ファッション研究室
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現代社会研究所 RESEARCH INSTITUTE FOR CONTEMPORARY SOCIETY  
この研究室では、ファッションの動向を研究しています。
その成果として、『繊研新聞』に寄稿中の「繊研教室」や、『FASHION VOICE』(カイハラ【株】)に連載中の「TREND NOTE」の中から、最近のコラムを転載します。


『繊研新聞』(繊研教室)



『FASHION VOICE』(TREND NOTE)・・・こちらをご覧ください。


人形愛ブームに潜む2つの消費トレンド(繊研新聞・繊研教室.2004.4.26)

 二つの人形趣味、いわゆる“人形愛”が日本の消費市場で急速に広がっている。

 一つはコミック、アニメ、ゲームなどのヒーローや怪獣などを立体化した“フィギュア”で、中高校生から30〜40代の男性層に浸透している。もう一つは顔、髪、瞳、手足などのパーツを自由に選んで、思いどおりに組み立てる“カスタムドール”や“自己表現ドール”。これには主に、ティーンズから中高年の女性層が熱中している。

◆背景は全能志向と幼児性
 人形愛がこれほど高まったのはなぜか。一つの理由は、全てを思いどおりにしたいという全能志向。科学技術の発展で、身の周りのほとんどを思いのままに動かせるようになった現代人は、恋人や友人さえも意のままにできると思い始めている。だが、現実には無理だから、その代償を人形に求めていく。

  もう一つは、寿命が伸びて、大人になる時期がくりあがったこと。いつまでも「こどもでいたい」と意識が中年世代にまで広がり、社会全体に幼児ムードを強めている。

 二つの理由で、フィギュアであれドールであれ、人形愛には、幼児性や自己愛性など、どこか歪んだムードがつきまとう。だが、フィギュアとドールの間には微妙な違いもある。

 例えばフィギュア派は、仮面ライダーやウルトラマンなどのロボット、エイリアンやゴジラなどの怪獣物といった、既成のキャラクターを収集し、それらを眺めながら、自らの王国を築くことに熱中する。つまり、彼らは社会的メディアの創りだした既成の“記号”を追い求めて、それらを所有したいという“欲望”を募らせているのだ。その意味では、高級ブランドやカリスマ美容師を追い求める心理と共通している。

◆記号消費と象徴消費の差
  これに対し、ドール派は、さまざまな素材の中から好みの部品を探しだし、自らの手で組み立てて、化粧や衣装を施すなど、「自分で育てる」ことに関心がある。言い換えれば、「抱きしめたい」とか「抱かれたい」など、主に自己愛を実現する手段として、人形を求めているのだ。

 この場合の人形は、分析心理学者、C・G・ユングのいう“象徴”に相当する。象徴という言葉にはいろいろな意味があるが、ユングによると、それは夢や幻想の中に現れるイメージ、つまり言葉になる前の意味体系をさす。はっきり形の固まった“記号”に対し、未だドロドロした段階のイメージのことだ。

  とすれば、フィギュア派とドール派の間には、「記号消費」と「象徴消費」という、相反する消費傾向が潜んでいる。いささか矮小だがどこか健全さも漂うフィギュアに対し、ドールには頽廃性や嗜虐性さえ匂うのは、まさしくそのせいだ。

  つまり、ドールは生理的な“欲求”でも、情報的、文化的な“欲望”でもない、無意識次元の“欲動”の産物である。欲動とは、私たちの肉体や感覚が、周りの環境世界に直接触れた時、瞬時に生まれる反応のそのものだ。それゆえ、言葉や理性がつかみとれない、不気味な深淵をくろぐろと垣間見せることになる。

◆現代アート化するドール
  “欲動”志向は、現代アートの世界にもっと強く現れている。さきごろ東京都現代美術館で開催された「球体関節人形展」は、まさにドールのアート版だった。この人形は、手足の関節に球状の接合部を入れて、どんなポーズでも可能にしたもので、16世紀のヨーロッパに起源がある。60年代末期に渋沢龍彦や種村季弘らフランス文学者が紹介したため、四谷シモン、天野可淡、吉田良など人形作家が、日本独自の“アート人形”を生み出した。

 彼らの作品には、幼児愛、自己愛、物神愛など、倒錯したエロティシズムがより強く漂っている。それに魅せられて、会場には10〜20代の若者から40〜50代の女性層までが押しかけた。

 以上の流れを読み解くと、昨今の人形愛ブームが示しているのは、現代日本人の感性のゆらぎである。一方では欧米ブランドを追い求める“欲望”派が闊歩しているが、そのすぐ裏側では“ゴスロリ”や“コスプレ”を好む“欲動”派が増殖しつつある。

 モードの明日を予測するためには、一方だけでなく、もう一方の動きにも注意を払わなくてはならない。




レトロブームの背景を考える(繊研新聞・繊研教室.2003.12.22)

◆六〇〜七〇年代のレトロがブーム
  流行の最先端で今、一九六〇〜七〇年代のレトロムードが復活している。

  音楽市場ではサザンやユーミンらのカバーCD、テレビCMでは七〇年代調のウィスキーやミニスカート、テレビドラマでは「高原へいらっしゃい」や「白い巨塔」のリメーク番などがヒットしている。

 また玩具ではメンコやベーゴマを現代風にアレンジした復刻おもちゃ、食品では小型フィギュアーやさまざまなおまけ付きの菓子、さらには商店街でも、昭和三十年代をイメージした「台場一丁目商店街」や「池袋餃子自慢商店街」などに人気が集まっている。

  こうした流れに乗って、ファッション市場でも、六〇年代調のモダン・クチュールや七〇年代調のレトロ・フューチャーが、再び注目されている。

◆経済学者のあげた背景
  なぜ六〇〜七〇年代のレトロがこれほど流行るのか。経済学者やエコノミストの間では、さまざまな分析や意見が語られている。

  第一は若者市場の縮小と中年市場の拡大という需要構造の変化。二五歳以下の若者市場では、急激な人口減少と携帯電話やパソコンへの消費拡大で、一般消費財の需要が急速に落ち込んでいる。逆に五〇代の団塊世代を中心とする中年市場では、人口増加と子離れによる消費支出の拡大で、需要が次第に拡大しつつある。このため、中年世代を対象にした、新しい商品やサービス、とりわけ彼らの青春時代である六〇〜七〇年代を懐かしむ商品が大きく売り上げを伸ばしている。

  第二は、経費節減ムード浸透で、企業の企画部門でも、新しい企画や実験的な試みで失敗するより、過去にヒットした手法や定番商品で手堅く勝負した方が危険が少ない、という供給側の理由。

 第三は、本格的な高度成長時代だった六〇〜七〇年代を、先行き不透明な低成長下の現在と比較して、なんとか昔の活気を取り戻そうとする復活ムードが、需給両面から期待されているという説。

  以上の分析は、確かにブームの一面をとらえており、単純でわかりやすい。だが、ほとんどが需要と供給の次元に留まっているから、その評価となると「レトロでは世の中に進歩がない」とか「後ろ向きでは新たな需要は生まれない」など、的外れの指摘に終わっている。

◆社会心理学的に読む
  とすれば、これらの見方はやはり皮相的ではないか。もっと深く、社会心理学的な視点に立つと、より本質的な要因が見えてくる。

 一番大きな理由は“懐かしさ”という要素が、私たちの生活願望の中で、着実に比重を増していること。中高年にとって過去の思い出とは、単なるノスタルジアではなく、人生そのものを再確認する、有力な手段になりつつある。現時点で自らの半生を顧みることは、これからの人生をじっくり意味づけるための、大切な機会なのである。

 他方、何かと苛立っている若者たちにとっても、セピア色やレトロなモードは、メカニックな未来風デザインよりも、ずっと穏やかな気分を味わえる。つまり、懐かしさは、私たちの暮らしの中に、安らぎや落ちつきを提供する、必須の要素になり始めている。

  二つめは、人口が停滞し減少するにつれ、世の中には「成長よりも成熟を」、「変化よりも不動」を重んじる風潮が高まっていること。そうなると、新しいモノを追い求める消費行動よりも、いつまでも変わらないモノを大切にする意識の方が強まってくる。

  三つめに、現代のような、先行き不透明な時代には、より確かなものが欲しくなること。心理的な不安が高まれば高まるほど、私たちはもっと確実なモノに近づきたいと思う。その時、時間という巨大なスクリーンが濾過した、本物のネウチに触れることで、どっしりとした安定感が味わうことができる。

  このように、需給分析という狭い枠を超えると、昨今のレトロブームの本質がより深く見えてくる。そこに現れるのは、人口増加=成長・拡大型社会から人口減少=成熟・濃縮型社会に向けて、意識的あるいは無意識的に移行し始めている日本人の心の動きである。

  レトロブームとは、今始まりつつある、大きな社会変動の、ほんの予兆かもしれない。



人口減少時代・・・ファッション革命期の可能性(繊研新聞・繊研教室.2003.7.7)

◆人口減少が迫っている
 人口の減少する社会が一、二年後に迫っている。人口が減れば消費者も減るから、個人消費は当然減少していく。アパレル業界にとっても厳しい時代が来ると思いがちだが、必ずしもそうとは限らない。長期的にみると、こうした時代はファッションの一大革命期であるからだ。

 ヨーロッパでは、十四世紀中葉〜十五世紀中葉に人口が急減している。中世の農業生産が限界に達したところへ、ペストが大流行したからだ。アジア南部の伝染病であるペストは、十字軍の遠征や蒙古の拡大に乗じて西へと伝播し、一三四八年にクリミア半島に入ると、瞬く間にヨーロッパ全土に広がって、三年ほどの間に三人に一人を死亡させた。なにやら今回のSARS(重症急性呼吸器症候群)騒動を連想させるような事態だ。

◆モードの一大変革期
 しかし、この時期こそ、ヨーロッパ・ファッションの大きな変革期であった。フランスの中東部で生まれた、いわゆる“ブルゴーニュモード”は、それまでの身を包むような衣服を、あらゆる部分を極端に誇張する様式に変えていった。

 女性の場合は、円錐状の砂糖菓子の形をした帽子「エナン」をかぶり、長い髪はこめかみと額の生えぎわあたりにまでひっつめるか、頭巾の中に隠してしまう。ドレスの襟を大きくえぐった衣服「デコルテ」を着て、たった一着の礼服に何百という数の宝石を飾りつけた。

 男性の場合は、キュッと引き締めた腰まわり、膨らんだ風船のように肩口あたりまでもり上がった袖、足にまで届く長い上着「ウップランド」、ほとんど尻まるだしの短すぎる胴着、円錐状や円筒状の縁なし帽、鳥のトサカや燃える炎のような頭巾、そして足には爪先が長く鋭く反り返った靴「プレーヌ」を履いた。

 こうした変化を、オランダの文化史家J・ホイジンガは「一三五〇年から一四八〇年にかけて流行した衣装髪容(かみかたち)がみせたような度はずれた様相は、すくなくともこれほどまでに一般化し、長期間にわたるものとしては、のちの時代のモードに、二度とみられぬところであった」と鋭く指摘している(『中世の秋』)。

◆ルネサンスモードでさらに開花
 このモード革命は、その後ヨーロッパ各地に波及し、とりわけイタリアでさらに華やかに変貌する。例えばフィレンツェでは、ペスト流行の後、豪商メディチ家の支援でルネサンスが開花していたが、それは単に芸術上の「回復」や「新生」を意味しただけでなく、当時の人々のライフスタイルを大きく変えるものだった。

 ファッションでも、十四世紀の中頃から性別や階級で別々の服装を着るようになり、十五世紀に入ると、大富豪や芸術家などの先導で、市民階層もまたいっそうきらびやかな“ルネサンスモード”を創りだした。

 女性の衣装は、衿ぐりを大きくあけ、肩は背中まで出し、腹部を膨らませて、身体のラインをそのまま誇示するように、上に軽く下に重いシルエット。逆に男性の衣装は、肩や胸の筋肉を強調して、脚はタイツ状にほっそりと見せる、上に重く下に軽いシルエット。その上にはおるマントや外套、あるいは帽子や靴などでも、鮮やかなカラーで奇抜なデザインが多用されるようになった。

 以上のように人口減少期には、新たなファッションが生まれている。この背景には、1)人手不足で市民層の所得が上がった、2)基本的な消費財が余剰となり選択財への関心が高まった、3)選択財の需要増加に対応して関連産業が成長した、などの要因が考えられる。

 人口減少がはじまると、当初は経済や消費を萎縮させるが、世の中が慣れてくるにつれ、やがてゆとりが生じ、人々にも遊びやアートを楽しむ余裕が生まれてくる。そこで、ファッションでも、新奇なものや斬新なものへ関心がより強く高まっていく。

 とすれば、今後の日本でも、人口減少が定着する二〇一〇年代になると、ファッションの一大革命が起こる可能性がある。その時、それは新たなジャパネスクモードとなって、世界中に広がっていくだろう。



ポスト・ブランド時代・・・自癒のインナーリゾートへ(繊研新聞・繊研教室.2003.1.27)

◆心の中のリゾートへ
 昨秋発売されたユーミン(松任谷由実)の新作「ウイングズ・オブ・ウインター、シェーズ・オブ・サマー」は、時代の気分を見事にとらえている。

 公式サイトによると、大ヒット作「サーフ・アンド・スノウ」の続編として、「近未来の精神的リゾート」を歌ったものだという。なるほど、冬と夏の季節感という点では同じだが、前作がリゾート気分を盛り上げていたのに対し、新作はクリスマスやサーフィンを素材に細やかな心の動きを追いかけた曲が多い。

 タイトル曲の「ウイングズ・オブ・ウインター…」では、羽毛のように舞い落ちる雪に再会への夢を託し、「ただわけもなく」では真夏の入道雲に別れた人を追慕する。自信作という「ロデオ」では、荒波に挑戦する少年たちの心を、ポリネシアの神話風に描きだす。

 一九八〇年に発売された前作は、スキーやサーフィンなど最先端の風俗を歌って、バブル前期のライフスタイルをリードし、夏季の湘南、冬季の苗場をトレンディーリゾートに仕立て上げた。だが、二〇年後の今では、リゾートの意味が大きく変わってしまった。リゾートとは、もはや具体的な場所をさすのではなく、心の中にあって安らげる気持そのものになった、とユーミンはいう。そこで、前作の「アウターリゾートへ出かけよう」に対し、新作では「インナーリゾートでリラックスしよう」がテーマになったのだ。

 デビューして三〇年、彼女の音楽活動には、常に巧みなマーケティングマインドが感じられる。その最新作が、心の深部や神話というインナーへ向い始めたのは注目に値しよう。

◆ブランドの対極は?
 今、消費市場では“ブランド・マーケティング”が大流行だ。商品ブランドから企業ブランドまで、ブランド戦略がデフレ克服の救世主のようにもてはやされている。
 確かに人口減少で需要が落ちている以上、モノだけでは売り上げが伸びないから、カラー、デザイン、ネーミング、ストーリーなどの“記号”で、付加価値を高めていくことは有効だろう。とりわけ、ブランド戦略は、記号志向に上昇志向が重なっているから、最も有力な戦略になる。

 ブランドにネウチがあるのは、「商標」という“記号”が地位、階級、権威などを示すからだ。モノそのものよりも記号が、ユーザー自身の判断よりも社会的な権威が、それぞれ優先するネウチだから、一旦ファンになると、既存のセレブリティーやステータスを求めて、特定のマークを買い続けることになる。

 だが、そこがブランドの弱みでもある。記号の消費とは、あくまでも外向的、表層的なものだから、いくら追い求めても、心の底から癒されたり、安らげることはない。たとえ上流階級やトレンドリーダーのモノマネはできたとしても、本物の満足には至らない。

 とすれば、ブランド戦略のその先に、“記号”よりも“体感”を、“権威”よりも“自足”を、つまりはアウターな“価値”よりもインナーな“効用”を重視する、新たな対応を考えねばならない。それには、ブランドの対極としての“自癒(セルフヒーリング)”を、いち早く用意することが必要だろう。

◆自分の居場所で寛ぐ
 ミュージック市場では、すでにこうした動きが広がっている。自分の居場所を強く求める宇多田ヒカルや、自閉的・自己愛的な浜崎あゆみのミーイズム系はもとより、元ちとせの『ワダツミの木』や一青窈の『もらい泣き』といった“癒し”系が、多くのファンをつかみ始めている。ここには、権威的なブランド志向を脱し、より身近なセルフ・ヒーリングへと向かいはじめた、時代のトレンドが読み取れる。

 ユーミンの新作は、ミーイズムとヒーリングのクロスするインナーリゾートを提案することで、こうした時代のニーズを的確にとらえている。ただ、あまりにも知的すぎる発想や大人向けの洗練された歌詞が、幼稚化するファン層に受け入れられるか、との一抹の不安はある。だが、そうだとしても、彼女の触覚が時代のゆくえをつかんでいるのは間違いない。



記号消費の時代・・・ワンポイントマークのゆくえ(繊研新聞・繊研教室、2002.8,26)

◆「おじさん印」がなぜ受ける?
ワニ、クマ、ペンギンから傘やパイプまで、昔懐かしいワンポイントマークが消費市場で復活している。

七〇〜八〇年代には、団塊の世代や“ハマトラ”女学生に強く支持されていたマークだが、九〇年代に入るといつしか「おじさん印」に変わってしまった。ところが、昨秋あたりからスポーツウェアの街着化が進むにつれて、急速に復活。アパレルメーカー各社も、メインのポロシャツに加えて、スカート、パンツ、スニーカーにまでワンポイントを広げている。

懐かしさから四〇代以上が手にするのはわかるが、今飛びついている一〇〜二〇代の若者たち。彼らはなぜワンポイントを求めるのだろうか。

◆ワンポイントの“意味”とは何か?
ワンポイントマークの商品が売れるのは、ブランドのロゴと同様、その記号が“消費”されるためだ。

記号学によると、一つの記号(言葉)とは、シニフィアン(意味を担う音声、文字、マークなど)と、シニフィエ(意味される対象)が結びついたものだが、その結びつき方には「外示」と「共示」の二つのケースがある。

外示とは、一つのシニフィアンが直接的、具体的に一つのシニフィエと結びついている場合、また共示とは、一つのシニフィエが社会の中でさまざまに使われているうち、間接的、抽象的なシニフィエを示すようになる場合だ。例えば「ハト」という音声は、鳥の一種を外示しているが、「タカ」と対比されているうちに、「ハト派」という平和主義者を共示するようになる。「イヌ」というシニフィアンも、小動物の一つをシニフィエとしているが、犬の性格が反映してくると、「官憲の手先」を意味することになる。

このため、水鳥を示す「ペンギン印」も某社の製品を示すマークに選ばれると、その品質、デザイン、価格などと結びつき、さまざまな“値うち”を保証する記号になる。さらには購入者の階層や地位などとも一体化して、一定の流行やセンスも表すようになる。

記号の消費とは、この共示的な“意味”をユーザーが身にまとうことである。

◆小さな“物語”を求めて
こうした記号消費のうち、昨今の消費市場で一番もてはやされているのは、いうまでもなくLV(ルイ・ヴィトン)やCC(シャネル)といった、高級ブランドのロゴだろう。

企業名のイニシアルを加工したロゴは、特定のメーカー製を示すことで、同時に高い品質や優れたデザインを保証し、さらにはその商品を愛用する、ハイクラスのユーザー層をも共示している。このため、ロゴそのものがノビリティー(高貴)やセレブリティー(名声)の象徴となって、ブランドマニアの主婦やOLたちを引きつける。

ところが、ワンポイントマークの場合は、同じように製造者を示しているものの、目標とするシニフィエはもっと活発で軽やかなイメージだから、可愛らしい動物や身近な小道具が選び出されて、キャラクター化されている。そこに、若いユーザーの入り込む余地があった。

 コミック、アニメ、ゲーム文化の中で育ってきた、昨今の若者たちは、それらのキャラクターの上に、自らのアイデンティティーを重ねている。ファッションでも、上品だが疎遠なロゴよりも、単純だが身近なマークの方が自分自身を表現しやすい、と思っている。 つまり、彼らにとっては、上流や名声といった大きな“物語”よりも、自分の分身という身近な“物語”の方がずっと大切なのだ。そこで、若者たちは手軽に自らと一体化できるアニマルキャラクターの一つとして、ワンポイントマークを受け入れたのではないか。

もしそうだとすれば、今後より期待できるのは、もっと自分自身を反映できるキャラクター衣料だ。すでにイタリアの若者たちの間では、ノーブランドのポロシャツにさまざまなシールを勝手に張りつけるシールファッションが流行し始めている。

ワンポイントマークの次に来る流行は、より個性化したカスタマイズドマークだろう。



21世紀の値打ち・・・ユーザー1人ひとりの効用から(繊研新聞・繊研教室,2001,2,21)

【A−POCがグッドデザイン大賞に】
イッセイミヤケの「A−POC」が、二〇〇〇年度のグッドデザイン大賞に決まった。

周知のように、「A−POC」は、一枚の布から服が生まれるという、新発想の商品。ユーザーが店頭で、特製のテキスタイルからカットソー、スカート、パンツなどを、自分のサイズに合わせてカットしたり、適当に切れ目を入れて、自由にデザインを創作できる。

受賞の理由は、このシステムが大量生産−大量流通システムを超えるデスクトップ・マニュファクチャリングの先行事例となったこと。特定のデザインや商品そのものではなく、さまざまなデザインを創り出していく“しくみ”そのものが選ばれたという点では画期的なことだ。

だが、「A−POC」が優れているのは、それだけではない。より重要なことは、アパレル商品の値うちを、“差別化”や“差異化”次元から“差延化”次元へ大きく移行させたことだ。大げさにいえば、二〇世紀的な値うちから二一世紀的な値うちへの革新なのである。

【差別化から差異化へ】
これまで、アパレル商品の値うちとは、機能性と記号性の二つに集約されてきた。

最も基本的な機能性は、暑さ寒さを防いだり、怪我や他人の目から身を守る値うち。また記号性は、ユーザーがその地位、階級、職業などを自己主張したり、趣味、好み、センスなどを自己表現できるような値うち。優れたアパレル商品には、この二つの値うちが巧みに絡まり合っている。

もっとも、アパレル産業の供給力が未熟で、かつユーザーの関心もモノの機能に向かっていた一九六〇年代ころまでは、丈夫さ、肌触りのよさ、保温性、洗濯の簡単さなどの訴求がマーケティングの中心課題だった。こうした機能性が他社の商品より優れていることを強調するのが“差別化”戦略である。

その後、七〇年代に入って、大量生産・大量流通体制が確立され、豊富な商品が市場に供給されるようになると、どのメーカーの商品も機能性ではほとんど差がなくなった。他方、溢れるような商品の中で、生理的、機能的な「欲求」を一通り満たしたユーザーは、今度は文化的、情報的な「欲望」に基づいて商品を求めるようになった。そこで、マーケティングにおいても、カラー、デザイン、ネーミング、ブランドなどの記号で差をつける“差異化”戦略が急速に台頭してきた。

差異化とは、モノの機能というより、モノにまつわる、さまざまな“意味”の差を訴えかけることだが、実をいうと、この言葉は、現代思想の術語を借用したものだった。七〇年代初頭、フランスでは記号学が隆盛となり、思想家R・バルトの「記号分析」や、社会学者J・ボードリヤールの「記号消費」という概念が提起された。これらはいずれも「記号の価値とは差異で決まる」という近代記号学の開祖F・ソシュールの発想に基づいていた。

【新しい付加価値を求めて】
 九〇年代に入ると、冷戦構造の終結や世界的な不況の中で、消費財の供給過剰が進み、価格破壊も進んだ。その混乱は二一世紀にも持ち込まれたため、昨今のマーケティングでは、新たな価格戦略なのか新しい付加価値の創造なのか、今後の方向にとまどっているのが現状だ。

だが、振り返ってみると、その答は八〇年代の消費理論の中にすでに潜んでいた。記号学や構造主義の消費理論とは、一面では確かにデザインやブランド消費の深層を解明するものだったが、同時にそれらを超えて、人間の生活や消費の本質にも迫っていた。

例えば、F・ソシュールの記号学の本質は、記号に支配される人間の描写ではなく、それを操作し生成していく個人の力を見つけ出すことにあったし、レヴィ=ストロースの構造主義は、構造への「服従」ではなく、構造の「変換」に力点がおかれていた。さらにはJ・クリステヴァの「記号生成論」や丸山圭三郎の「欲動論」なども、記号化社会の分析というより脱記号化への展望を強力に主張するものだった。

【差延化という新戦略】
こうした思想を統合する立場から、ポスト構造主義の主導者、J・デリダは、言葉の意味が発話主体によって同一性を保っているパロール(話し言葉)と、読み手によって多様に解釈できるエクリチュール(書き言葉)の間のズレを利用して、「差異」のかなたに「差延」を展望した。差延とは「あらかじめ作られた違いではなく、送り手と受け手の間で時間とともに作られていく違い」のことだ。

商品のレベルでいえば、「差異」が売り手側の予め決定した、売買時の「価値」であるのに対し、「差延」はユーザーが使用している間に自ら作り出す「効用」である。量産された市場的な「価値」の差が「差別化」や「差異化」であるのに対し、個々のユーザーにとっての独自の「効用」の差を増すことが「差延化」なのである。

とすれば、八〇年代の現代思想はいち早く、「記号化社会」や「差異化社会」のかなたに、来るべき「脱記号化社会」や「差延化社会」を予想していたといえよう。

この予想は見事に当たった。「A−POC」は、売り手の「価値」よりも、ユーザー一人ひとりの「効用」を最大限に高めようとする商品であり、それが現実に可能なことを見事に証明しているからだ。

その意味で、「A−POC」の登場は、差延化社会の幕開けを意味している。



顧客減への対応・・・常識超えた「欲動」に視野広げる(繊研新聞・繊研教室.2002.05.13)

◆“非売品”という新商品
  この春、イタリア製ストッキング、ワコール製ショーツ、高級ブレスレットなどを付録にした、分厚い女性誌が目立っている。

 直接の背景は、昨年五月に付録の自主規制が緩和されたこと。これに新刊ラッシュで競争が激化していた女性誌が、真っ先に飛びついた。タイアップを頼まれたメーカー各社も、自社製品のPRを兼ねてバンダナ、アンクレット、ブランドバッグなどを安く提供したから、その効果は大きかった。最近の増加はそのトレンド上にある。

 確かに特別付録をつけると、部数は格段に伸びる。購読者の多くは、ちょっと得した気分で買っているのだろう。だが、それ以上に重要なのは、これらの商品が景品表示法の制約ですべて「非売品」であることだ。ショーツもストッキングも、同種類が市販されているが、付録だけは特製の“カラー”商品なのである。

  逆にそれが消費者の購買意欲を刺激する。何でも買える時代になのに、特別のルートでしか手に入らないという稀少性の故だ。

◆顧客が減っても売り上げを維持する
 人口が増え続けた時代に成功した市場戦略も、人口が停滞し、顧客数の増えない時代になると、急速に色褪せる。二〇〇五年頃から人口が減り始めると、その影響はもっと大きくなる。顧客が減っても、従来の売り上げを維持するには、どうすればいいのか。

  第一の戦略は一人の顧客にできるだけ沢山売ること。一つしか買わなかったユーザーに、値段を安くしても、二つ三つも買ってもらえば、売り上げは維持できる。

 九〇年代に急成長してきたユニクロの戦略も、基本的には“廉価多売”だった。だが、この戦略はいつまでも続かない。ユーザーの多くが一通り商品を買ってしまえば、それ以上は売れなくなる。

  そこで、第二の戦略は高額化。減少した顧客が従来の同じ数しか買わなくても、ユニークなカラーやデザイン、あるいはブランドやストーリーなどを付加して、できるだけ値段の高い商品を売れば、売り上げは維持できる。欧州の高級ブランド店や、高額衣料の専門店の戦略だが、これだけだと、「高いだけでは満足できない」という、目の肥えたユーザーも増えてくる。

  となると、第三の戦略は、オーダーやセミオーダーでパーソナルな価値を高めた高額商品だ。すでに高額の紳士服オーダーを始めたデパートや、イタリア製の特注紳士服を引き受ける老舗が先行している。とはいえ、高価な商品だけでは、顧客が高額所得者に偏って、多くの消費者が逃げていく。

  ならば、第四の戦略は従来の顧客層とは別の対象をターゲットにすればいい。コギャルの数が減っても、ローティーン層に顧客を広げて“ジュニア・ファッション”が伸びたように、性別、年齢、趣味、階層などを見直せば、まだまだ新たなユーザーが獲得できる。本来の顧客が減っても、別の客層で補えるのだ。

◆意外な需要を狙え!
  以上の四つが、従来のトレンド上ですぐに思いつく戦略だ。だが、常識をさらに超えると、もう一つ、従来はまったく無視されてきた需要を、新たに売り上げに結びつけるという、第五の戦略が浮かんでくる。

 例えば最近のお菓子市場では、“おまけ”につけたミニチュア動物やロボットなどの「食玩」の成否で、シェアが増減している。子どもたちはおいしさよりも食玩の完成度や非売品という稀少価値で、飴やチョコレートを選んでいるからだ。この魅力に取りつかれると、三〇〜四〇代の大人までが、数ダース単位で商品を買い漁ることになる。お菓子という商品は、すでに食品という次元を離れて、コレクションやファンタジーという次元に入っているのだ。

 もし衣料が同様になれば、蒐集のために買ったり、一度に何着も買うユーザーが現れる。つまり、衣料についても、品質や性能を求める「欲求」や、デザインやブランドを欲しがる「欲望」だけでなく、執念や幻想を求める「欲動」にまで視点を広げて、その価値を見直せ、ということだ。

  付録商品の急増は、ユーザーのニーズが欲動化し始めたことの、なによりの証拠である。



新ジュニア時代・・・ジュニアファッションが明日の市場を創る(繊研新聞・繊研教室.2002.02.04)

ジュニアファッションの売り上げが急増している。十〜十三歳の少女たちに超人気の「エンジェル・ブルー」「デイジーラヴァーズ」(ナルミヤインターナショナル)を始め、「3年2組」(スクールバス)、「ペンティーズ」(興和)などもヒットしている。

 一番の特徴はピンク、コバルト、イエローなどのパステルカラーを多用しつつ、ミニスカートや厚底靴などのコギャルファッションを巧みに取り入れていることだ。五年くらい前から関西や中京地域で伸び始め、今では全国の主なデパートに進出している。

【ヒットの真因は何か】
  従来、この世代は「制服年代」とよばれて、定番ブランド商品もほとんどなく、子ども服と大人服の空白地帯だった。この数年は少子化の影響で、市場自体が縮んでいる。

 にもかかわらず、ヒットが生まれたのはなぜだろうか。一つはタレントやモデルの低年齢化だ。「モーニング娘。」から派生した「プッチモニ」や「ミニモニ。」などのタレントはごく近い世代。この三、四年急伸しているローティーン向けファッション誌「ピチレモン」(学習研究社)や「ニコラ」(新潮社)などでも、同世代のモデルを頻繁に登場させている。

 もう一つは、スポンサーである母親層に巧みに取り入ったこと。彼女たち母親はかってのワンレン・ボディコン世代で、娘たちのブランド志向には大変理解がある。そのうえ、ジュニアファッションは、ミニスカートでもひざ上十センチに留めるなど、過激なセクシーさを避けて、かわいらしさを強調し、親たちの許容度を高めている。

  だが、最大の理由は、同じ年生まれが戦後初めて一四〇万人を切った、本格的な少子化世代であることだ。彼女たちは幼時から“一子豪華化”や“6ポケッツ”という環境の中で、高級離乳食を食べ、ブランドのベビー服を着て育ってきた。

【少数世代が流行をリードする】
  人口社会学の「コウホート(同年生まれの集団)仮説」によると、数の多い世代は競争が厳しいので、根性ができてスポーツやビジネスには強いが、ゆとりがないのでアートやファッションには弱い。逆に少数世代は、競争が少ないのでのんびり屋が多いが、それゆえにファッションやアートには強い、という。

 この仮説はイギリスの若者にも当てはまり、“トゥイーンエージャー(子どもと大人のビトゥイーンの世代)”と呼ばれるローティーン層は、新たな市場として期待されている。だが、それ以上に当たっているのは、この二十年間の日本の流行現象だろう。

 八〇年代にワンレン・ボディコンを作りだしたのは、数の多い“団塊0L”ではなく、数の少ない“新人類大学生”だった。九〇年代のコギャルファッションは、数の多い“団塊ジュニア”の大学生ではなく、数の少ない“ポスト団塊ジュニア”の高校生だった。いずれも少数世代の作りだした流行に、多数世代が追随している。

  それゆえ、二一世紀初頭には、コギャル層よりもっと少数のローティーン層が流行の担い手になる。その母親たちは少数ゆえに流行を一新した“新人類”世代。ローティーン層はその子に当たる“新々人類”世代だ。つまり、数の少ない新人類と新々人類の親子二代が一緒になって、この流行を生み出しているのだ。

【顧客減少時代への先行戦略】
  とすれば、「団塊や団塊ジュニア世代は数が多いから流行をリードする」とか、「少子化だから子ども市場が減っていく」などと考えるのは、まったくの見当外れだ。子どもの数は確かに減っているが、一人にかけるお金はむしろ増えている。こうした少数世代のユーザーが作りだす、全く新たな消費願望に積極的に対応した商品やサービスを作りだせば、新しい市場を開拓することは十分に可能なのだ。

 それだけではない。数の少ないユーザーに、高付加価値の商品を受け入れてもらうことは、デフレ経済を克服する唯一の戦略だろう。さらには、人口減少でユーザーが減少していく時代を、企業がたくましく生き延びていくための、最も基本的なマーケティング戦略なのである。



ニューライフスタイル・・・モデルは米国型からへ北欧型へ(繊研新聞・繊研教室.2001.10.29)

◆注目の北欧ファッション
  北欧デザインが注目されている。機能的で堅実な家具類を始め、鮮やかなカラーやシンプルなデザインの家電などに、若い世代の支持が集まっている。

  ファッションの分野でも、先頃「スウェーデンスタイル東京2001」で紹介された若手デザイナーの作品では、パリやニューヨークのような新奇さや前衛性はないものの、品質がよくて着心地もよさそうな、シンプルなデザインが目立った。とりわけ、家具やインテリアともほどよく調和して、いつまでも着られる衣料を積極的に提案する姿勢には、成熟したライフスタイルが感じられた。

  こうした北欧スタイルに私たちはなぜ今、魅かれるのだろうか。

◆社会の成熟度を示す人口動向
  人口の動向は、社会やライフスタイルの成熟度と密接に関わっている。近代国家は科学技術や工業文明を導入して、それぞれの国土の自然環境を積極的に活用し、国民を養うことができる人口容量(キャリング・キャパシティー)を増やしてきた。容量の拡大に伴って、人口も初めは緩やかに増えるが、やがて急増に移り、その後停滞状態となって、最後は減少していくというプロセスを辿る。

  このため、人口容量に余裕があり人口が急増している時には、若者が多くて元気で荒々しい社会となり、逆に容量が飽和化して人口が止まった時には、高齢者が増えて一見停滞しているかに見えるが、実は成熟した社会となる。

  具体的に例示してみると、現在の世界で最も進んだ社会が実現しているのは、図に示したように、北欧や西欧の国々。二番目が南欧諸国や日本、三番目がアメリカ、カナダ、中国、四番目がインドやブラジル、そして五番目が中近東、西アジア、アフリカの国々ということになる。この図は、二〇世紀後半と二一世紀前半の人口増減動向を国別に分析した結果だ(拙著『凝縮社会をどう生きるか』)。

 つまり、国土が狭く資源に乏しい国々では、すでに容量が一杯となって、人口が停滞・減少し始めている。これに対し、国土が広く資源の豊富な国々では、容量がなおも拡大し続けているから、今後もしばらくの間人口が増えていく。

  しかし、いつまでも人口が増え続けるのは好ましいことではない。二一世紀の地球では、人口爆発・食糧不足・環境悪化のトリレンマが進むから、むしろ人口が減少していく方が望ましい。さらには、二〇世紀型の大量生産・大量消費・大量廃棄型の生産・生活様式をとりやめて、少量生産・少量消費・少量廃棄型の様式へ向かうことが必要になる。つまり、二一世紀になると、人口が減って、省資源・環境対応型の国ほど先進国の地位を獲得することになる。

◆日本のモデルは米国から北欧へ
  北欧の国々は、国土はかなり広いものの、寒冷地や山地が多く、資源も比較的少ないから、それだけ早く人口容量の限界がきた。一九七〇年代から人口が停滞し、社会や経済も真先に成熟段階に入ったため、一時は「スウェーデン病」などと冷やかされもした。だが、決してそうではなかった。“病気”とみえたのは、まさしく“成熟”そのものだった。他の国々より一足先んじていたがゆえに、真先に社会が安定へと向かっていたのだ。

 その後、二〇年の間に北欧諸国はさまざまな工夫をして、省エネタイプの自動車や超小型の携帯電話といった新産業を起こしたり、古い道具と新しい商品と組み合わせて活用する、新しい生活様式を創りだすなど、経済構造やライフスタイルの面で、すでに未来への一歩を踏み出している。

  日本もまた、九〇年代以降人口が停滞しているが、二〇〇五年前後からは間違いなく減少過程に入る。そうなると、アメリカの社会やライフスタイルを真似しようとしてもとても無理だ。新たな目標やモデルとなるのは、やはり北欧や西欧の社会ということになる。

  北欧のデザインやファッションへ関心が高まるのは、私たちが新たな社会やライフスタイルを求め始めている証拠だろう。



多子中年化・・・世代のくくり直しで新市場を狙え(繊研新聞・繊研教室.2001.08..20)

◆「少子高齢化」ってホント?
  「少子高齢化で人口が減る」とテレビのキャスターや新聞の論説委員が騒いでいる。本当にそうなのだろうか。

 真っ赤なウソだ。少子高齢化では人口は減らない。確かに少子化が進めば出生数は減る。だが、高齢化で寿命が伸びれば死亡数は減るから、出生数より少ない間は、絶対に人口が減ることはない。

  なぜ人口が減るのか。二〇〇四年前後から死亡数が出生数を追い越すからだ。死亡数が増えるのは、過去四〇年間、ほぼ三〜四年で一歳づつ伸びてきた平均寿命がそろそろ限界に近づき、今後は一〇年たっても一歳伸びるかどうか、という段階に入ったためである。

 そうなると、高齢者が多いから当然、死亡数が急増する。高齢化がはじけて“多死化”となる。つまり、人口が減るのは、出生数が減って死亡数が増加する「少産多死化」のためであり、「少子高齢化」ためではない。

  ちょっと考えれば、誰にでもわかることだ。にもかかわらず、エコノミストや評論家はもとより、政治家から経営者までが「少子高齢化」幻想にとらわれている。おそらくマスコミの作りだした虚説を何の疑いもなく受け入れ、自分の頭で考えていないからだろう。新聞やテレビも横並びが好きだから、一度誤った情報が流れると、キャッチボールし合って、ますます増幅していく。

  この視点から見ると、今まで信用してきた「少子化」や「高齢化」という言葉自体、もう一度疑ってみる必要がある。なるほど、従来の年齢区分を前提にする限り、今後の日本では子どもが減り、高齢者が増えていく。二〇一〇年には二〇〇〇年に比べて、子どもの数は一五〇万人減の約一七〇〇万人、高齢者の数は六三〇万人増の約二八〇〇万人にもなる。

  だが、それは〇〜一四歳を「若年者(子ども)」、六五歳以上を「高齢者」として、定義しているからだ。この定義は今から四〇年も前、一九六〇年代にWHO(世界保健機関)の提案を受け入れたものだというから、かなり古びている。

 もし現実に即して定義し直せば、もっと別の見方ができるのではないか。とりわけ、ビジネスとして考える場合、二つの言葉の持つ既成の意味に引きずられていると、消費市場の実態を見失うことになる。

◆子どもは減っていない!
  例えば、子ども(若年者)の定義は、もっと上げたらどうだろう。最近の若者たちの場合、生産年齢の入り口の一五歳で、実際に社会に出ていく者はかなり稀だ。進学率は高校で九七%、大学等で約五〇%に達しているうえ、卒業後も大学院生やフリーターとなって、両親にパラサイト化しているケースも多いからだ。

 そうなると、二四歳くらいまでは非生産者であり、実質的には子どもだろう。もし二四歳までを子どもとするなら、図に示したように、緩やかに減っていくだけで、二〇一〇年になっても約二九五〇人もいる。現在の約一八五〇万人(一四歳以下)より一一〇〇万人も多いのだ。
  それだけではない。質的にみると子どもはもっと増えている。近頃の三〇〜四〇代は、通勤電車ではコミック誌を手放さないし、自室に帰ればアニメやゲームに熱中している。いくつになってもキティーのキャラクター商品を手放さないし、「プレステ2」を我先にと購入している。これはもう“大人子ども”が増えている証拠だろう。

  結局、量的にもみても質的にみても、子どもの数は増えている。「少子化」ではなく、むしろ「多子化」が起こっていると見るべきだ。
 とすれば、「子どもが減って、売上げが落ちた」などといってはおられない。これまでとは違った年齢層にまで子どもが広がっているのだから、彼らに向けてどんな商品をどのように売り込むか、に挑戦していかねばならない。ファッション市場においても、ティーンズ向け商品が三〇〜四〇代にまで拡大していく、と考えれば、まだまだ需要は膨み続けていくのだ。

◆“中年爆発”が始まった!
  同じように、高齢者の定義も見直すべきだろう。

 六〇年代には平均寿命が七〇歳前後だったから、六五歳以上を「高齢者」としたのも、それなりに頷ける。だが、平均寿命が約八〇歳を超えた現在の日本では、実情からかなり外れてしまった。

 とりわけ、現在の六五〜七五歳は体力・気力もかなり充実しているし、仕事や年金で経済力も維持している。もはやこの年齢の人々を「高齢者」とよぶのは間違いだろう。平均寿命が七〇歳の時、六五歳以上が高齢者だったのだから、平均寿命が八〇歳の現在では、七五歳以上にすべきではないか。

 一度にそこまであげるのは無理だ、というなら、五年毎に一歳づつあげていってはどうだろう。もしそれができれば、図の点線で示したように、二〇五〇年の生産年齢人口は、現在の五六%から六〇%に四ポイント上がるが、高齢人口は一七%から二〇%に三ポイント上がるだけだ。その結果、社会保障費などの負担も、現在とさほど変わらないことになる。

  以上のように考えると、今進みつつあるのは「高齢化」などではなく、むしろ「中年の上方拡大」という現象である。消費動向でも、“高齢”市場というと、介護や医療サービスに限られがちだが、“中年後期”市場、つまり“スーパーミドル”市場と考えれば、健康・美容・知力や経済力の維持は勿論、旅行、余暇、教養などまで、多様多彩な需要が潜んでいる。

 現にこの世代を対象にして、育毛剤、精力剤、電動機付き自転車、社交ダンス用商品、トレッキング用商品、世界一周クルーズなど、若々しいヒット商品やサービスが次々と生まれているではないか。アパレル産業においても、今後求められるのは、一番目の肥えた彼らを対象にした“スーパーミドル”ファッションなのである。

  手垢のついた「少子高齢化」という言葉を捨てて、より現実的な「多子中年化」へと視点を移せば、世代別ファッション市場の行方がもっと正確に見えてくる。



社会構造・・・リゾーム化する流行発信(繊研新聞・繊研教室,2001,5,28)

リゾーム化する流行発信
●注目の“SSK”
今年の流行をリードしている“名古屋系”ファッションの発信地、SSK(椙山女学園大、愛知淑徳大、金城学院大)の一つで、筆者も四月から「マーケティング論」を教えている。教室を見渡すと、“渋谷系”のケバケバしさや“代官山系”のキュートさを超えて、なるほどエレガントで、ほどよい品位が目立っている。

“名古屋”系は、もともとは「クレイサス」や「M−プルミエ」といった“神戸系”ブランドを、SSKの学生たちがブームに仕立てたもの。昨年あたりからファッション誌が取り上げ始めたため、名古屋から全国に広まった。

注目すべきは、従来、圧倒的に情報を発信していた東京ではなく、名古屋や神戸といった地方都市から、新しい流行が生まれていること。ファッションの世界でも、一極集中時代が終わり、多極分散時代が始まろうとしているのだろうか。

●社会構造の三つのタイプ
七〇年代のフランス哲学界で、ポストモダン思想の旗手であったG・ドゥルーズとF・ガタリは、世の中に存在するさまざまなしくみには、三つのタイプがある、と指摘した(『千のプラトー』)。

一つは、何の制約もなく大空に枝を広げ、どこまでも線型に伸びるアルブル(樹木)型で、命令や流行は強力なトップダウンになる。

二つめは、太い根に寄生する、細かい根のようなラディセル(側根)型で、ワンマンリーダーの命令に追従者がよりそっている。

三つめは、地下を無方向・多方向・重層的に横断するリゾーム(地下茎)型で、竹やタンポポのように根と根が絡み合った結節点から、新しいリーダーや流行が生まれる。

以上の三タイプを指摘したうえで、二人は「これからの社会構造が、アルブルやその亜流のラディセルを超えて、リゾームに向かっていく」と予測した。それゆえ、この言葉はポストモダン思想のキーワードとして、八〇年代以降の世界思潮に大きな影響を与えている。

彼らの思想が生まれてきた背景には、西欧哲学の最先進国フランスで、六〇年末から七〇年代にかけて興隆した近代批判、つまり、モダンを問い直そうとするポストモダンの思潮がある。それは、合理的ではあるが、硬直的となった近代的精神を超えて、より柔軟で滑らかな精神をめざすものだった。

社会・経済的に見ても、当時のフランスでは、近代文明の成果を真先に享受してきたものの、すでにその限界が現れ始め、経済的、物質的豊かさが伸び悩んでいた。それを如実に示しているのは人口の動きだ。

フランスの合計特殊出生率(一人の女性が一生に産む子どもの数)は、一九六〇年前後の二・八四をピークに急減し始め、七五年には一・九三まで落ちている。これに伴って、普通出生率(総人口に対する出生数)も二%台から一・五%台に落ち、総人口が停滞した。経済成長の停滞で一人当たりの生活水準が伸び悩んだ結果、若い親たちは、子どもを増やすよりも、自分の生活を守る方をより大切にし始めたからである。

●アルブルからリゾームへ
アルブルからリゾームへの移行は、こうした人口の動きと密接に係わっている(図)。人口の増加期には、社会構造もまた青天井の下をどこまでも伸び続ける樹木のように広がっていくから、政治や経済から文化や流行に至るまで、頂点が全体を引っ張る中央集権や一極集中のピラミッド構造になる。

だが、減少期になると、さまざまな制約で厚い天井がのしかかってくるから、頭打ちになった樹木は、横に伸びる地下茎型にならざるをえない。つまり、アルブル状に伸びていた社会構造は、一転して地下を這うリゾーム状に変わっていく。そうなると、地下茎のあちこちにできた結接点から、次々に複数の芽が伸びて、さまざまなリーダーが生まれてくる。つまり、「アルブルからリゾームへ」の移行とは、人口減少期に特有の現象なのである。

リゾームの典型的な事例がインターネットだ。従来のマスコミによる一方的な情報提供を崩し、Eメールや掲示板などによるインタラクティブ(相互作用的)な情報交換を生み出している。そのうえ、インターネットの中では、誰かが「この指にとまれ」と始めた“フォーラム”という結節点が無数に発生し、地球上に張りめぐらされた、目に見えないネットの中を自由に飛び交って、その一つひとつから新情報が生まれている。

●リゾーム化する日本
日本の人口も二〇〇四年ころを境に減少していく。これに伴って、社会構造もまた、リゾーム型に移行する。
 政治でいえば、巨大政党の一党支配が終わり、さまざまな政党の連立化が常態化するだろう。経済でも、巨大企業の市場支配が崩れ、ベンチャーや中堅企業の巧みな連携が勢力を伸ばし始める。音楽でも、大手プロダクションやレコード会社のしかけるヒット曲やタレントが減って、有線放送、カラオケ、インディーズなどへ、売れる曲や新人の発生源が分散する。
国土構造においても、従来の東京だけが突出した構造が崩れ、大阪、名古屋はもとより、札幌、仙台、金沢、広島、福岡といった地方中枢都市の比重が増加してくるだろう。

そうなると、ファッションの分野でも、有名デザイナーや特定都市の流行支配が終わり、ユーザー自身のマイブーム志向や地域別ファッションが広がる。つまり、リゾーム型社会では、ツリーの頂点が全体を引っ張っる構造が緩み、代わって“根っこ”たちが社会を動かし始めるのだ。

とすれば、二一世紀の流行発信地は、名古屋や神戸だけでなく、札幌、仙台、金沢、広島、福岡などの諸都市や、沖縄、北海道、青森などの道県などに分散していく。東京圏においても、渋谷、原宿、代官山を超えて、自由が丘、二子玉川、白金台はもとより、下北沢、阿佐ヶ谷、吉祥寺あたりから巣鴨、武蔵小山、上野などに広がっていく。

二一世紀のファッションを生み出すのは、さまざまな地域に群がる、強烈な“根っこ”たちなのである。



成熟文化・・・平成享保のファッション(繊研新聞,2000,10,30)

【竜馬など現れない!】
 世の中に閉塞感が強まっているせいか、竜馬、西郷、海舟など、維新の英傑の再来が待望されている。

 テレビや新聞でも、現代を幕末に見立てて、「平成維新」とか「第三の開国」などという主張が見られるし、若手の国会議員や新進のベンチャー経営者までが、「いでよ龍馬」などという芝居を演じている。

だが、こうした見方はいずれも的外れだ。現代日本と幕末では、単に時代が違うというだけでなく、もっと根本的にベースとなる社会構造が違っている。人口社会学から見ると、現代日本は総人口が増加から減少への移行期にあるのに対し、幕末の日本は総人口が微増から急増への転換期であった。これはまさに正反対の位置である。

 人口の動きは社会の変化を敏感に反映する。幕末には、近代西欧文明の流入で、農民や町人も将来への明るい展望を持って、人口を増やし始めていたが、旧体制の維持を狙う徳川幕府が、この動きを抑えようとしたため、鬱積した大衆の不満が爆発して維新となった。龍馬のほんのひと突きで社会が変わったのは、一触即発の状態だったからだ。

 ところが、平成という時代は、社会や経済がもうこれ以上伸びない、という状況にある。多くの国民が膨らみきった欲望をほとんど満足させ、これ以上生活水準が上げれば、間もなく資源不足や環境悪化を招くことを自覚し始めている。政治や行政には不満はあるが、それは閉塞状況を突破できないからではなく、閉塞状態へ軟着陸できないことへの苛立ちである。

このように時代の基盤が本質的に違っている以上、平成を幕末に見立てるのはまったく見当違いだ。そればかりか、今後の方向を見誤ることになる。


【昭和元禄から平成享保へ】
 もし平成という時代を江戸期に見立てるなら、「享保」である。筆者は十二年も前に、新聞や著書の中で「昭和元禄から平成享保へ」の移行を予言した。「バブル経済からポストバブル経済へ」「放漫財政から緊縮財政へ」「享楽消費から堅実消費へ」などと書いたが、この予言はほとんど的中した。

 なぜ当たったのか。それは享保も平成も、ともに総人口がピークとなる時代であるからだ。享保期には、当時の社会・経済を支えた農業生産の拡大がほぼ限界に達し、また平成期には、現代日本を支える加工貿易体制がほぼ限界に近づきつつある。つまり、社会・経済の容量が満杯になる点で、二つの時代は共通している。

 とすれば、今、私たちが向かっているのは、決して「幕末」や「維新」ではなく、「享保」から「化政」に至る江戸中期の百年間なのである。この百年間とはどんな時代だったのか。
元禄バブルの崩壊後、八代将軍徳川吉宗は享保改革を断行して、社会の引き締めとデフレ政策を進めた。その結果、江戸の町は火の消えたように沈んだため、次の老中田沼意次は小バブル政策を展開して、町民の不満をなだめた。が、再び享楽主義がはびこったため、その次の老中松平定信は寛政改革で贅沢禁止とデフレ政策をとった。

 すると、「白河の清きに魚も住みかねて 元の濁りの田沼恋しき」と批判されたため、十一代将軍徳川家斉は再び大奥バブルを展開して、町民に媚を売った。しかし、やはり財政が悪化したため、次の老中水野忠邦は天保改革を実施して、やはり引き締めとデフレ政策へ向かっていった。

つまり、この百年は、農業生産が伸び悩む中で、引き締めと緩和、インフレとデフレが小刻みに繰り返された時代だった。

【江戸型ファッション社会】
 こう書くと、江戸中期はなんとなく暗い。だが、そうではない。この百年は、学問や文芸が栄える一方、歌舞伎、浮世絵、戯作などの町民文化が勃興した、まさに“高度情報化”の時代だったからだ。

ファッションの世界でも、遊廓と歌舞伎から次々に生まれた「はやり」が、「五年か八年の間にすたり」(女重宝記)といわれるほど、激しく変わった。

 遊廓からは、刺繍入りの着物、曙染めの友禅模様などが生まれたし、また歌舞伎からは、名優の衣装をまねて、水木辰之助の「水木帽子」、上村吉弥の「吉弥結び」、初世沢村宗十郎の「宗十郎頭巾」を始め、小太夫鹿子、市松染、亀屋小紋、仲蔵染などの染め模様が流行した。

 色彩でも、二世瀬川菊之丞の「路考茶」、初丗尾上菊五郎の「梅幸茶」、五世岩井半四郎の「岩井茶」など、渋茶、鶯茶、利休鼠、萌葱など、落ちついた色が主流となった。

 決定版は二世市川団十郎の「助六」。黒羽二重の無地の小袖に紅絹裏(もみうら)、浅葱の襦袢、綾織の帯、鮫鞘の刀に桐の下駄という、斬新なファッションで、東都の流行を制した。

このように、江戸中期の社会では、人口停滞で少産・長寿化が進み、インフレ・デフレが繰り返される中で、渋い色、小紋、裏地など、極めて成熟した着物文化が創造された。表面的な華麗さを“野暮”とみなし、裏側の抑えられた趣向を“通”や“粋(いき)”として尊ぶ、江戸町人の美意識である。

 そして、この美意識がその後、さらに優れた絹織物、陶磁器、漆器、印籠・根付などを生み出し、やがて幕末に欧州に輸出されて、近代日本の経済的基礎を固めていったのだ。

 人口の減少する二十一世紀の日本も、同じような時代になるだろう。そういう時代であればこそ、ファッション産業に期待されるのは、成熟した美意識を生み出す努力なのである。



部品ビジネス・・・最大公約数型から最小公倍数型へ・・・商品開発の発想転換(繊研新聞,2000,08,O7)

【売れる商品は“部品”】
 「われわれは汎用“部品”を売るメーカーなんです」と、ユニクロを経営するファーストリティリング社長・柳井正はいう。

手作りハンドバック“イビザ”で躍進中の吉田オリジナル社長・吉田茂も「うちのバッグの値うちは、売った時はまだ七割なんです」と断言する。さらに作詩家の秋元康も「これからのヒット曲は、最小公倍数から生まれます」と予測している。

 三人の言葉に共通しているのは何か。これから売れる商品とは、もはや“完成品”ではなく“部品”、“最大公約数”ではなく“最小公倍数”を狙ったもの、ということだろう。

 実をいうと、筆者もまた、昨秋上梓した本の中で、今後の商品開発の方向を「最大公約数型から最小公倍数型へ移行すべきだ」と提案した(『人口が減る時の経営』)。これまで大半のメーカーは、より多くのユーザーの望むニーズの中の最大公約数を狙って、商品を開発してきた。だが、昨今では、こうした常識が通用しなくなり、これからはむしろ最小公倍数を狙うべきだ、というのである。

 なぜかといば、わが国の消費社会が大きく変わってきたからだ。つまり、@昨今のユーザーは、さまざまな消費行動を一通り経験して、ほとんどが自己実現の段階に至り、今や個性化・パーソナル化を求めている。A多くのユーザーの選択眼は、数多くの情報やさまざまな消費経験を積んで耳目を肥やし、すでにメーカーや流通業のセンスを超えている。BIT技術の進展で、大量生産の既製品だけでなく、オーダーやセミオーダーの「ワン・ツー・ワン・メーキング」が可能になりつつある。

 とすれば、供給側もまた、従来の作り方・売り方とは違った方向へ向かわざるを得ない。

【多分野で拡大する部品ビジネス】
 現に最近の消費市場では、個性化したニーズに対応する動きが活発化している。例えばシチズン時計の「時計工房マイクリエーション」では、ホームページ上に公開された腕時計の部品を自由に選んで、ユーザー自身が設計した商品デザインをメールで送ると、そのままの時計を購入できる。本田技研工業の「VTRカラーオーダープラン」は、燃料タンクやフレームなどのデザインやカラーをユーザーが自由に選べる発注システムで、マニア層の人気をよんでいる。

 家電でも、東芝の「ホームランドリー銀河21」が幾つかのカラーの中からユーザーが選べるシステムを採用したし、ソニーのEコマースサイト「ソニースタイル」では、AV機器のカラーや部品を自由に組み合わせて購入できる方式を採っている。

 ファッション業界でも、紳士服のタカキューが「ビジネス工房タカキュー・ドット・コム」で、スーツ、シャツ、ベルト、靴のサイズや生地などを自由に選べるシステムを採用した。またイッセイミヤケの新ブランド「A・POC」では、自分のサイズに合わせてカットしたり、適当に切れ目を入れ、ユーザーが自由にデザインを変更できるカットソー、スカート、パンツなどを発売している。

 こうしたトレンドに潜んでいるのは、商品創りの発想が、完成品よりも半製品、商品よりも部品へ向かい始めているという傾向だろう。まさに最大公約数型から最小公倍数型への移行である。

【最小公倍数型の開発戦略】
 いうまでもなく、最大公約数や最小公倍数という言葉は、数学の用語である。前者は「二つ以上の正の整数に共通な約数(公約数)のうち最大のもの」、後者は「二つ以上の正の整数に共通な倍数(公倍数)のうち最小のもの」という意味だ。

 だが、これらの言葉は、一般社会でもさまざまなメタファーとして使われている。「最大公約数的に意見をまとめると・・」とか「二人の希望の最小公倍数とは・・」といった具合だ。商品に当てはめてみれば、「二人以上のユーザーの求める、さまざまな値うちに共通する最大の要素」が最大公約数、「二人以上のユーザーの求める、さまざまな値打ちを実現するための最小の要素」が最小公倍数ということになろう。

 そうなると、これからの商品開発では、まず第一に、さまざまな意欲を持ったユーザーが、個々の商品の上に自ら何らかの値打ちをつけ加えるはずだ、という視点を基礎にすることが必要だろう。つまり、個々の商品にとっての最小公倍数とは何か、を的確に把握することである。

 第二はユーザーの参加意欲を刺激することだ。何か変わった使い方をしてみたい、自分勝手な使い方をしてみたい、という気持ちを抱かせるような要素、つまり参加勧誘性、多用途性、変換可能性などの要素を、さまざまな形で組み込むことである。それには、商品の用途をあまりきっちり決めないで、ある種のゆとりを持たせ、ユーザー自身に遊んでみたいと思わせるような“隙”や“誘い”を仕組むことが必要になる。

 第三に流通業でも、素材や部品の販売に加えて、指導・助言や組み立て代行などを加えることが必要だ。こうした方式を採れば、商品そのものに情報やサービスを組み合わせて売り、それによって付加価値を高めていくことが可能になる。

 このようにみれば、さまざまなアイテムとの組み合わせが可能な「ユニクロのフリース」や、使い込むことで一二〇%の味が出る「イビザのバッグ」は、最小公倍数型商品の、まことに見事な先例なのである。



文脈産業---広がるライフスタイルショップ(繊研新聞・繊研教室(2000,05,01)

【ネットベンチャーの対抗馬】
 ライフスタイルショップが伸びている。統一した趣味やポリシーのもとに、ファッション、インテリア、生活雑貨など、衣食住の個性的な商品をそろえた店舗だ。

 先発の「サザビー」や「無印良品」に続いて、「フランフラン」や「モノコムサ」、あるいは栗原はるみの「ゆとりの空間」など、大型ホームファニシングから中小のセレクトショップまで、さまざまな店が登場している。経営主体としては、料理研究家や家具メーカーも参入しているが、ファッション関連企業も多い。ファッションが衣料だけでなく、生活全般に広がり始めた証拠だろう。

 ライフスタイルショップの増加は、先進国に共通した現象だ。ロンドンでは「ザ・クロス」や「ウェストボーン・ハウス」などが大人気だし、ニューヨークでは「マーサ・スチュアート・リビング・オムニメディア」や「クレイト・アンド・バレル」の躍進がめざましい。

 そこで、最近ではライフスタイル産業をネットベンチャーの対抗馬と見るむきもある。それは多分、生活に根ざした堅実さが、バーチュアルな世界の危うさを超えているからだろう。

 一体、ライフスタイルショップにこれほど注目が集まるのはなぜなのか。最大の理由は、ユーザーの関心が商品そのものよりも、商品をとりまく「意味づけ」に移っているからだ。

 供給過剰の進む先進国では、一通りの生活財を満喫した消費者の多くが、個々の商品の「機能」や「効能」よりも、商品をとりまく「意味」へ選択基準を移しつつある。すでに装飾品やファッションについては、ブランドや稀少性などが“意味性”を担っているが、近頃ではそれがもっと進み、より身近な生活財全体にまで広がってきた。

 そこで、ライフスタイルという、一種の「見立て」が、新たな価値を生み出す。ファッションから生活雑貨まで、衣食住に関するさまざまな品を、「望ましい生活」という体系の中に位置づけることで、それぞれの「意味」が生まれてくる。

 この「見立て」には、スノビッシュなプランナーやハイソ志向のデザイナーよりも、マーサおばさんや“はるみ”ママの方が向いているようだ。

【情報化が意味に薄める】
 以上の傾向は情報化が進めば進むほど高まる。情報化社会というと、一見、意味が溢れているようにに思えるが、実態はその逆だからである。

 意味を支える言葉(記号)とは元来、音声や文字といった「符号(シニフィアン)」と、イメージや概念などの「意味(シニフィエ)」が一体化したものだ。イヌという音声と小さな動物のイメージが結合して、「犬」という「意味」を持つ言葉が生まれる。

 ところが、昨今のネット社会では、言葉の意味がますます薄くなっている。確かに私たちのまわりでは、テレビやラジオはもとよりインターネットや携帯電話など、情報が溢れかえっている。だが、一人ひとりのユーザーにとって、無関心あるいは無縁のものである限り、いかに多くともそれらはほとんど無用だ。単なる無機質な「符号」にすぎず、いきいきとした「意味」ではない。結局、“情報化”社会とは、“符号化”社会にすぎないのだ。

 否、そればかりか、意味の薄い情報が広まれば広がるほど、私たちは本物の情報への渇きを覚える。無意味な符号が溢れれば溢れるほど、私たちは濃厚な意味を求めるようになっていく。

【コンテクストが意味を創る】
 では、どうすれば、意味が回復できるのか。
 符号の意味とはもともと、他の符号との“関係性”の中から生まれてくるものだ。「イヌ」という符号と「ネコ」という符号は、長い顔の小動物と丸い顔の小動物のイメージを、はっきりと区分けることで、初めて意味のある言葉になる。

 同じように、私にとって「意味」が生まれるのは、一つの符号が私の関心体系、言い換えれば特定の文脈(コンテクスト)の中に組み込まれた時だ。文脈が違えば、“小動物”を表すイヌという音声も“幕府の手先”を示すことになる。文脈という関係性の中におかれることで、言葉は新たな意味を持つ。

 それゆえ、ユーザーにとって好ましい意味を持つ言葉を、新たに創り出すには、単語そのものを工夫する以上に、単語を取り巻く、新たな文脈を作り出さねばならない。つまり、ネット化の進む現代社会で、より強く求められているのは、単なる“コンテンツ(内容)”産業ではなく“コンテクスト(文脈)”産業なのである。

 商品でも同じことだ。現在、先進国の消費市場にはさまざまな生活財が溢れている。だが、個々のユーザーにとって適切な文脈がなければ、新たな効用は生まれない。文脈を与えなければ、ユーザーは関心を示さず、新しい需要にはならない。

 それゆえ、ユーザーに好ましい効用を持った商品を作り出すには、カラーやデザインなどで商品そのものに工夫を加えるだけでなく、それを取り巻く文脈を作り出すことが必要だろう。

 現代の消費市場で、こうした需要の変化に最も的確に対応しているのが、ライフスタイルショップである。個々の商品をライフスタイルという文脈の中に組み込むことで、それぞれの上に新しい付加価値を生み出しているからだ。

 ライフスタイルショップとは、流通業界におけるコンテクスト産業なのである。



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