にくくなった大ヒット商品
 このように、今年もそれなりにヒット商品が生まれる、と思います。大ヒットとまではいかないまでも、中くらいのヒットなら幾つか出てくるでしょう。

もっとも、一九七〇~八〇年代には、小型車、電子レンジ、ウォークマンと、私たちの生活を一変させた超大型のヒット商品が次々に生まれました。だが、近頃ではそうしたヒットは出にくくなっています。「個人消費が低迷しているのは、超大型ヒット商品が出ないためだ」と説明する評論家もいるほどです。

 一体、これはどうしたことでしょう。一般的には、ライフスタイルの成熟に伴って、ユーザー一人ひとりの求めるものが多様化し、一つの新商品に飛びつかなくなったからだ、といわれています。メーカー側にも、IT以外の技術がほとんど成熟期に入ったため、魅力的な新商品を送り出せなくなった、という事情もあるようです。

だが、本当にそれだけでしょうか? もっと別の理由があるのではないでしょうか?

流行には三つのタイプがある!
今から二〇年ほど前、フランスの思想家G・ドゥルーズとF・ガタリは「世の中のしくみにはアルブル、ラディセル、リゾームの三つのタイプがあり、次第にリゾームへ近づいていく」と予測しました。アルブルというのは「樹木」の意味で、「ピラミッド型」に近いタイプ。ラディセルというのは大根のように、太い根に小さな根が生える「側根」タイプ。リゾームは竹林やたんぽぽのように地下を這いつつ結節点から芽を出す「ネットワーク型」のタイプです。

この理論を流行現象に当てはめると、従来のヒット商品が“アルブル”型であったのに対し、これからは“リゾーム”型に変わっていく、ということになります。その理由として、次の三つが考えられます。

一つは供給過剰がますます進むこと。二〇世紀には、近代的なライフスタイルが世界各地へ急速に浸透しましたが、商品の供給がそれに追いつかない状況が長く続きました。ところが、冷戦が終結した九〇年代以降は、それまで軍事用品を作っていたメーカーも、いっせいに消費財の生産に向かいました。また発展途上の国々も次々と工業化を進めていますから、消費財では世界的な供給過剰が始まっています。この傾向は二一世紀の基調となるでしょう。

加えて、日本では二〇〇五年前後から人口が減り始めます。人口が減れば、ユーザーの数も減ってきますから、消費の需要も縮小します。一方で供給が溢れ、他方で需要が減れば、当然の結果として供給過剰になります。

供給過剰が進むと、メーカーよりもユーザーの力が高まります。溢れるような商品の中で目を肥やした、個性的なユーザーが、次第に消費市場をリードするようになります。
 これに対応していくには、メーカー側の生産・販売のしくみも、これまでの少品種・大量生産型から、きめ細かく需要を細分化していく多品種・少量生産型に移っていかざるをえないでしょう。そうなればなるほど、ヒット商品の生まれ方も、小粒で分散する形になっていくのです。

ライフスタイルをヒットさせる!
二つめはIT技術の進歩で“e-プロダクト”が増えること。九〇年代のIT革新はeコマースを急拡大させましたが、二〇〇〇年代に入ると、この傾向はいっそう進み、ユーザー自身が独自のオーダーを直接メーカーに発注し、メーカーもまた積極的にそれに応える“e-プロダクト”態勢が広がっていくでしょう。こうした新しい発注・生産・流通ルートが拡大すると、大量生産の既製品的なヒット商品は生まれにくくなってきます。

三つめは流行の発生源が若者中心から多世代に分散していくこと。二〇世紀の日本では、人口構成が高齢層より若年層の方が多い「ピラミッド型」でしたから、流行や消費のリーダーは若者に集中していました。ところが、二一世紀になると、人口構成は若年層より高齢層の方が多い「逆ピラミッド型」になっていきます。そうなると、ユーザーの構成も多様化しますから、ヒット商品の発生源も分散することになります。

このように、二一世紀のヒット商品は、ますます分散し小粒になっていくことが予想されます。一つの商品が大ヒットするという“アルブル”型より、中規模のヒット商品が連りつつ、全体として一つのライフスタイルをヒットさせる“リゾーム”型の可能性が高まってくるのです。

アパレル産業のヒット商品もまた、ITからインテリアまで、関連商品との連携の中から生まれることになるでしょう。




TREND NOTE 29(2001.01)

29.世紀が変わる・社会が変わる・2・・・21世紀のファッショントレンド

このコラムでは、前回、さまざまな角度から二一世紀の世界と日本のゆくえを展望してきました。

 世界的には、ネットワーク化や人口爆発が進む中で、グローバル化とブロック化のせめぎあいが予想されます。一方、日本では人口減少が始まって、ゼロ成長が当たり前となりますので、少なくなった労働力を補うための「マン・マシン共働型生産」や、減っていくお客さんに向けての「質的充実型商品」が必要になります。

さらにIT技術を活用して、「多品種・少量─販売」方式を拡大させたり、ユーザーとともに商品を創造する「インタラクティブな商品開発」方式も広がっていくでしょう。
 こうした変化は、私たちの暮らしをどのように変え、どのようなファッションを流行させるのでしょうか?

◆せめぎあう近未来風とエスニック風
 インターネットに代表されるIT技術の発展は、グローバル化を推し進めます。
二一世紀に入ると間もなく、高速で大量な情報流通網(ブロードバンド)が普及しますから、リアルな音声と生々しい映像によって、あらゆる情報が瞬時に世界中を飛び交うようになります。このため、新奇なデザインや斬新なカラーなどの新しいファッションも、ほぼ同時に世界中に流れて、二〇世紀以上に同じ流行現象を引き起こすでしょう。

また、そのモードはスペース(宇宙)、メカニック(機械)、サイボーグ(人造人間)などをイメージした、無国籍で無機質な近未来風になります。グローバル化する世界を象徴しているからです。

だが、グローバル化に対抗するように、ブロック化の動きも高まってきます。ボーダーレス化や無国籍化があまりに激しく進むと、世界各地の人々は、自分たちの言葉や伝統や文化が崩れることを恐れるようになります。さらに二〇二〇年代が近づくにつれ、食糧・資源・エネルギーの不足が目立ってきますから、各国はブロックを作ったり国境の壁を厚くして、自衛に走るようになります。

となると、ファッションの分野でも、伝統や民俗などそれぞれの独自色を見直して、現代風にアレンジしたデザインやカラーが、逆に流行するようになります。いわゆるエスニックデザインです。

 二一世紀の世界では、政治や経済がグローバル化とブロック化で激しくせめぎあう中で、ファッション・トレンドにおいても、近未来風とエスニック風が強烈に張り合うことになるでしょう。

◆“助六”ファッションが復活する?
 世界のファッション・トレンドを受けて、日本のファッションもまた、一方ではコスミック(宇宙的)でメカニックな近未来デザインに近づいていきますが、もう一方では、日本固有の伝統的なデザインやカラーに回帰していくことが予想されます。

 一番強く復活してくるのは、江戸中期のファッションでしょう。二一世紀の日本では人口が減っていきますが、江戸中期もまた人口が減る時代だったからです。

江戸中期のファッションは、ほとんどが遊廓と歌舞伎小屋で生まれました。遊廓からは、刺繍入りの着物、曙染めの友禅模様などが生まれ、また歌舞伎小屋からは、名優の衣装をまねて、水木辰之助の「水木帽子」、上村吉弥の「吉弥結び」、初世沢村宗十郎の「宗十郎頭巾」を始め、小太夫鹿子、市松染、亀屋小紋、仲蔵染などの染め模様が流行しました。

カラーでも、二世瀬川菊之丞の「路考茶」、初丗尾上菊五郎の「梅幸茶」、五世岩井半四郎の「岩井茶」など、渋茶、鶯茶、利休鼠、萌葱(もえぎ)など、落ちついた色が主流となりました。
 決定版は二世市川団十郎の生み出した「助六」です。黒羽二重の無地の小袖に紅絹裏(もみうら)、浅葱(あさぎ)の襦袢、綾織の帯、鮫鞘の刀に桐の下駄という、世界に類を見ない斬新なデザインとユニークな色使いで、江戸の人々を圧倒したのです。

 江戸中期の社会は、人口の停滞で少産・長寿化が進み、インフレ・デフレが繰り返される時代でした。その中で、渋い色、小紋、裏地など、極めて成熟したファッションが創造されました。表面的な華麗さを“野暮”とみなし、裏側の抑えられた趣向を“通”や“粋(いき)”として尊ぶ、江戸町人の洗練された美意識です。

 とすれば、人口減少の進む、二一世紀の日本でも、同じようなファッションが復活してくることが予想できます。そして、それが日本発のニュートレンドとして世界中に発信されていくことになるでしょう。

◆新しいビジネス・チャンスの時代
 他方、IT、新素材、バイオテクノロジーなどのハイテクの進展で、ファッション産業のあり方も変わってきます。

二〇世紀が同じデザイン、同じカラーの商品を大量に生産し、大規模に販売した時代であったのに対し、二一世紀はますます個性化するユーザーの一人ひとりに向けて、独自のデザインとカラーを提供していくことが求められるようになります。

 そこで、ITを使いこなして、個々のユーザーから直接注文を受けつけ、オーダーやイージーオーダーで生産する企業が増えてきます。あるいは、半製品を個別に提供して、ユーザーが自ら完成させるような商品、さらには個々のユーザーが自分の体に合わせて立体裁断する、イッセイ・ミヤケの「A-POC」のような商品など、メーカーと流通業とユーザーの境がなくなり、それぞれが一体化していくことになるでしょう。

世界の人口が爆発し、日本の人口が減るからといって、二一世紀が暗い時代になると考えてはいけません。二〇世紀とはまったく違った、さまざまなビジネス・チャンスが次々に現れる、大変面白い時代になると期待したほうがいいのです。




TREND NOTE 28(2000.12)

世紀が変わる・社会が変わる・1・・・21世紀に何が変わるか?

さあ、いよいよ二一世紀、新しい世紀が始まります。次の一〇〇〇年間に、世の中はどのように変わっていくのでしょうか? このコラムでは、今回と次回の二回に分けて、さまざまな角度から二一世紀を展望してみます。今回はまず、二一世紀の社会が二〇世紀と比べ、何がどのように変わっていくのか、を考えてみましょう。

◆人口爆発とネットワーク化の世紀へ
地球単位で考えると、二〇世紀は、科学技術が急速に進展するとともに、幾つかの近代国家が強くなった結果、第一次、第二次の二つの世界大戦が起こるなど、国家間の紛争が相次いで発生した時代でした。これに対し、二一世紀は、ネットワーク化と人口爆発を中心に、国家間の関係がより複雑になっていくでしょう。

 ネットワーク化では、インターネット、衛星放送、国際航空網などの進展で、情報、商品、お金、人材などが国境を超えて激しく飛び交うようになりますから、表面的には社会・経済の「グローバル化」や、国境が消えていく「ボーダーレス化」が進んでいきます。

その一方で、世界の人口が二〇二〇年代に八〇億人を超えると、食糧・資源・エネルギーの争奪戦が始まります。同時に大気汚染、温暖化、水質汚染など環境問題も深刻化します。こうした危機を乗り切るため、世界中の国々は食糧・資源と工業製品、環境余力と環境技術など、互いの利害を補い合えるような国との間で連携を強め、いわゆる「ブロック化」へと進みます。これは新たな“境界”が生まれることですから、「ボーダーフル化」といえます。

結局、二一世紀の世界は、「グローバル化」や「ボーダーレス化」という、二〇世紀的なトレンドと、「ブロック化」や「ボーダーフル化」という、二一世紀型の新トレンドが、激しく衝突する時代になるでしょう。

◆人口減少へ向かう日本
激変する国際環境の中で、日本はどのように変わっていくのでしょうか?
最も大きな変化は、人口が増える社会から減る社会へ変わることです。日本の人口は、二〇〇四年に約一億二七〇〇万人でピークを迎え、その後は一貫して減り続け、二一世紀の終わりに五〇〇〇万人、多くても七〇〇〇万人ほどになります。つまり、日本の社会は、二〇世紀の「人口増加社会」から、二一世紀には「人口減少社会」へ移っていくのです。

二〇世紀には、増加する人口に向けて、所得を分け、さまざまな商品を供給するために、GDP(国内総生産)を毎年伸ばす必要がありました。しかし、二一世紀には人口が減りますから、食べるもの、着るもの、住むところなど、いずれも需要が減っていきます。他方、働く人も減りますから、経済は需要・供給がともに縮小し、GDPは減少傾向になります。だが、なんとかGDPを一定に保つことができれば、人口が減る分、一人当たりの所得は高まります。つまり、二〇世紀の「GDP拡大経済」に対して、二一世紀には「ゼロ成長経済」が当たり前になるのです。

もっとも、一人当たりの所得を増やすためには、少なくなった人口でなんとかGDPを維持しなくてはなりません。そこで、ロボットやパソコンを駆使して、労働生産性をあげることが求められます。人数は減っても、こうした機器を使いこなす社員が増えれば、会社の生産は落ちません。となると、商品の製造体制では、二〇世紀の「労働集約型生産」に対して、二一世紀には「マン・マシン共働型生産」が主流になっていくでしょう。

その一方で、お客さんも減っていきますから、同じものを同じ量だけ売っていては、売り上げが落ちていきます。これを避けるには、一人のお客さんが沢山買いたくなるような商品や、値段が高くても買いたくなるような商品を、次々に開発していくことが必要です。つまり、商品開発の目標は、二〇世紀の「量的拡大型商品」に対して、二一世紀は「質的充実型商品」が中心になっていきます。

◆ITを活用した生産・販売体制へ
 そこで、「マン・マシン共働型生産」や「質的充実型の商品開発」を効率的に進めていくには、現在、急速に進展している「IT(情報技術)」を積極的に活用することが望まれます。二一世紀に入ると、ITはますます進化し、需要と供給の両面を大きく変えていくからです。

お客さんの側では、インターネットで世界中の豊富な情報を集めて、選択眼を肥やしますから、ワン・ツー・ワンで商品やサービスを求めるようになります。他方、メーカーや流通業では、売れ行き情報が直接売り場から把握できるうえ、Eコマースによる直接販売も拡大しますから、きめ細かな生産ができるようになります。またお客さんから直接細かいオーダーを受けつける個別注文生産も可能になります。その結果、生産-販売体制は、二〇世紀の「少品種・大量生産-販売」から「多品種・少量生産-販売」に変わっていくでしょう。

さらにITは、動画や映像などイメージの流通を盛んにして、バーチュアル・リアリティー(仮想現実)の世界を広げます。商品開発でも、さまざまな仮想実験が可能になりますから、大胆なカラー、ユニークなデザインはもとより、ユーザーとメーカーが協力して斬新なデザインを作り上げるといった、より付加価値の高い商品の開発ができるようになります。その意味で、商品開発は、二〇世紀の「機能的開発」から、二一世紀には「インタラクティブ(相互対話)的開発」の時代に変わっていくでしょう。

以上、幾つかの視点から、二〇世紀と二一世紀の違いを眺めてきました。こうした社会・経済・経営の変化はファッション市場にどんな影響を与えるのでしょうか。それについては、次号で考えてみましょう。




TREND NOTE 27(2000,09)

カメ男・カメ女が増えている!

今年の春先から、都会の街角や電車の中で、カメ男やカメ女を見かけるようになりました。固そうなリュックサック型のバッグを、甲羅(こうら)のように背負った若者たちです。

これは「ボブルビィー」というパソコン専用のバッグです。ポルシェやアルファロメオの製造にも関わった、スウェーデンの 工業デザイナー、J・ブランキングが、精密機器を持ち運ぶために考案したもので、強化プラスチック(ABS樹脂)を用いた外枠が、大変衝撃に強く、ノー卜パソコンをしっかり守る構造になっています。

東京・自由が丘の専門店「ボブルビィー・コンセプトストア」では、昨年四月からこのバッグを輸入しています。商品棚にズラリと並んだスェーデン製の商品は、二万四五OO円と二万八五OO円の二種類。ブルー、レッド、メタリックと、豊富なカラーが売り物です。別料金で好みのカラーやデザインに塗り変えることもできますから、最近ではオーダーが急増しているそうです。

ボブルビィーが流行る理由は、なんといってもノートパソコンを持ち歩く若者が増えたことです。昨年度のパソコンの国内出荷台数は、カラーテレビを上回る約一〇〇〇万台。ノートパソコンはその半数を占めていますが、小型とはいえ結構カサ張るし、まだまだ重いのが欠点です。そこで、専用の携帯用バッグが売れているのです。

だが、それだけではありません。近頃ではパソコンを持ち歩く若い女性も急速に増えています。彼女たちからは「もっとカッコよく運びたい」とか「もっとファッションに合わせたい」といった、新しいニーズが生まれています。携帯用バッグにも、安全、丈夫、運びやすさといった機能性に加えて、カラーやデザインといったファッションセンスが求められているのです。

こうしたニーズを先取りしたのが、ボブルビィーでした。光り輝くメタリックや鮮やかなカラートーンは、新しいファッション性を提案したことはいうまでもありません。 そればかりか、SF映画やコミックを思わせる近未来風のデザインが、IT(情報通信技術) 時代を生き抜くヒーローやヒロインといった、最先端のイメージを強めることにも成功しています。

つまり、カメ男やカメ女は、このバッグを背負うことで、ITに強い人間であることを社会に見せびらかしているのです。 近頃ではボブルビィーにパソコンを入れないで、単なるデイパックとして使用する若者も現れています。ポブルビィーはすでに機能性さえ離れて、IT時代を象徴するファッションの一部になっているのです。

毎日の新聞・雑誌からテレビ番組まで、これだけITがもてはやされる時代です。 あらゆる商品がITとの関わりを考える必要性に迫られています。ジーンズについても、ITへの対応を今一度考えてみる時なのかもしれません。




TREND NOTE 26(2000,05)

リメークジーンズの時代が来た!

今年は春先から、リメークファッションがブレイクしています。手持ちのデニムのパンツやスカート、古くなったニットやシャツなどに、スパンコール、ビーズ、ラインストーンなどを縫いつけて、最新のファッションに変えてしまうものです。

この流れに乗って、いくつかのデパートでは、リメーク調の商品を増やしています。西武百貨店の池袋店では、二十歳前後の女性向けに、ジーンズやジージャンのすそにビーズテープ、チロリアンテープなどを縫いつけたもの、花や草模様を刺しゅうでワンポイントにしたもの、古着のジーンズをほどいて別布をあて、ロングスカートに加工し直したもの、スカートのすそに別布のフリルを幾重にも重ねて縫いつけたものなどを、新しいアイテムとして揃えています。 またプランタン銀座でも、取り扱いブランドの約半分に「リメーク調」を導入していますし、東武百貨店の池袋店では、ヤング層をターゲットに、三月まで「リメークジーンズコーナー」を設けていました。

リメークファッションが流行るのは、一昨年来の古着ブームやフォークロア(民俗調)ブームを引き継いで、ユーザー自身が自ら手を加えたり、リフォームしたりするトレンドが広がっているからです。とりわけ、デニムでは素材が丈夫で加工しやすいことから、既存の商品にいろいろ手を加えて、作り直すリメークジーンズに人気が集まっています。

そこで、手作り材料を扱う手芸店などでは、すでに昨春からリメーク用の商品を増やしてきました。スパンコールやビーズをテープ状にしたビーズテープ、丸・星・ひし形などの鋲(びょう)、チェーン状のラインストーン、花や草をモチーフにしたチロリアンテープ、リボンパーツ、カラー羽根といったところが売れ筋でした。その中でも鋲はジーンズやジージャンにつけたいという、若い女性が多いため、しばしば在庫切れになるほどです。

最近の若い女性たちのファッション感覚は、もはやメーカーを追い越しています。本当に好きなものが既製品に見つからないと、自分で作ってしまう。自分で作れば安くできるし、自分だけのオリジナルのものも作り出せる。……デパートの動きは、こうした流れを追いかけているのです。

どんな分野であれ、商品の発展プロセスは、素材や品質の「差別化」競争から始まり、それが一応満たされると、カラーやデザインのよさで売る「差異化」競争へ移り、さらにそれが充足されると、ユーザー自身の参加や自己表現などに対応する「差延化」競争へと変わっていきます。この視点からみると、ジーンズ市場もまた、差別化や差異化の時代から、いよいよ差延化の時代に入ってきたといえるでしょう。

 とすれば、新品のジーンズはもとより、生地そのものも、ユーザーが自己表現を活かすための“素材”として、その品質を再評価される時代になってきたのです。



TREND NOTE 25(2000,02)

新しいミレニアムが始まった!


二〇〇〇年という年は、二十世紀の最後の年ですが、同時に二千年紀の最初の年にもあたります。

キリスト教では、ユダヤ教の伝統をうけて、イエス・キリストの生れた年を紀元一年とし、百年単位で世紀(センチュリー)を数えます。だが、一千年という時をキリストの到来から再来までの期間と見立てたり、彼の再来後に至福が継続する期間ともみなして、千年紀(ミレニアム)という時間区分も採用しています。このため、今年は二千年紀の最初の年になるのです。

そこで、昨年末から今年の初めにかけて、さまざまな記念商品が発売されたり、いくつかの記念イベントが行われました。例えば西武百貨店では、各店に「ミレニアムコーナー」を設け、「2000」のロゴが入った食器、時計、衣料、子供服、アクセサリー、化粧品、ワイン、シャンパンなど、約二百品目を販売しています。

その中では、「2000」年ラベルの五千~六千円のシャンパンや、二〇〇〇年に飲みごろになるワインがヒットしました。また 「01-01-00」をデザインした卓上時計と腕時計も好評でした。卓上時計では二〇〇〇年一月一日に文字盤が点滅し、腕時計では音楽が流れるしかけが受けたのです。

一方、ホテル業界では、パークハイアット東京が、大みそかにカウントダウンパーティー「ミレニアム2000」を、パーティーのみ五万円(サービス料・税別)、宿泊込み八万円(同)で催しました。またザ・リッツ・カールトン大阪が「千年に一度の贅沢を」をキャッチフレーズに売り出した、二人で二泊三日のスイートルーム利用は、実に千二百万円(サービス料・税込み)でした。

旅行業界でも、近畿日本ツーリストが実施した、二〇〇〇年一月一日の海外挙式ツアー「ミレニアム・ウエディング」の場合、ハワイ六日間コースが九十八万八千円(二人分)でした。日本旅行も、二〇〇〇年の初日の出を世界の各地で見る「二〇〇〇年の夜明け」シリーズを発売しましたが、豪華客船「飛 鳥」から見る初日の出ツアーは、最低一人百三十万円という高値ながら、三週間で完売したといいます。

こうしてみると、消費者の一部には、長引く不況にもかかわらず、なにか「言い訳」がつけば、かなり高額の商品でも思い切って購入しようとする気分が高まっているようです。消費停滞の一つの原因が暗い気分にある以上、ミレニアムのような「祝祭消費」が喚起できれば、それだけで消費の行方を変えることも不可能ではないのです。

とすれば、今年から来年にかけても、二十一世紀の最初の年を迎える、さまざまな新商品や新イベントをめぐって、新たなヒット商品が生まれる可能性があります。そうした波に乗り遅れないよう、アパレル業界でも対応を急がねばなりません。



TREND NOTE 24(1999,12)

厚底ブームはどこまで続くか?


一〇代の女性たちの間で、“厚底”シューズがブームになっています。二、三年前には一〇センチ程度だった厚みが年々増して、最近では限界ぎりぎりの二〇センチ近くになっています。

今年の春、もう終わりだといわれていたのに、夏になると厚底サンダルとして復活しました。冬のブーツで一旦高いヒールに慣れてしまうと、もはや低い靴には戻れなかったのです。再び秋が来ても流行は一向に終わる気配はなく、なお厚底ブーツへと続いています。一体いつまで続くのでしょうか。

“厚底”が流行する、最大の理由は、この商品が一〇代の女性の美意識や身体感と深く結びついているからです。厚底をはくと、なんといっても足が長くなり、上半身が小さく見え、〇・五頭身分ぐらいスタイルがよくなります。そのうえ、視点が高まって、視野が広がり、優越感さえ感じられます。

さらにこの美意識の裏には、ルーズソックス以来の“コミック感覚”が潜んでいます。ボトムスの比重を高めることで、トップスを小さく見せ、全体のスタイルをコミック雑誌のヒロインのように、足長のイメージへ近づけることができるからです。

ところが、この厚底に対して、世間の目は大変冷たい。大人たちの目には「歩く姿勢が悪い」とか「危険すぎる」と映るようですし、外国人の間からも「足を長く見せたいという“体形コンプレックス”のせいだ」とか、「みんなで同じ格好をするのはカルト教団のようだ」といった批判も増えています。

が、こうした批判をどこ吹く風と、厚底をはく女性たちは聞き流しています。彼女たちにとって大切なのは、なによりもカッコいいスタイルなのですから、コンプレックスとか危険性はいわば覚悟のうえなのです。

とすれば、大人たちも、厚底ファッションをもっと理解を示すべきでしょう。このスタイルは、パリやミラノの流行のまねではなく、あくまでもトウキョウ発、シブヤ発のファッションです。世界最先端のコミック、アニメ、TVゲームを発信している日本の、最も流行に敏感な少子化世代が創りだした、オリジナルなファッションとして、むしろ応援をしたほうがいいのです。

もっとも、流行である限り、厚底ブームもやがては終わります。足の長さよりも、歩き方自体のカッコよさを重視する、新しい流行が生まれてくると、厚底も飽きられます。すでに一部のシューズ店の店頭では、底の低いパンプスタイプが売れ始めているのです。

しかし、今回の流行が終わったとしても、コミックで養われた美意識が残る以上、ベルボトムや肉厚ブーツなど、ボトムス重視の別のスタイルとして、再び復活してくる可能性は高いでしょう。

ジーンズ業界においても、コミック感覚に見合った、新しい商品作りがもっと必要になってくるのです。



TREND NOTE23(1999.09)

カリスマ”ブームはなぜ起こった?


 “カリスマ”を頭につけた職業が、この春からブームになっています。カリスマ店員、カリスマ美容師、カリスマ料理研究家といった人たちです。

東京・渋谷のファッションビル「109」には、ほとんどの店にカリスマ店員が配置されています。例えば、ボディーラインを強調したセクシーカジュアルの超人気店「エゴイスト」。同店のカリスマ店員の一人は、身体にピッタリのラメ入りの黒いノースリーブに、ひざ上丈のミニスカート、靴底一五センチ以上のサンダルを履いて、首には十字架のペンダントをぶら下げています。

彼女の周りを、二〇歳前後の若い女性たちがとり囲み、あれこれとアドヴァイスを受けています。「一緒に写真を撮らせて」と記念撮影を頼まれたり、ファンレターさえ送られてきます。この店でこの店員が着たファッションが話題になると、そのまま人気ブランドになっていくのです。

また東京・原宿のヘアサロン「アクア」では、三人のヘアデザイナーが“カリスマ”とよばれています。明るい店内にはロックやポップスの音楽が軽快に流れ、個性的なファッションに身を包んだ彼らがハサミを握って、巧みな会話を交わしつつ、顧客の魅力を引き出しています。その様子を、表通りに群がった大勢のファンが、ガラス越しに眺めています。予約の受付日になると、彼らを指名する電話が殺到し、たちまち満杯になってしまうほどだ、といいます。

 “カリスマ”人間がこれほど受けるのは、一体なぜなのでしょう。カリスマとは本来「予言を行い奇蹟を起こして、民衆に大きな影響を与える人」のことです。歴史上の人物でいえば、クレオパトラやナポレオンといった人たちですから、店員や美容師の上につけるにはちょっと無理があります。

だが、恋愛とファッションが最大の関心事の若い女性たちには、そんな難しい話はどうでもいい。彼女たちに必要なのは、もっと身近なカリスマなのです。

これまで恋愛やファッションをリードしてきたのは、有名タレントやトップモデルでした。だが、幼い時からブランドにとり囲まれて育ってきた彼女たちは、お仕着せのブランドを嫌って、自分なりのファッションを求めています。アイドルの恋愛記事を横目で見つつも、実際の恋愛は自分なりの価値観で進めています。

そうなると、自己実現のモデルも、絵に書いた餅ではなく、ちょっと手を伸ばせば、確実に獲得できるものが必要です。そこで、店員のような身近な存在が、一番ふさわしいモデルになります。あるいは、自分なりの魅力をせい一杯引き出してくれる美容師こそ、一番必要な人なのです。

今、求められているカリスマとは、盲目的に服従していく神様ではなく、自分の魅力を最大限に演出してくれる、等身大のプロデューサーなのでしょう。


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