最近の主張 2018
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現代社会研究所  RESEARCH INSTITUTE FOR CONTEMPORARY SOCIETY
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明るい未来が待っている!
現代社会研究所所長・古田隆彦

二十代の若者の活躍が目立っています。フィギュアスケートの羽生結弦君や、米国メジャーリーグの大谷翔平君は、ともに一九九四年生まれの二三歳。

ところが、同世代の若者たちはかなり悲観的です。二〇一八年の新成人に聞くと、日本の未来が「暗い」と答えた人は六六%で、「明るい」三四%のほぼ倍。将来への不安を抱いている人たちが多いようです(㈱マクロミルの調査・対象五〇〇人)。

なぜなのでしょうか。彼らが不安視するのは、人口減少と財政悪化です。少産・長寿化の進行で年金制度の崩壊が懸念され、赤字国債が拡大すれば財政破綻への不安も広がります。このため、将来の生活設計が難しく、結婚や出産、マイホームの購入にもためらいがちで、退職後に備えて若い時から貯金をするという傾向も生まれています。

確かに人口が減り続ける今後の日本は、従来の「成長・拡大」型の視点から見れば、悲観的要素が多くなります。しかし、人類の永い歴史を振り返ると、人口減少社会は必ずしも悲観的なものではありません。

例えば一四~一五世紀のイギリスでは、人口が一三四〇年の三七〇万人から一四四〇年の一六〇万人へ、百年で四割も減っています。ところが、労働者の実質賃金はほぼ二倍に上りました。人口は減っても農地や生産用具はそのまま残っていましたから、生き残った農民たちは生産性を大きく伸ばしたのです。

さらに農業生産が伸びると、穀物の価格は低落したものの、逆に人手不足となって賃金は高騰しましたから、一五世紀は「農業労働者の黄金時代」となり、「イギリス・ルネサンス」を開幕させます。

もう一つの先例は江戸中期の日本です。一七三〇年前後に約三、二五〇万人でピークを迎えた人口は、その後は減少し、約六〇年後の一七九二年の二、九八七万人へと約一割が減りました。ところが、農民一人当たりの実収石高は、農業人口や耕地面積が減少したにもかかわらず、一七三〇年前後の一・〇二石から上昇に転じ、一七五〇年には一・〇九石、一八〇〇年には一・二三石にまで上がっています。

なぜなのか。それは農民一人当たりの耕地面積が拡大し、そこに農業技術のさまざまな改善が行われたからです。さらに農業の余業として加工業収入も加わりましたから、実収入はもっと伸びました。つまり、人口が減ったにもかかわらず、否、人口が減ったせいで、一人当たりの所得はかなり上がったのです。

そこで、文化・文政時代になると、江戸型の華やかな衣装文化が生まれ、技術面でも蘭学の興隆で医学、物理学、化学、天文学、地理学、さらには和算学や物産学などが広がりました。これらが手工業(マニュファクチャー)の生産技術を発達させて財政基盤を改善し、明治維新への足がかりとなっていきます。

要するに、人口減少時代には、それまでの「成長・拡大」社会とは正反対の「飽和・濃密」社会が進展するのです。「農業」を「工業」に、「農民」を「エンジニア」に置き換えれば、こうした視点は今後の日本にも十分当てはめることができます。AI(人工知能)やロボット技術の進展で、国民一人当たりの生産性は急速に上昇し、収入も大幅に伸びることが予想できます。新たな情報関連産業が拡大すれば、税収も徐々にアップし、財政再建も順調に進むでしょう。

今、若者に期待されているのは、産業界で活躍する羽生君や大谷君の登場なのです。



(詳しくは 「FASHION VOICE」:カイハラ㈱:87号=2018.6月号
衣服に何を求めるのか?
現代社会研究所所長・古田隆彦

「アパレル不況」という言葉が、マスメディアの上を流行語のように飛び交っています。デパートでは衣料品の売り上げが低迷し、関連企業でも生産や店舗の縮小が広がるなど、さまざまなマイナス情報が報告されています。

なぜ不況なのでしょう。専門店やデパートに聞くと、インターネットによる通信販売や中古品セールス、外出着のシェアリングや日常着のレンタルなど、新たな供給サービスが広がったためだ、と答えています。ユーザーサイドはどうかといえば、生活意識が「服装よりも体型アップ」、「流行よりも個性を優先」に変わってきたうえ、ワードローブの中も一杯だから、「もう衣服はいらない」派が増えているそうです。

本当にそうなのでしょうか。私たちが衣服を求める願望には、幾つかの理由がありますが、最も基本的なものは次の三つでしょう。

一つは、寒くなったから衣類が欲しい、強い太陽から肌を守りたいなど、生理的、生物学的な負担を衣料で補おうとする「欲求」願望です。

英語の〈want〉という言葉がいみじくも示していますが、一人ひとりの身体の中で何かが「欠如」すると、それを「補充」としたいとする心理が生まれます。そこで、欲求の対象は温かさ、丈夫さ、着やすさなど、物質的な要素が中心となり、商品の効用もまた機能、性能、品質的なものになってきます。

二つめは、SNSで紹介された服が着たい、友だちが着ていたから同じ服が着たいなど、物質そのものよりも、その上に載った情報や文化、あるいはそれらを誇示、発信したいという「欲望」願望です。そこで、対象となるネウチもまた生理的な次元を超えて、カラー、デザイン、ブランドなど、記号的、視覚的、服飾的なものが中心となってきます。

これまでは、この二つが中心だったのですが、衣服願望にはもう一つ、三つめがあります。「夢で見た、あの服が着たい」「どこか懐かしいから、あの着物が好きだ」「肌触りがいいから、あの下着を着けたい」など、意識の下にある無意識的な「欲動」願望を満たそうとするものです。

この願望は、生死の区別や善悪の分割など日常的な評価をはるかに超えた、動物的、衝動的なものですから、最も自然に近い、あるいは自然そのものとしての快楽を求めます。そこで、表層的な意識を超えて、無意識的な感触や夢想的なイメージが対象になってきます。品質や機能を超えた触感や抱擁感、さらには神話や昔話などに潜んでいるキャラクターやアニマルなどが強く求められるのです。

要約すると、衣料を求める願望には、品質や性能を求める「欲求」、デザインやブランドを欲しがる「欲望」、そして体感や夢想を求める「欲動」の、三つがあります。この角度から見ると、昨今のアパレル市場で飽和化しているのは、「欲求」や「欲望」に対応する商品ではないでしょうか。これら二つの願望が満たされると、次に求められるのは、おそらく心の本質的な満足や安定を求める「欲動」となってきます。

「アパレル不況」を乗り切っていくには、社会や需要の変化に対応して、「欲求」型衣料や「欲望」型衣料の再構築が急務となります。と同時に、五感を超えた六感、意識の奥にある潜在意識などに対応する「欲望」型衣料もまた、新たな需要として速やかに開拓すべき分野となるでしょう。

(詳しくは 「FASHION VOICE」:カイハラ㈱:86号=2018.1月号

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